ただいま発情中










お互いに海賊船の船長である以上、公の場で堂々と顔を合わせる訳にはいかない。

船員達の手前あからさまに好意を見せるのも如何なものか。




となれば必然的に、忍ぶように会うしかない訳で。










宵闇に溶け込まんばかりに全身を黒で覆い隠したドレークは、目的の部屋に辿り着くと身に纏っていたローブを脱いだ。
その下は常の黒革のジャケットでもパンツでもなく、上下とも黒で揃えた普通のものであり、帽子とマスクを外しているのもあってか一見すると島民のようにしか見えなかった。


「今日も随分と用心なさる」

「一応だ」


ドレークが脱いだローブを受け取りながら、ウルージは笑ってそう言う。
それをドレークも微笑で返し、促されるまま席に着けば、テーブルには事前に用意されていたとはとても思えない量の料理があった。
その殆どは恰幅のいいウルージへと収まるのだが、それを一食と換算すると船の経済状況が心配される所で、ドレークは毎度の事ながら苦笑するしかない。


「それでは食事といこうか」


大食らいという異名を持つ女海賊程ではないにしても、人には食欲というものが必ずある。
ウルージもその例に漏れず、席に着いた彼はいつもの笑みを更に輝かせているように見えた。
それがドレークには微笑ましく、そして逆にもどかしくもある。
こうしてウルージと会食の場を設けるのはもう何度目になるか知れない、互いに好意を通わせ合ってから早幾月、だというのに、だというのにだ、その幾月の間した事をいえば会食だけとはどういう事か。
まさかウルージの好意はそういった意味ではなく仲間や友人に対するものなのではないか、そんな風に思い悩んだ事が何度あっただろう。
しかし友人とするならこんな風に忍んで顔を合わせる事に疑念を持つだろうし、何よりウルージはそういった疑問を抱え込む人柄ではなかった。
外見に反し、大食らいよりもずっと丁寧に食事を進めるウルージは、それなりに色濃い航海をしてきた筈のドレークをも退屈させない話題を提供してくれる。
衝撃を吸収し好きな時に放出できる道具や、音をそのまま残す貝、空にある彼の故郷では長い事戦いがあったが決着がついた報せがあった事など、見た事のないそれをウルージの言葉から想像するのは楽しかったし、時には実物を見せて貰う事もあった。
だがしかし、いい加減に次に進みたいというのが正直な所でもある。
とはいえそれをどのようにして相手に伝えるべきか、ウルージの船を訪れる度、ドレークはそれを思い悩んでいた。


「…食が進んでいなさらぬようだが、具合でも悪いのか」

「あぁいや、そんな事はないんだ。とても美味しい」


呑気に食事を楽しむ顔が憎たらしい、だなんて言える訳がない。
それでも僅かに同様してしまったらしく、返した言葉は質問に対するものにしては若干的が外れていた。
当然ながら訝しむウルージに、ドレークは努めて笑みを返す。
別に気を揉ませたい訳ではない、折角二人きりの時間なのだから、どうせなら楽しく過ごしたかった。
不審には思ってもドレークが探ってくれるなとばかりに笑うものだから追及はせず、ウルージは気を取り直して食事を再開させる。
怪僧という異名からして肉や魚を食べないものかと思っていたが、ドレークが感心する程に見事な食べっぷりでテーブルの上にあった料理の数々は確実に減っていった。
ドレークとて小食という訳でもないが海軍に居た頃に培ってきたテーブルマナーの所為で食べる速度はウルージ程早くない。
音も立てずフォークやスプーンを使いこなす姿は優雅の一言に尽き、ドレークの気づかぬ所でウルージはその様子を盗み見ては微笑んでいた。
ポツポツと会話を交わしながら食後の酒を飲む頃にもなると、ドレークが訪れてからもう三時間も経過している。ふとした瞬間、それに気づくのがドレークは嫌だった。
何もかも時を忘れてウルージと夜を過ごせればどんなに幸いだろう、けれどこればかりはドレークだけで決められる事ではない。
場所がドレークの船ならば、構わないから泊まっていくといいとでも言えるが、そもそも体格の立派なウルージが忍んで来れる訳もなかった。
だから二人で会う時は、絶対にウルージの船なのだ。
ドレークは帰らなければならない、酒を飲んで、気分が高揚していようが、そればかりは違えた事などなかった。


「……そろそろ帰らなければな」

「もうそんな時間か」


名残惜しいと思っているのが知られないよう、端的に声を零す。
ウルージはそれを咎めもせず、また全く気にもしていない風で笑った。
少しは帰したくないだとか、引き留めたいだとか、そういった感情を見せてくれたっていいだろうに。
けれどそれは自分の我儘だとドレークは知っている。
手中のグラスに残った酒を一息に煽ってから席を立ったドレークを追い掛ける形で腰をあげ、ウルージは訪問者を迎え入れた時と同様、ローブをそっと持ち主へと返した。
ささやかな心遣いに礼を述べながら、ドレークはそれを受け取って微笑む。


「ではまた連絡をする」

「あぁ、だが無理はしないでくれ。船員達の都合もあるだろうし」


ただでさえ大量の料理を平らげるウルージに加え、ドレークの分までも用意して貰っているのだ。
ウルージがどのような説明をコックにしているのかまでは知らないが、負担をかけているのは間違いない。
申し訳なさから控え目な事を言えば、ウルージは大して気にもしていないとばかりに笑ってみせた。
そして次の瞬間、ドレークの思考は完全に停止する事となる。


「私の恋人を持て成せると、むしろ喜んで腕を奮ってくれている位なのだから遠慮なさるな」

「――――――……は?」

「おぉ、そうだ。お主さえ良ければ次はコックを呼んでも良いだろうか。男とは伝えたがお主だとは言っていないので驚くとは思うが、一度直接料理について説明をしたいらしく、」

「ちょっと待てっ!…あ、いや、大きな声を出してすまない。だが、その、コックに、というか、」


船員に、言ったのか。
ドレークの固有名詞こそ出さぬものの、恋人が忍んで来るのだと、言ったのか。
咎めを含めての問いではない、ドレークとて、ウルージの許可なく己の船員には恋人との逢瀬だと伝えてはいるのだ。
しかしまさか、まさかウルージもそうしてくれていただなんて思いもよらなかった。
むしろ恋人として認識されているのかと疑っていた位で、不意をつく形で告げられた事実にドレークは思わず顔を覆う。
マスクや帽子を身に着けていればよかった、とドレークは己の不手際に唇を噛んだ。
頬は勿論、耳まで熱くなっているのが自分でも解る程なのである。
これではウルージにも完全に見えてしまっているだろう。


「…もしや、言ってはいけなかったか」

「ちがっ、いや、違うんだ、そうじゃなくて」


怒りや羞恥で赤面しているのではなかった。
これは単純に、歓喜と少しの照れから来るものである。
けれどそれを知れば、何故今更そんな事を喜ぶのだという流れになってしまう、まさかウルージの好意を疑っていただなんて言えるものか。
あぁしかし、これは本当に嬉しい事だった。


「…っ…コックの事は、了解した。そちらが良いならば俺は構わない」

「あぁ、なら良いのだが…」


努めて平静を装ったつもりだったが、元来嘘を吐く事が得意ではないので明らかに不審だったろう。
ウルージの言葉尻は曖昧で、そして噛み切り難い。何か言いたげなのは解っているが、顔中の熱が引かない以上はそれも難しかった。
せめてこの顔を隠してしまえば普通に話す事ができるかもしれない、そう思い急いで腕にかけたままのローブを頭から被る。
一見すると魔術師と名高いホーキンスの船員のようだが、顔や姿を隠すのに最適だから選んだのであってそこに他意はない事をここで述べておこう。
とにかく、ローブのおかげで狭まった視界にはウルージの胸元あたりだけが映り込んだので漸く安堵した。
女性ならばともかく、それなりに鍛えたガタイのいい男が顔を赤くした所で気色悪いだろう。
改めて、気に留めるなと言い含める為に口を開いた。


「そちらが気にする事は何もない、本当だ」

「うむ…そこまで言うのなら気にすまい。それよりも…」

「……ぇ、あ、おいっ」

「去り際に顔を隠すのは止せ」


被ったばかりのローブの、フードをあっさりと引かれて視界は広さを取り戻す。
フードを取る為に距離は今までになく近く、ドレークの頬はまたもカァッと赤らんだ。
その変化にウルージは一度目を丸くさせたが、次には何事かに気づいた顔で更に距離を縮めてくる。
う、え、わ、などと言葉にもなりきらない声の欠片をちりばめ、後退しようとするドレークの後頭部をウルージの手が押さえ込んだ。
これはまさか、とドレークが緊張やら嬉しさやらで硬直する。
このまま止まっていればウルージからキスされるのかもしれないと、正直に言えば期待した。


「…お主やはり具合が悪いのではないか?」

「…………は?」


しかしそんな期待とはそもそも裏切られる為にあるようなものである。
コツン、と額が触れ、顔はこれ以上ない程に間近な所、だがそれだけだ。
顔が真っ赤だとか、体温が高いだとか、そんな言葉が聞こえたが知った事ではない。
ドレークが期待していたような事は起きず、所謂体温の比較の為だけに額が合わさっている。
なんという生殺しだろう、これはいくら何でも酷い。


「……っ…っっ……!」

「……ドレーク?」


優しい呼びかけに応える事なく、ローブの中からドレークの腕が突然飛び出したかと思えば、長年伸ばし続けたのであろうウルージの髭をぐいっと引っ張った。


「なっ…――――っ!?」


流石にウルージも瞠目したが、事はそれだけでは収まらない。
あろう事かドレークの唇がそのままウルージのそれに重なる。
お互いに子供ではないので歯をぶつけるなどという事はなかった、だが勢いに任せて口づけたドレークは唇が触れた瞬間に理性を取り戻してしまい、またウルージは予期しなかった恋人の行動に呆然としていた。


「……」

「……ドレ、」

「す、すまないっ、今のはあのっ、だからそのっ、っっっ帰る!!」

「あ」


脱兎の如く、とは正にこの事か。
ウルージが制止する暇も与えぬ程に捲し立てた挙句、ドレークはそれはもう物凄い早さで部屋を出て行ってしまう。
残されたウルージは暫し開け放たれた扉と、珍しくもバタバタと荒い足音が遠退いて行く通路を見つめ、それから漸く事態を把握すると先立ってのドレークと同様、その顔を己の手のひらで覆い隠すのだった。



















ただいま発情中
(お、俺はっ、なんという事を……!)
(全く……好き勝手やりなさる)




















某所にて超積極的な赤旗と超鈍感な怪僧に滾った結果というかなれの果てというか。
この後数日は居留守を使うドレークさんとか萌えませんかごめん俺得←




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