外科医、世話を焼く



外科医普通にいい兄ちゃん。
でも下世話な話。










「…入らない?」


何が、なんて訊くのは野暮ってもんで、恥を忍んで相談してきたのだろう、ドレークの顔色は赤面という表現を軽々と飛び越えていて、心配になる。
トラファルガー、確かお前は医者だったな。
そう言って船を訊ねて来たのはドレークであり、ある意味副業でもある医療の事となれば、そしてその相談者がドレークとくれば、トラファルガーは当然ながら是と応え船医室兼船長室に招いた。
室内に備え付けられた椅子に腰かけたドレークは、暫くは無言で、膝の上に置いた己の手の甲をジッと見つめていたかと思えば、一つ浅い息を吐いてから口を開く。


「…俺とウルージの関係は知っている、よな」

「あぁ、勿論。情報ってのは大事だからな」


とはいえこの情報が何の役に立つのかと問われると、答えには窮してしまう。
精々酒の肴にする位で、それを用いて何某か事を起こそうなどとは思わなかった。
トラファルガーはドレークとウルージを気に入っている、海軍から海賊にというと劇的な転身も興味深いし、ウルージの翼はベポ程ではないにしてもモフモフしていて気持ちがいいのだ。
だからまぁ、上手くいっているのならそれに越した事はない。
しかしここで二人の仲を切り出されるとなれば、相談事の内容も見えてくる。
トラファルガーは徐に棚を漁ると、やけに真剣な顔つきで取り出した物をドレークに突き付けた。
手のひら大のそれは淡いブルーの蓋に小さくテープが貼られている。
くん、と反射的に鼻を鳴らせばドレークの鼻孔を軟膏の香が掠めた。


「……トラファルガー?」

「皆まで言うな、ドレーク屋。あんだけ体格差があるんだ、鍛えようもねぇ場所だし裂けちまっても仕方ねぇ。けど後処理はしねぇと化膿して大変だぜ?これやるから養生しろよ」

「な、何の話だ!?」

「何ってナニの話だろ。怪僧屋とヤって、ドレーク屋の穴が裂け、」

「違う人の話を聞けバカッ!俺は、入らなかったからどうしたら良いかとおも、…」

「…………へ?」

「…って……っっっっ!!!」


入らなかった?入らなかったってのはアレか、それこそナニだよな、今度は間違ってないよな。
勢い余って大声で宣言してしまったドレークがカァァァッ!と赤くなった。
トラファルガーはとりあえず取り出した薬を棚を戻すと、所在なげにポリポリと頬を掻く。
まさか自分より年上の男に性の講義を請われるとは、それなりの年月を医者として過ごしているが、こういった相談は初めての事だ。
そもそもトラファルガーに物事の相談を持ちかけてくるなんて船員位のものなので、ドレークも相当切迫しているらしい。
流石に自船の船医には言えないだろうが、それにしたってトラファルガーに声をかけてくるとは。


「…入らなかったってのは、途中まではしたんだな?」

「うっ……あぁ、した」

「どうやってした。言うのは恥ずかしいだろうが、こいつは医者として訊いてんだ。前戯は?ちゃんとやったか?」


ふざけた事を訊くなだとか怒鳴られる前に、トラファルガーはこれはあくまで医者として患者に対する質問なのだと告げる。
そうすれば案の定、ドレークは怒鳴りつけようと開いた口をパクパクと震わせるに留めた。
ドレークがトラファルガーの事を「医者」として頼ってきた以上は、トラファルガーもあくまで「医者」として応える。
至極言いづらそうにではあるが、モゴモゴと口を動かすドレークに併せ、トラファルガーは尤もらしく頷きながら何事かを書き留めた。
そして一つの質疑に差しかかった所で、その手が止まる。


「で、体位は?」

「った!?…そ、そんな事まで言わなきゃならんのか」

「入らなかったってんだから一番肝心な部分だろ。それに体位ってのはな、やらしいのだけじゃなく医学的には姿勢の事を言ってんだ。身体の向き一つで臓器が動くから感じやすいのと感じにくい体位があるんだよ。で、正常位か?後背位か?いや流石にそこまでマグロじゃねぇようだから、対面座位とかその辺か?」

「…………ど、」

「ど?」

「……どれでも、ない」

「……」


は?
広がった沈黙に、トラファルガーのそんな疑問が落ちたのは気の所為か。
見ればトラファルガーに捲し立てられた事にも反応を見せず、ドレークはまたも目つきは恐ろしいものとなっている。
何が逆鱗に触れたのか、恐れる事はないが思わずギクリとしたトラファルガーは宥めるように手を軽く挙げた。
降参のポーズにも似たそれにドレークは深い溜息を吐く。


「…実はだな……その、ウルージにはその気がなかったようで…だから…全部自分でしたんだ」

「……つまり?」

「…………押し倒して上に乗った」

「――――――」


トラファルガーは思わず己の口を手で押さえた。
別にドレークの一途な行動に感動したという訳ではない。
単に、押さえていなければ口を吐いてドレークに言ってしまいそうだったのである―――馬鹿かお前は、と。
ドレークもそれなりに上背はあり、トラファルガーに比べればずっと逞しい部類ではある、ではあるのだが、そのドレークの相手はまた更に上を行く体格の良さだ。
そんな、ある意味規格外な男と事に及ぼうというのに、相手の協力なしでしかも騎乗位?
そりゃ入るモンも入らないだろう、いやむしろ入らなくて良かったんじゃないだろうか、あわよくばで入ったとしても確実に裂けていた筈だ。
常に冷静な男だと思っていたが意外と直情的なのか、ドレークへの見解を改めつつ、トラファルガーは事の仔細を今度こそ正しく理解した。
ドレークの身を案じ、挿入なしのオーラルセックスで満足しようとしたウルージに、最後までするものだと思っていたドレークが勢いで乗っかったものの結局できず、それから事には及んでいない、そんな所だろう。
さてどうしたものか。
セラピストの経験はないが、そもそもからして二人の意思が食い違っている以上、第三者でしかないトラファルガーには何が最善なのか判別がつけにくい。
とはいえドレークが頼ってくるなんて珍事は最初で最後かも知れないのだ、そうなればトラファルガーとしてはドレークの味方をしてやりたいというのが心情というものである。


「…とりあえず、騎乗位は止めとけ。慣れてきた頃ならともかく初めてじゃ死ぬぞ」

「……そんなにか」

「同じ上に乗るのでも座位ならまだ相手が支えてくれるからマシだが騎乗位はそうもいかねぇからな」


能力者が海に飛び込むのと同じ位無茶だ。
いくら何でもここまで言えば漸く身の危機を思い知ったらしい、頬を引き攣らせたドレークにトラファルガーは息を吐いた。
先程軟膏を取り出した棚の奥からいくつか引っ張り出すと、トラファルガーはそれをズラッと並べ立て、さて、と仰々しい仕切りを引く。


「ドレーク屋、アレルギーは持ってるか?」

「いや、特にはないが」

「今からお前専用の薬を作ってやる。中がグズグズになる位強力なのをな。それ飲んで怪僧屋の所に行って、抱いてくれの一言でも言ってみろ」

「だっ…!そ、そんな事言えるかっ、大体薬なんて…」

「本当なら小まめに解して拡げてくのが一番良いんだが、怪僧屋に挿れる気がない以上協力は望めねぇしな。だったら手っ取り早く体内に変化を促すしかねぇだろ」


理論武装、というよりは正論ばかり返して来るトラファルガーに、ドレークは何事か反論しようとして止める。
赤らんだ顔を覆うようにして手を当てると、暫くしてから躊躇いがちに口を開いた。
もしウルージがそれでも抱いてくれなかったら、と。
薬の作用でどうにかなっていると知れば、そんな状態のドレークに手は出せないと言い出すかもしれない、それはウルージの性格上、決してないとは言い切れない反応だった。
実際、トラファルガーにもその光景はありありと思い浮かぶのだ、ドレークの疑問は当然である。
だがそんな事は大した障害ではない、トラファルガーはそう言いきった。


「恋人とヤりたくねぇ男なんてそうは居ねぇよ」

「…だが、」

「ドレーク屋の考えてる事を全部伝えりゃいい。それでも駄目ならそりゃ怪僧屋が不能なだけだろ」


以上で診察は終了、薬が処方されるまであちらでお待ち下さい。
おどけたようにそう言ったトラファルガーは、部屋の一角にある本棚のスペースを指で示した。
本棚の近くはトラファルガーが寛ぐ場でもあるのか、大きめのソファーがドンと置かれている。
読書か寝るかして時間を潰していろ、暗にそう言っているのだと解ったドレークは、渋々ながらに腰をあげた。



















外科医、世話を焼く
(残虐な俺が珍しく手を貸すんだ、絶対上手くいかせてやるよ)






















外科医が世話を焼かなければどうにもならないと思うの。
ウルージさんはオーラルでいいと思ってると思うの。
ドレークさんは繋がる事に重きを置くと思うの。
裏に続きます。




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