Beautiful World










こんな事を言ったら、お前は笑うかもしれないが。
(いやむしろ笑って貰いたい、俺自身笑ってしまうような事なのだから)

お前の傍に居る時の俺は、紛れもなく俺自身だった。
(理想ばかり掲げてそれでも捨てきれずけれどやがて朽ちて行く矮小な俺自身だった)


お前が、好きだった。

刻み過ぎて直らなくなった眉間の皺も、鋭い眼光も、実は好きだったんだ。
(それだけじゃないお前と過ごした時間もお前がくれた言葉も無言の優しさも、全て)

今でも時折、お前を思い出す。
(あぁいや嘘を吐いた。思い出すんじゃない、だって忘れてはいないのだから)

お前は大抵顰め面だったが、ふとした時にほんの少しだけ表情を緩める事があるのを知っているか?
(覚えているんだ、何もかも、忘れようがない程に。覚えて、いるんだ)

あぁどうしよう。
(どうしよう、今とても、お前に、会いたい)




こんなにもまだ、俺はお前が愛しくて、恋しくて。
(伝えられる言葉など、もう何もないというのに)
















穏やかな水面にひっそりと潜る感覚は、もはや意識が覚醒している時には味わう事のできないものであり、擬似的にそれを感じられる浅い眠りを俺は好んでいた。
海軍時代から眠りはそう深い方ではなかったが、海賊に身を堕として(自分ではそう思わないが客観的に観れば堕落と同義なのだろう)からは余計にその傾向が強くなったように思う。
慣れ親しんだ木目の天井をぼんやりと眺めれば視界は僅かに滲んでいた。
夢を、見ていた事は、覚えている。
内容の断片を思い起こして、自分の甘ったれた神経に苦い笑みを零すしかなかった。
空はまだ白みもしない時間帯のようで、子窓から外を見渡せば海と空は限りなく同色に近いものとしてそこに在る。
シンと冷えた空気も相俟って、それは性懲りもなく夢にすら現れた過去への邂逅を見出した。
入隊して間もない頃に派遣された戦場、唯一の拠り所、触れ合わせた熱の優しさ。
あぁ、滲んでゆく、性懲りもなく、濁ってゆく。


「…スモーカー」


堪え切れず吐き出した男の名は、けれどもその持ち主に届く事などもはやありえないのだろう。
スモーカーと出会ったのは、士官学校に入学してすぐの頃だった。
初対面の感想は「場違い」の一言に尽きる。
ギラついた眼差しは一般的な海賊の想像図に分類されそうなものであったし、何よりあいつの態度はお世辞にも柔らかとは言い難かった。
友好的に話しかけてくる同期の人間に対しての反応は素っ気なく、口が悪いから尚の事態度も悪く見えて。その上訓練や実習の過程では教官のいう事など全く聞きもしなかった。
俺にはそれがどうにも許せなくて、考えてみれば馬鹿みたいに何度も衝突した気がする。
俺はあいつを勝手な奴だと思っていたし、何度も本人にそう言った。
組織としての連携がとれないのならば海賊にでもなってしまえとさえ思っていた位だ。
そんなにも仲違いばかりしていた俺達も、いつしか互いに程良い距離感を測れるようになっていた。
スモーカーは確かに勝手な所が目立つ男だが、そんな事など気にもならない程に芯の強い海兵なのだと、いつしか認めるようになっていた(俺は羨ましかったんだ、あいつが、羨ましかった)




初めて戦争の真っ只中に放り込まれた昔。

深夜も近い頃になると、俺はあいつの元を度々訪れていた。
普通同性の寝床に潜り込むだなんておかしい事だが、戦場では老若男女問わず殺して半ば精神が異常を引き起こしかねない所であったから許容して貰いたい。
初めて寝床を訊ねた夜、あいつは文句を言うでもなく、けれど僅か一瞬の瞠目の後、寒いんなら早く入れ、と掛け布を捲って俺を招き入れてくれた。
それがどれだけ俺を救ってくれたか、スモーカーは知らないだろう。
俺の能力は、戦闘に於いて直接攻撃のみに特化した動物系だった。しかもなまじ鋭い歯と強靭な顎の力を持った種族であったから、毎日のように口の中は血の味しかしていなかった(あぁそういえば、あれから俺は甘いものばかり食べるようになったんだったか)
ある日は泣き叫ぶ女を、ある日は必死に逃げようとする老人を、ある日は、
ある日は、子供の、亡骸を、目にした。
その子供は、幼くとも立派な戦士だった。
だから俺は彼の矜持が、せめて最後まで穢れぬようにと牙を立てたのだけれど、それが正しいことだったのかと問われると答は「解らない」の一言でしかない。

スモーカーは何も言わなかった。
前置きもなくつらつらと戦場での事を語っている時はいつもそうだが、その時ばかりは、何か、言葉が欲しかった。
どんな言葉が欲しかったのか、それは解らなかったけれど、何かお前に、言って欲しかったんだ。
ぴたりと寄り添った身体から伝わる温もりがじわじわと俺を弱くしていく気がした。
けれども本当は、その温もりにこそ救われていたのだ。
戦場で人を殺す度に俺は俺自身が生きている意味を問う(そうした所で答などありはしないというのに)
意味のない行為を繰り返しながら、口腔に血を転がしながら、もう二度と動きも話もしない人形を生み出し続けて、俺は本当に彼らと同じ人間なのだろうかと。
けれど俺は、そういった事を解っていて海軍に入隊した筈だった。
世の中は理不尽な事ばかりだ。
善良な者が必ずしも救われる訳ではない。だから海賊は栄え、何処にだって絶える事がないのだ。
そんな事は解っていた、解っていた筈なのに(俺は疑問を持ってしまった、この世界に、自分自身に、全てに)
その腕の中で慣れ親しんだ葉巻の匂いを、肺一杯に吸い込んだら泣きそうだった
戦争が終結してからは、驚く程にスモーカーとの距離が近くなったように思う。
近づき過ぎると反発を起こしていた筈の俺達は、気づけば誰よりも互いを近しい者にしていた。
それが戦場の、あの異常な状況下で熱を分け合った事に依る錯覚なのかどうかは、考えたくない。
ただ、安堵する感覚は本物だった。
それだけは、確かだった。
後方支援とはいえ戦場に在っても、傷を負っても尚、その目に宿る強い光を陰らせる事のない男を、俺は心底綺麗だと思ったのだ。




士官学校で出会ってから、あの戦場で共に過ごしてから、何年も後。


「昇進するんだってな」


変化に押し潰されぬよう必死に職務に取り組んでいたら、俺はいつの間にか将官になっていた。
スモーカーは言動の所為で上官からあまり良く思われず、功績をあげたとしても単独行動が目立つ為に未だ佐官のまま。
お前らしい、そう言って笑えば、俺は別に気にしちゃいねぇと葉巻を燻らせていたのを覚えている。
その頃にもなると、スモーカーも俺と同じ能力者になっていた。
けれど自然系の、その上「煙」なものだから、俺はやはりスモーカーが羨ましくなったのを覚えている。
俺には傷つける事しかできないのに、スモーカーは傷つける事無く戦いを終えられるのだ、なんという不公平(それをスモーカーに言った事があるが、そんなのは運みてぇなもんだと話を誤魔化すような返答があった。困らせたのは解っていて、それでも俺にはただただ不公平だった)


「あぁ、何だ。知ってたのか」

「ヒナに聞いた。前祝いだとかで飲みに行きてぇんだと」

「おい、飲みの口実に人を使うなよ」

「うるせぇな、文句ならヒナに言え」


軽口を叩きながら本部の廊下を並んで歩く。
互いに同じ文字をその背に背負っているというのに、心ばかりは同じではないのだと、俺は知っていた(俺だけは、知っていた)


「ドレーク」

「ん、何だ」


お前が俺を呼ぶ声は、いつも俺を落ち着かなくさせるし落ち着かせもする。
低い低い声が、けれども威圧的にならぬようにと配慮しているのが解る程の柔らかさを持ち始めた事に、気づいたのはどちらが先だったのか。
スモーカーは暫し躊躇いを見せた後、酷く目線を泳がせながら、おめでとう、と言った。
それが皮肉や嘲りだったなら、俺はお前を嫌いになれたろうに。
俺はありがとうといった、ちゃんと笑えていたかどうかは、解らない。


「でもどうせ祝ってくれるのなら、今度改めて二人きりというのはどうだ?」

「あぁ?」

「お前の家にある秘蔵の酒、あれが飲みたいんだがヒナが居ると全部持っていかれるからなぁ」

「…………考えといてやる」


本当は、別に何だってよかった。
お前が俺を大事にしているという事が解るだけで、矮小な俺の心は満たされた(同時に、深く深くを抉られていたのだけれど)
けれどそれを伝える事はしなかった、伝えた所でどうにかなるような事でもなかったから。
俺はただ、お前と共に在りたかった、在ろうと、した。
それが不可能だなんて、それが無理だなんて、思いたくはなかった。




それでも今この時、俺の隣にお前は居ないのだ。




空が白み始める。
水面に広がる白い光の筋がほんの僅かに空模様を映し出す様は見事なものだった。
あの色を見ると俺はお前を思い出す、笑ってしまうだろう、俺にとってお前は、どうしたって綺麗な存在なのだから。


「……スモー、カー」


呼びかけた所で、もう応えてくれる声はない。
俺自身が捨て去ったものだ、捨てると、決めたものだ。
それでもせめて、せめて祈る位は赦されるだろうか(お前は、赦して、くれるだろうか)


「お前は―――っ…変わらないで、くれ…」


あの時、あの、戦場で共に眠ったあの時。
聞こえない事を承知で、聞こえないようにと祈りながら、眠りに就こうとするスモーカーに投げかけた言葉。
聞こえなくて良かった。
聞かないでいて欲しかった。
俺の理想はもう変わり始めている、歪に、変化を遂げようとしている。
けれどお前だけは、変わらないでくれと。
俺はただ、あの時、それだけを願っていたのだ。
お前はそれを許しはしないだろう、だからといって、正義を俺に強いる事もしないだろう。
お前はただただ、俺を受け止めるのだ、無言で、けれど確かな優しさと共に。
俺はそれに甘えていたかった、本当ならば、叶えられるのならば、ずっとその優しさに浸っていたかった。
不意にシーツへ這わせた手のひらには、先程まで眠っていた自分の体温が残っているけれど、それはあの戦場で抱いた熱よりもずっと弱々しいばかりで、誤魔化すように荒く身を投げ出す。
ギシリと軋む寝台の震え、覗いていた景色は横になった為に窓の向こう側で、室内はほんの少し明るくはなったものの暗い事に違いはなかった。


「…………スモーカー…」


瞼を落とす。
眠る時だけ、俺は俺自身の弱さを認めざるを得ない。

お前に会う資格など、俺にはないのだろう。
伝えられる言葉など、俺にはないのだろう。

それでも、きっとお前は変わっていないのだろうから。




















迷わず君だけを
(夢の中でだけでも、傍に)





















「BeautifulWorld」でスモドレ第二弾
歌でいうと一番のイメージ。で、ドレ視点。
半端なく女々しくて申し訳ありません…!(汗)
何だか続きをというお声を頂戴したので調子に乗ってやっちまったなぁというですねあのその…(汗)
ドレークさんは、ひっそりと想いを育てて、それでもってひっそりと殺そうとするのかな、とか…(もう黙れよ)




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