お互い様ということで











身体に溜め込んでいた熱情を吐き出すと途端に冷静になるのは、突き崩された理性が思い出したかのように戻ってくるからか。
馬鹿みたいに相手の熱ばかり求めていた本能は隅へ追いやる。
まともに直視してしまったら最後羞恥でどうにかなってしまいそうだった。
手近な所に転がっていた枕を抱えて顔を埋めると若干の息苦しさこそあったものの視界は他者の介入を許す事なく黒に染まる。
ほうっと息を吐き出していると隣で火の爆ぜる音がした。
暗闇の隙間へと光明を差し込ませる事をよしとしながら、ちらり窺えば、汗ばんだ背中の向こうに煙が立ち上るのが見える。


「……おやじ臭い」

「…あぁ?」


口で説明するには羞恥が邪魔をする程の熱情のやりとりを終えたばかりであるのに、いつも通り葉巻を咥える男が憎らしかった。
ついでにいうなら僅かに見えた骨ばった指だとか、自分より幾分広い背中だとかが、変な話だがいつもと違って視界に映り込む。
あまつさえそこに真新しい引っ掻き傷の痕を見つけてしまったりなんかしたら、口をついて出るのは素直とは程遠い言葉の羅列。
何だこれは、物凄く照れくさい、というか恥ずかしい。
苦し紛れの憎まれ口も耳聡く聞き取って、男が不機嫌そうな顔で肩越しに此方を見る。とはいえ男はいつも不機嫌そうな訳だから本当に不機嫌なのか否かを見極める為には長年の感覚が必要になってくるのだけれど。


「おい、どういう意味だ」

「……別に、何でもない」


おやじ臭いも何も、と。
同年代であるからか、引っ掛かりを覚える言葉だったらしく、何でもないと言って枕に顔を埋め直したというのに空いた手で髪を緩く梳いて意識を引こうとしてくる。
女にしているのではないのかと疑いたくなる程に丁寧な手つきで撫でるものだから、余計に羞恥が煽られるだなんて思いもしていないのだろう。
とはいえ汗で張り付く髪が優しく除けられる感覚は性交渉とは違った気持ちよさがあった。
まるで本当に女か猫にでもなったようだと錯覚してしまいそうで、むくりと顔を出した睡魔にうっかり欠伸を零すと男が笑うのが空気に溶けて伝わってくる。
その反応は正直に言ってしまえば物凄く癪に障るのだけれど、文句を言う為には顔を上げなければならないから仕方なく黙って受け入れる事にした。
開き直って受け入れる事を選べば、大きな掌に撫でられるのは大変に気分が良く、頬を擦り寄せたのは無意識の反応だったのだが男にとってはそうでもなかったらしい。


「…ガキみてぇだな」

「……何だって?」

「別に、何でもねぇよ」


暫くすると聞き捨てならない言葉が頭上から落ちてきて、思わず反射的に相手を睨みつけてしまう。
気づけばいつの間にか身体を此方へ向け直した男と真っ正面から目が合ってしまい、何の準備もしていなかった己の心臓は一瞬物凄い音を奏でた気がした。
あくまで気分の問題なのかもしれないが。
いつも不機嫌に顰められている表情はそのまま、だというのに、その目の色ばかりは優しくて、擡げた筈の眠気も苛立ちも全てが身体の奥深くからジワジワと湧き上がってくる羞恥の嵐に掻っ攫われてしまった。
普段はそんな目で人を見ていないクセに、こんな時ばかりはひどく優しい目で此方を見るのだからずるい、卑怯だ。
一応恋人という仲になってから日は浅くない、それ以前からの付き合いだって決して短いものではなかったけれども、まさかこの強面髭面男がここまであからさまに変貌を遂げるとは誰が想像できただろうか。
この男に愛される人間は幸せになれるんだろうなと、片恋だと思い込み苦しんでいた昔の己に言ってやりたい、幸せを噛み締める前に恥ずかしさで死んでしまいそうだと。
けれどそれは悪い意味ではないのだから、本当に救いようがない。
いっそこの胸の鼓動ごと剥き出しにした感情を男にぶつけられたら、こんなにも堪え難い恥じらいの一端位は理解して貰えないだろうか。
しかしそんな事を考えたとしても不可能だと解りきっているので、結局はその羞恥を受け入れるしか自身に術などないのだ。


「…不公平だ」


自分ばかりが男の言動に翻弄されている。
自分ばかりが逸る好意に踊らされている。


「何が」

「…………別に」


不満を訴えてみたものの内実など言える訳もなかった。
つまりはお前が好きだから、だから一挙手一投足に一々みっともなくも反応してしまう。
しかしそんな事は、言えるならばとっくに言っているのだ。
重くなった口の代わりに、髪を撫でていた男の手を掴む、骨ばった感触を楽しむように甲から始まり指の根元を撫でたり摘んだりした。
スルスルと撫でるそこに含まれたものなんて不満位のもので、だというのに男には不貞腐れたようにでも見えたのか、男は大変珍しい事にどことなく困惑を滲ませながら葉巻を一度灰皿に投げる。
吸いきっていないのに捨てるだなんてこれもまた珍しい。
だがそれを指摘するよりも早く男の手が己のそれから引かれたかと思えば、その身が覆い被さって来たものだからこれには驚くしかなかった。
ギシリと軋みをあげて重みに不満の声を漏らすベッドに気を取られる事もなく、瞠目しているであろうままに相手を見上げればやはり困惑を滲ませた男の顔がある。
いいや、困惑というよりはどうすべきか迷っているようにも見えた。
間近に迫った男の目には先程の優しげな色にほんの少しだけ熱情が潜んでいる。
一体何がどう引き金になったのか解らず、また、解りたくもなかったのだが、それでも黙って受け入れられる程の体力は残されていない。
つまりこれ以上身体を酷使するのは遠慮したいのだが、言って解ってくれるような男でもないのは重々承知していた。
だからといって、抵抗をしないなどという理由にはならないが。


「っな、何だいきなり」

「うるせぇ。てめぇが悪い」

「訳の解らん事を言うなっ!あ、おいっ!」

「そんだけ怒鳴れりゃまだいけんだろ」

「っふざけ…っ、無理っ、無理だって!」


バタバタと本気で暴れると流石に押さえ込むのも難しくなるようで、チッと明らかな舌打ちが落ちてくる。
ふざけるな怒りたいのは此方だ。


「何なんだいきなり盛るな馬鹿っ」

「てめぇが悪い。絶対誘ってんだろさっきの」

「なっ…誰が…!」

「てめぇにその気がなかったとしても、だ」


やる事が一々思わせぶりなんだよ、などと恨めしげに言われれば本当に悪いのは自分のような気さえしてくるが、どう考えてみた所で自分が何かしらの他意を含んだ言動をした覚えはなかった。
何という言いがかりだろうか。
あんまりな物言いにカッと頬が熱くなる。
男の顔目掛けて反射的に振り上げた腕は呆気なく掴まれてしまったが、ここまで好きに言われて大人しくしているなんてできる訳がない。


「そんなの、お前が勝手に、」

「あぁ、そうだな」

「は…?」

「俺が勝手に、てめぇに欲情しただけだ」

「…………は?ぇ、何がっ」

「もういい加減黙れ、恥ずかしいんだよ馬鹿」


言わせんじゃねぇよ。だなんて。
そんな低い声が肩口を掠めて、不覚ながら拍子抜けしてしまった。
男の口振りでは如何にも己が無意識下で行った言動に振り回されたと言わんばかりではないか。
此方が呆然としている間にも肩口に噛みついた男は、不機嫌そうな顔を隠しもしない。
だが長い付き合いから察するに、男がこのような顔をするのは照れている時が多い。


「…………っぷ」

「…あぁ?」

「い、いや、別に……くくっ…」


何だ、同じじゃないか。
振り回されているのは自分だけだと、そう思っていた。
けれどもそうじゃなかったのだと解れば、おかしくて笑ってしまうのも仕方ないだろう。
訝しげに眉を顰める男に、何でもない、と言って、肩口近くにあったその頬に口づける。
どうやら自分もその気になってしまったらしい。
いいやこれは飛び火にも等しかった。
背中に回した腕を動かし、先程目にしたであろう場所に指先を這わす。
最初は腹で押し撫で、次には爪先を立てれば、男が顔を顰め、この野郎いい度胸じゃねぇかと呻いた。


「したくねぇんじゃなかったのかよ」

「気が向いたんだ」


もっと言うなら気分はいいものである。
鼻先を寄せると、文句がありそうな顔ではあれど唇にかさついた感触が触れた。
自分ばかりが男の言動に翻弄されている。
自分ばかりが逸る好意に踊らされている。
そう、思ってはいたけれど。
男もそうだと言うのならば、きっとそれが不器用な自分達なりの愛し方というものであるのだろう。
達観したような物言いにはなってしまうけれども。


「あぁそうだ、スモーカー」

「…あぁ?」

「……実はさっき、俺も欲情した」


秘め事のようにそう囁けば、男は暫し目を丸くした後、あぁそうかよ馬鹿、などと照れ隠しの悪態を吐き出した。



















お互い様ということで
(あぁでも一回だけだぞ)
(………善処は、する)
(っ、「は」って何だ「は」って!)





















以前イベントで出した無料配布本です
タイトルと()部分以外、加筆修正はしていないです←
イベント前日に二時間位で書きあげたから酷い出来である




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