日常生活に必要不可欠な










お互いに仕事にキリが付きそうな日は、どちらか早く帰れる方が相手の家で食事と風呂の支度を済ませておく。

お互いに大抵の日は仕事が混み入っている時だから、何処かに遠出などできない分何でもない日を共に過ごそうと決めた。




「そういうの、通い妻っていうんだぜ」




そういった諸々の事情を知った上でニヤニヤと笑って見せたのは、確か同じ位には忙しい筈の同僚である。









どうしてそう言う話になったのか、考えてみれば話題を提示してきたのはクザンの方だった。
クザンの直属の部下であり、また己とは恋仲でもあるドレークに関する話は、共有するには些か気恥ずかしい話題であったのだがわざわざ目くじらを立てるのもどうかと思いいつも付き合ってしまう。
二人して仕事仕事で会う暇ちゃんと作ってんの、と呆れ交じりに問うたクザンは、最初からここに至るまでずっとソファーを陣取っていた。
逆に問おう、貴様は仕事をせんで良いんかと。


「…何言うちょるんじゃ、クザン」

「飯も風呂も支度して待ってる訳だろ。って事は通い妻」

「だから何故そうなる」


その話で行くとドレークだけでなく同じようにしている自分も通い妻であるという事ではないか。
言うまでもなくそこに思い至ったのか、クザンは恐ろしい通い妻だね全く、と言葉遊びをする。
暇なのか、大将青雉とあろう者が仕事もせず同僚の執務室でだらけるだけとは嘆かわしい。
しかしクザンへの説教をしていては何時まで経っても仕事が終わらなくなってしまう。
これより前に、個人で所有している小電伝虫へドレークからの連絡が入っている以上、時間を潰す訳にはいかないのだ。
本来ならばすぐにでも怒鳴りつけ、正座をさせた上で説教を始めてやりたい所であるのを堪える。
手も目も事務的な事に回し、けれど相手をしなければいつまでも煩いだろうクザンに口だけでは相手をしてやりながら、一枚また一枚と積み上がっていた山のような書類を少しずつ消化していくのはある意味では簡単な作業だ。


「で、何。今日はドレーク君が通い妻な訳だ」

「……何故そう思う」

「二時間くらい前に嬉しそうな顔で帰ってったから」

「解っちょるんなら貴様も邪魔をしに来るな…!」


まさか解っていての事だとは。
手に握った書類がぐしゃりと歪むのは解ったがもう我慢ならん。
叩きつけるようにして立ち上がった所で、ソファーに身を沈めていたクザンがやっべやりすぎた?と謝る気が欠片も見えない態度で身体を慌てたように起こした。
やり過ぎも何も最初からちょっかいをかけに来なければいいものを。
ギッと睨みつけると苦笑混じりに悪かったよなどという声があがる。


「言葉だけで済めば海軍なんぞ存在せんじゃろうがっ!」

「じゃ、あれだあれ!…えーっと…あ、半分受け持つからっ!」


だからとりあえずその腕引っこめようよ、ねっ!と必死にクザンが言う「その腕」とは、今は人としての原型を保たずにグツグツと煮えくり返っている。
仕事を嫌うクザンにしては珍しい妥協条件に一瞬の瞠目をした後、ならばよかろうと人間の手のひらに戻った所でクザンがほっと息を吐いた。
砕いた所で再生する氷の人間が何を慌てているのか、それとも条件反射で言っただけかもしれないが、残りの半分受け持つと言ったのだから都合がいい。
適当に半分掴んでクザンの前に押し付けると、引き攣った顔ながら恐る恐る受け取ったのでよしとした。
改めて椅子に腰を落ち着ける。
二時間、そう、ドレークが帰宅してから二時間が経過しているのだ。
となれば料理はもうできているだろうし、風呂だってできている頃合い。
何より待たせている現状がよろしくない。


「……サカズキさー」

「……何じゃ」

「…帰ったらドレーク君になんて言われるの?」

「……質問の意味が解らん」


クザンに押し付けたペンはゆっくり動くばかりで丁寧かと思えば単に適当なだけだとは知っている。
しかしまぁ受け持つと言った以上はクザンが終わらなくとも此方の分が終われば帰宅する心積もりであるので構うまい。
投げかけられた問いに一度は手が止まった。
何を言いたいのか、珍しくも歯切れの悪い問いにそのまま意味が解らんと告げれば、だからさー、とだらしない話し方で声が返ってくる。


「よくあるだろ。ご飯にする、お風呂にする、それとも…ってやつ」

「…………ドレークはそんな下劣極まりない質問はせんぞ」

「あららら。男のロマンじゃねーの」


これだから堅物は駄目だなぁ、などと聞こえの悪い発言は聞かなかった事にした。
最後の一枚に署名した所でガタンッと席を立てば、今度こそ怒ったのかとクザンがびくり震えながら振り返る。
だから怒らせるのが嫌ならば馬鹿な真似をしなければいいものを。
ふん、と鼻であしらった後、ちゃんと最後まで片付けるんじゃぞ、と一言残して執務室を後にした。









海軍本部から程近い所に設けた自身の家は、一見すると周囲から僅か浮いて見えるかもしれないが自分にとっては最も落ち着く様相であった。
和を基調とした木造のそこから淡い光が灯っているのが見て取れて、人の待つ家に帰るというのは未だにどうにも慣れないが実を言えば嬉しいものである。
海軍本部付近の、しかも大将である自身の家に物盗りが入る訳もないが、一応はと取りつけた木門を抜けて一定の間隔で埋め込まれた石畳を歩いていた所でカラカラと玄関の戸が開かれた。
蛍光灯の光を背に、戸の向こうから顔を覗かせたのはそれこそ久方ぶりの恋人であり、自然と常の顰め面がほんの僅か弛緩するのが自分でも解ってしまう。


「おかえりなさい、サカズキさん」

「待たせてしもうたな、すまん」

「いぇ、立ち寄る前に買い物に行っていたのでむしろ調度良かったですよ」

「そうか。じゃがよく解ったもんじゃな、そこまでわしの足音はでかいか?」

「クザン大将が先程連絡をくれたんです。だからそろそろかなと思ったので」


出てみたら当たりでした。
そう言って微笑むドレークについ先程感じたばかりの苛立ちは何処かへ飛んで行ってしまった。
勤務時よりもいくらか砕けた喋り方なのは付き合いの賜物か。
付き合い初めの頃なんぞは、お互いに何をどうすればいいものか解らず勤務時と変わらぬ体で接していたものだが、見ていられないとばかりに同僚のクザンとボルサリーノが介入してきてからは一応恋人らしくはなったように思える。
今日の事にしても、何だかんだいってクザンの協力あってこそ。
ドレークのいう「調度いい」時間に帰ってくる事ができたのだから、大概あの男も解りづらいものだ。


「食事の支度はできてますけど、先にお風呂にします?」

「そうじゃの、それなら、」


何かを受け取ろうというかのようにドレークが腕を前に出したので肩にかけていたコートを差し出せば何の躊躇いもなく受け取られる。
成程確かにこれは妻のように思えるかもしれない、例えば自分が先にこの立場になっていたとしても、ドレークから荷物や衣類などを受け取った事はなかった。
そういった細やかな気遣いは自分にないもので、ドレークのそういった部分を好ましいとこそ思えど、妻のようだなどと思った事もなかったのだが。
それならば風呂を先に、そう言おうとして下劣な質問が頭を過ったのは、つまりドレークに対する認識の変化が肝だったのだろう。


「……」

「……サカズキさん?どうかしましたか」

「いや、クザンの奴がな……」


クザンとのやりとりを説明しようとして、はたと気づいた。
これをドレークに伝えても良いものだろうか。
不愉快にはさせんだろうか。
そんな風に言われる位ならもう二度と嫌ですと拒否されるのではないだろうか。
数秒にしてグルグル駆け巡った躊躇いは顔にまで出ていたのか、いよいよ不審な目を向けて首を傾げるドレークはいつもの通り食事の準備をしていた為エプロンを身に着けている。
それが余計に想像力を煽るというか掻き立てるというか。
何をと言わずとも近頃お互い多忙を極め顔を合わせる回数すら減っていたのがいけなかった。


「クザン大将が、なん、」

「ドレークがえぇ」

「……は?あ、の、サカズキさ、」

「すまん今日だけ許せ」


戸惑いを顕わにするドレークの身体を腕の中に閉じ込め謝罪をした所で、反論の余地も与えず家の中に連れ込む。
焼き魚のいい匂いが満ちた台所を通り抜け、申し訳ないと思いながら向かう先は寝室な訳で。
そこまで来れば流石にどういうつもりでドレークがと言ったのか解ったらしく、穏やかな笑みを浮かべていた顔は今や真赤に染まり絶句していた。



















日常生活に必要不可欠な
(……その…大丈夫か、ドレーク)
(…ん……お腹、空きました)
(それなら飯温めてきちゃるから、寝とれ。あぁそれか風呂に入れちゃろうか)
(……(何かサカズキさんって、甲斐甲斐しいよなぁ))




















うっかり現地妻とか入れちゃった俺はサカズキさんに溶かされてしまえばいいとおm…いや溶かされるのはドレークか、えぇ勿論色んな意味で。
サカズキさんも男な訳だから、やっぱり色々悶々として欲しいなと思う訳で。
ドレークさんも男な訳だから、求められれば何だかんだ求めてくれそうだなと思う訳で。
つまりあれです、サカドレって可愛らしいカプだよねって事です(黙ろうか)




あきゅろす。
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