拝啓、純情な殺戮者へ










我慢とは、つらい事や苦しい事をじっと堪える事を言うらしい。
悲哀的表現しかないそこに、憤りというものは存在しないのだろうか。
だとしたら俺は、我慢しなくても良いんじゃなかろうか。

悶々、よりは苛々という方が形容するに相応しい状態にある俺の目の前には真っ白な便箋に小さな花が一輪くっついた…物の山々。


「…文通って、手紙のやり取りをするって意味じゃなかったっけか」


呆然と呟くその横で、またも新しいそれを追加する為に、鴎が飛んでくるのが見えた。










正直に言おう、ぶっちゃけこんなやり取りはすぐに終わると思っていた。
相手は億超えは懸賞金をかけられた男であり、別の海賊団に所属している人間なのだから、こんな純情真っ只中な手紙のやり取りなんぞすぐに飽いて、その辺の島でその辺の女を引っ掛けて終わるものだと、そうタカを括っていたのだ。
それがどうだろう、現実を見ればもう数週間が経とうというのに未だに手紙のやり取りは行われている。
とはいえそれには語弊があり、手紙の返事を描いている途中に新たな手紙が送られてくる事はもはや毎度の事となっていて、俺はまたもぶっちゃけると返事要らねぇんじゃねぇのこいつと思っていた。
読むだけでも労力を要する手紙なんてそうはないだろうに、殺戮武人から送られてくる手紙は何で飽きないんだと不思議になる程に毎度分厚い。
しかもその冒頭はといえば、


「……誰がお前の愛になった…!」


Dear My Love.だなんて書き連ねられた手紙は見なかった事にして廃棄。
え?今思いきり視認しただろって?
気の所為だ気の所為。
オレハナニモミテイナイ。
ある意味見るだけでもおぞましいそんな言葉が書かれた一枚目は大抵が時季の挨拶であり、筆まめな所といい大概外見を裏切る男だなと思える馬鹿丁寧なものだったので捨てた所で大した問題はなかった。
え?この外道って?五月蠅いな現実はいつも厳しいもんなんだ。
さて二枚目である。
これがまた手強い、何がって主に精神的ダメージがでかい。
字が汚い訳でもないのだが、隙間を空けるのを惜しんでびっしりと書き込まれた文字には何かしら怨念が入っているのではないかと疑う。


『今日も俺は心からお前を愛している。お前が俺の見えない所で他の男と話し、怒り、時に笑っている事を思うとこの胸が張り裂けてしまいそうではあるがこの距離が二人の愛を深めてくれると俺は信じ、』

「はい見なかったー、俺は何も見なかったー」


解っていて何故見る俺。何故読んでしまう俺。
くしゃくしゃに丸めて脚元のゴミ箱へ落下していった紙の塊は、先客たる同じ紙屑にぶつかってコロコロと床を転がっていった。
というかあれだ、お前を好きになる事はないとまで言いきってやったのにどんだけ婉曲して現状を把握しているんだあの野郎は。
胸が張り裂けそうだと?いっそ張り裂ければいいのに。
毎度毎度愛の言葉なんぞよく思いつくものだ、そうしてそれをボンッキュッボンッな女に向けられないのか、この世の不思議話に加えられてもいいと思う位に理解できない。
そういえばあの仮面の中はどうなっているのだろう、隠すという事は酷い傷跡でもあるのだろうか。
あぁもしやそれが原因で女嫌いにでもなったのか、だとしたら可哀相に。
勝手な予想をしながら、半分以上流し読みで机の上を陣取る山々を消化していく。
纏まった時間が取れる時にでも目を通さなければ一生終わらない気がするのだ。
いや別に目を通さなくても良いんじゃないかと思わないでもないのだが、あんまり返事を書かずにいると乗り込んできそうで怖い。
パラパラと紙を捲って、時にはくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に投げ入れ、脚元に点々と紙屑が増え始めた頃になり、漸く半分を消化した。
一切言葉をダブらせずに愛を吐き出すこの男の無駄にいい頭の回転力を何か別の事に生かして貰いたい、切実に。


『そういえば今朝はお前の夢を見た。だからつい返事を待てず新たに手紙を書いたのだが、近頃そっちはどうだろう、船員に言い寄られたりはしていないだろうか、俺の夢ではバンダナをつけた男がお前の肩に腕を回しどや顔で俺の方を見ていたのだが、』

「……バンダナ…?」


何で変な所リアルなんだろう、こいつの夢って。
確かにハートの海賊団にはバンダナをつけた男が居るが、確か殺戮武人は見た事がない筈だ。
何度か酒の場を共にしたといっても、記憶を辿ればバンダナの男はいつもタイミング悪くというか見張り台に一人で居る事が多かった。
しかし恐ろしいのはバンダナの男が先日自分の肩を抱いた事があるという点か、
別段殺戮武人の言うような意味合いではなく、よくある激励や歓喜の表現としてである。
どんな電波をどこから経由して受信できたのだろう、精神的外傷が大きくなりそうだったのでこれもスルーしよう。
訊ねるにはハードルが高過ぎる。
がっくりとしながら次の行に目をやると今度は違った意味で頭が痛くなった。


『あぁ、俺に関しては何の心配も要らない。俺はお前だけだ。この前着いた島でも女に誘いをかけられたがきちんと断った。お前に似たちょっとつんとした雰囲気が可愛かったが、お前の代わりには到底及ばないからな。だから心配、』

「してねぇよ馬鹿かっ」


つんとした雰囲気が可愛いって。
殺戮武人の中で一体自分はどういった認識を持たれているのだろう。
もしや俺の態度がポーズの類だとでも思っているのか?なんと恐ろしい前向きさ加減だおい。
というかこいつ、あれか、俺を好きだ何だと言っておきながらちゃっかり自分はモテる自慢かこの野郎。
畜生次の島では女買ってやる、俺だって船長と一緒じゃなきゃそれなりにお声はかかるんだからな(大抵の女は船長に寄って行くので女が欲しい時は離れているのがこの海賊団における暗黙の了解というものだったりする)


「…何かよく考えたら手紙に一々リアクションするってのもどうなんだ?」


多分に気づいちゃならなかった事に気づいてしまい、手中の紙をクシャクシャに丸めて落とす。
大体お互い海賊の身の上で文通ってどうなんだ、文通って。
いくら何でもアウトだろそれは。
思いながら、次の紙に何気なく目をやると、今度は少し余裕を持った間隔で文字が記されている。
それはどうやら殺戮武人が所属する海賊団の船長ことユースタス・キャプテン・キッドに関する事のようで「キッド」という文字が見えた事でつい再読してしまった。


『キッドのコートについてだが、前回お前からの手紙にあったようにしてみたら乾いた後モコモコのフサフサになった』

「…ふん、当然だな」


何せ俺が付き従う船長は、北の海出身という事を抜かしてもフワフワモコモコしたものが大好きなのだ。
洗濯した結果ゴワゴワになんてしたが最後、明日の太陽を拝めなくなっても文句は言えない(故に新人クルーは大抵ここでこける)
そんな船に居る以上、フワフワモコモコした物の扱い方はどうしたって上手くなる。
特に誇れるような事ではないと思っていたが、こうして良好と結果を貰えればなんとなく気分も良くなると言うものだ。
今ならかなり手のかかる船長の帽子を手入れしてやってもいいという気にすらなる。


『おかげであいつの機嫌もいい、礼を言う』

「……妙な所で律義というかなんというか」


きっちり締める所は締めるというか。
こんな風に、最後の最後にまともな手紙を読んでしまうと、苛々している自分が狭量なだけのように感じられてしまう。


「…………あぁ畜生、書きゃいいんだろうが」


結局、俺は今日も手紙の返事を書くのだ。


















拝啓、純情な殺戮者へ
(とりあえず、手紙は一回につき一通にしてくれ)




















原作重視のペンギンでいってみよう第二弾
キラーが地味に変態くs(ry
何かキラーサイドの話も書いてみたいとか←




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