貴方だけのイヌサフラン










就いている地位が地位なだけに、同じ大将の面々は忙しい。
そうなると自分も忙しいと思われがちではあるが、今日は顰め面した元帥と豪快に笑う中将によって公認で休みを言い渡された。
普段から働いている訳ではないが、サボっていいと言われると逆に何をどうしたらいいものか。
大将連中を誘って遊びに行こうと思えば忙しいの一言。
折角の誕生日、休みを貰えた所で愛しい恋人は多分にもっと忙しい。


さて、どうしたものか。


「クザン、家に帰ったらいいものがあるからねェ〜」


わっしからのプレゼントだよォ〜、だなんて言って、大将黄猿ことボルサリーノは光の如く消え去った。










言われた通り家に帰り着いたはいいものの、郵便受けにも玄関にも「いいもの」とやらは見当たらない。
はて、一体どういう事だろうかと思いつつとりあえずスーツから着替えますかと寝室に向かった。
サボる割になかなか家には帰らず、本部に居る事が多いので、家の中には僅かながらに埃が舞っている。
いつもならば時期を見て、多忙の中時間を作り掃除に来てくれる恋人とは近頃ご無沙汰で、最後に顔を見たのは渡り廊下ですれ違った一月前。
そういえば、その時やけに物言いたげな目をしていたけれど、何か悩みごとでもあったのだろうか。
折角だし、着替えたら恋人の家で帰りを待っていても良い。
たまには自分が彼の世話をしてみたって良いだろう。
そうと決まればさっさと着替えてしまおうか。
恋人の顔を見るまでは帰ってくる気もないので、確定事項となったそれに自然と鼻歌を零しながら寝室のドアを開いた。


「…………あららら」


ドーン。
そんな擬音がつきそうな程に大きな箱が寝室の中央に置かれていた。
これがボルサリーノの言っていた「いいもの」とやらか。
贈り主がガープならば遊び心と称してとんでもないものを箱に詰めていそうだが、ボルサリーノである以上危険なものではないだろう。
とはいえ、気軽に開けようという気にもならない。
そう考え、クザンは肩にかけていたスーツの上着をベッドにバサリと放って、ふむと一呻り。
真っ赤なリボンを手始めに解いていくと、隙間に挟みこんだメッセージカードが姿を現した。


『Happy Birthday. Present for you.―――You will be pleased.』

「……なーにが入ってんだかねぇ」


漸くリボンを解いた所で箱の蓋を持ち上げる。
嵌めこむタイプのそれを外し中を見た瞬間、不覚にも言葉を失った。
柔らかな綿を敷き詰めたのは長時間の拘束にせめてもの緩和をという配慮からか、その上に膝を抱える形で入っていたのは紛れもなく人間で、更に言えば先程頭に過った恋人の姿だった訳で。
その両の手首には見覚えのある錠がついているあたり、本人の意向はあまり含まれていないのだろうけれど、まさかこれは所謂「私がプレゼント」というやつなのだろうか。
どれ位箱の中に居たのだろう、閉じた瞼から男にしてはやたら長い橙の睫毛が陰を落としていて、薄く開いた唇からは微かな寝息が零れている。
とりあえず、自分程ではなくともガタイのいい彼にいつまでも箱の中というのは酷だろうからとその身体を抱き上げる事にして、それでも久方ぶりの恋人の温もりを手放すのも惜しく、結果ベッドに腰を下ろした末膝上に抱える事にした。


「ドレーク君、起きて」

「…ん……んー……?」


腕の中に居るドレークの頬をペシペシと叩く。
むずがるようにして嫌がった後、開いた目は未だ眠気に浸されていたが、数度瞬いた後に状況を把握したのか見る見る内に空色の瞳は動揺を濃くしていった。
その急な変化を見るのは楽しいけれど、これはもしかして怒っているのだろうか。
いやいや、この場合怒られるのは自分ではなくこれをした人間であってつまりこの場で怒られるのは嫌な訳で。
けれど此方の予想に反し、ドレークは暫しの躊躇いの後目線をウロウロと彷徨わせ、何事かを言い辛そうに口をもごつかせるだけだった。
てっきり怒鳴られると思っていたクザンは、おや、と目を瞠る。


「えーっと……黄猿さんからいいものがあるって聞いてたんだけども」

「…………」

「そんで帰ってきたら箱の中にドレーク君が居た訳なんだけども」

「…………」

「…………お、怒ってるのかな?」

「…………」


いっそ清々しい程の完全なる無視。
黙り込んでしまった顔は俯いている所為で見えないけれど、やはり怒っているのだろうか。
それでも離れようとしないのはありがたい、が、もしかしたらそれも未だ錠がついている所為かもしれなかった。
海楼石製の錠は、能力を封じると同時に能力者本人の身体から常人の力をも封じてしまうから。
態勢上、胸に寄り添うように密着しているドレークなので、僅かに身動ぐだけでも触れる所から震動が伝わってくる。
腕の中に温もりを抱くのが久しぶりだからつい離す方向には気が向かないのだけれど、これがドレークの本意ではないのなら離してやるべきなのかもしれない。
あぁでも、もう少し位ならいいかな、なんて思っているあたりクザンに離す気など毛頭ないのだ。


「…………あの、」

「うん?」

「……怒って、ないです」

「…ホントに?」

「…俺が、ボルサリーノ大将に相談したので」

「…………うん?」


ごにょごにょと言い辛そうに喋るものだから、つい空耳かと疑ってしまったけれど、どうやら聞こえた声に間違いはなかったらしく、今度は少し力の入った声が、俺が相談したんです、とドレークが言った。
敢えて空気を読まない事はあってもそこまで頭の悪くないクザンは、相談したという言葉から工程を察する。
つまり、今日という日に、恋人としてクザンに何か贈り物をしたかった為、ボルサリーノに話を持ちかけたのだろう。
こんな事になってびっくりはしましたけど、と零すドレークにそりゃあそうだろうなと苦笑する。
私がプレゼント、なんて発想は成熟しきった男が考え得る下世話なものであるし、ドレークの性格からしてそんな大胆な事を思いつく事もあるまい。
しかも手錠をかけられたという事は、ドレークもこの案には一応拒否を出したのだろう。


「……何が欲しいか、聞こうとは思ったんですが」

「うん」

「…俺より貴方の方が給金もあるので、欲しいものなんて大概手に入れられてしまうでしょうし」


それに関してはどうにも否定がしづらい。
だが言ってみれば、愛しい恋人からの贈り物を、それが何であれ喜ばない訳がないのだから、この際ドレークが与えてくれるものなら何でも良かったし、何より多忙の中でも誕生日を気にかけてくれていた事が嬉しかった。
一月前の様子はつまりプレゼントの事で悩んでいたのだろう、そうと解ったのも喜びに拍車をかける。
愛おしさに堪えかねて額に口づければ、わ、と小さな声があがって顔が真っ赤になった。
だから、その、なんて言い淀む姿すら愛しくて、つい笑ってしまう。


「……俺にしかあげられないものを、考えたんですけど、思いつかなくて」

「そんで、こうなっちゃったと」

「…穴があったら入りたいです」

「あららら。俺はドレーク君の中に入りた、」

「すいませんちょっと黙って貰えますか」


欲求を素直に口にしようとすれば物凄い形相で睨まれた末に口を押さえられた。
ついでに言うなら未だ手錠はしたままなので、両の手のひらが勢いよく押し付けられる。
ごめんね、と謝るものの声はドレークの手のひらの所為でこもるばかりで形にはならず、目が合ったので緩めて見せると呆れを多分に含んだ目がじっとりと向けられてから盛大な溜息を吐かれた。
あ、その反応はちょっと酷い、なんて思ったけれど悪ノリをした自覚はあるので、ドレークの手をやんわりと剥がして今度こそちゃんと謝罪する。
本当は手のひらにもキスしたい所だったが、これ以上揶揄しても可哀相だし、どうせ苛めるなら夜にベッドの中でというのが本望な所なので我慢した。それにドレークがヘソを曲げると怒りが解けるまでが長いのだ。
一先ず手錠を外してやるべきだろうと、ドレークを膝の上からベッドに下ろして未だ開けっ放しの箱の中を覗き見る。
敷き詰められた綿の中をモソモソ漁れば掛けられた手錠の鍵だろう、これもまた見覚えのある形をしたそれが箱の底に鎮座していた。
あったあった、そう言いながらベッドを振り返ると、ドレークが戸惑ったように此方を見ている。


「…あの、」

「あぁ、すぐ外してあげっから」

「いぇ、そうでは、なくて…」


今日はやけに言い辛い事が多いらしいドレークには申し訳ないが、早くして貰わないとクザンとていつまでものんびりとはしていられないのだ。
クザンの家にドレークが来るだけでも久しぶりの事だというのに、場所は寝室でドレークはベッドの上、しかも手錠なんていうアイテムもくっついている始末。
すぐさま襲わないだけ自分にしては我慢している方なのである。
朝一番で元帥に呼び出され暇を言い渡された所為で外は未だ明るい訳で、となると今襲えばドレークの不興を買うのは目に見えている訳で。
だからつまり、クザンの選択肢は「我慢」というコマンドしかあり得ないのである。
そんなクザンの苦労を知っているのかいないのか、ドレークは口元に手を当てるとその唇を数度指先でなぞった。
考えごとをしている時の癖だとは知っているが、今この状況では煽情的なものでしかない。
天然だとか無自覚だとか、いい加減自分がどう見られているのかを察して貰いたいものだが、そんな事を今更言った所で改めてくれるとは思えず、クザンは仕方なく話を後回しにする事にした。
長時間箱の中に居た所為で皺の寄った白のスーツを気にするでもないドレークは、クザンが手錠を外す為にその手を取った事でびくりと身を竦める。


「あ、あのっ、クザンさん」

「んー…あれだ…あれ…後で聞くからとりあえずこっち先ね」

「だからっ……っ…外さなくて、いいです」

「…………うん?」


えーっと、それは、どういう、意味、なんでしょうかね。
カアッと心配な位赤くなってしまったドレークは、暫し「いや、あの、だから、」と躊躇うばかりであったが、今度はクザンも辛抱強く待っている事にしたのが功を奏したのか。
赤らんだ顔のまま、不意に真っ直ぐな目を向けたドレークの次の言葉に、クザンの頭の中は真っ白になった。


「そのっ……へ……返品は、受け付けていないので」

「……………」

「…っで、でも要らないなら――――」


最後まで言わせる気など、クザンにはない。
話途中の所為で中途半端に開いた唇から容赦なく舌を差し込みその勢いのままベッドに押し倒せば、触れた所から呻り声が零れ落ちる。
自分よりは小さな頭を抱え、何度も何度も角度を変えて口腔を蹂躙していくと、手錠の所為で首には回す事のできない腕が互いの身体の間で訴えるように動いた。
呼吸が追いつかないのか、それともそんな余裕などないのか、名残惜しいながらも一旦唇を解放すると荒い息を吐く。
必死に酸素を取り込もうとする姿が愛しくて、呼吸を整えている間にもドレークの額から頬、顎先やその裏に口づけた。
自然と仰け反るようにして現れた喉仏に歯を柔らかく立てると、ぴくりと震えてか細い声を零す。


「ぁ……クザン、さ…」

「……俺のにしちゃっていいの?」

「っ……そう何度も、言いませんよ」

「じゃあ遠慮なく、貰っちゃおうかな」


有り体に言えば、生まれてきてから今までで一番幸せな誕生日。
恋人が腕の中で、照れくさそうに微笑むだけでも幸せなのに。
貴方のものなんだと訴えられたらそれこそ歯止めなんて利きやしないのは当然だった。


「誕生日、おめでとうございます」


貴方が生まれた今日という日に、感謝を、だなんて、お返しのように唇にキスを落とされる。
本当にこの恋人は、無自覚に此方が嬉しくなる事を言ってくれるのだから、堪らない。

手錠を外してあげられるのは、まだまだ先のようだ。



















貴方だけのイヌサフラン
(返品なんてする訳ないでしょ)




















クザンさん誕生日おめでとうございます!
何かもうオッサン臭い発想しか出て来なくなってしまった訳ですが、とりあえず当日に書き上がった良かったです。
イサフランは9月21日の誕生花。
ちなみに花言葉は「裸のあなた/悔いなき青春」(笑)
俺もドレーク屋が欲しいです←




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