さぁ素直になってごらん










「X・ドレーク?あぁ、聞いた事があるな。赤旗、だったか?」


赤、赤か。
そう呟いてはどこか楽しそうに笑う顔には何の他意も見えない。
本来ならば海賊が相手である以上、そこに裏を感じてもおかしくはないというのに、何故か疑う気にはならず。


「奇遇だなぁ。俺も、『赤』髪っていうんだ」


噂はいつも耳にしていたが、それは殆どが現実を斜めに移し替えたものでしかなく。
向けられる笑みは自分よりも年上だというには信じ難い程無邪気なもので。


「同色のよしみだ。仲よくやろうぜ」


差し出された手のひらを、気づけば何の躊躇いもなく握り返していたのは、多分に会ってからたった数分で絆されてしまったからなのだろう。










偉大なる航路の、とある島に上陸した時の事。
物資が底を尽き始めていた頃合いだったので、島に辿り着けた時にはドレークとコックは二人して安堵の息を吐いた。
塩と水があれば何日か誤魔化す事もできようが、偉大なる航路ではいつ次の島に着くか解らない上にそこに物資を調達できるだけの街があるとは限らない。
加えて海上では餓死などそう珍しい事ではなく、更に言うならば海賊という無法者である以上、困っていた所で救いの手を差し伸べるようなお人よしも居まい。
それ故物資を充実させておく事はこの海に於いて大変に重要なのである。
先遣隊として上陸していったクルーを見送ってすぐ、報告を待つ傍ら読みかけの本に目を落としていると、微弱な潮風が小窓から入り込み頬を撫でた。
覗く空模様はどこまでも晴れ渡った青。
偉大なる航路の天候は気紛れであり、そして如何な統計をとろうとも図りきれるものではない。
その為快晴の現状を重宝しない手はなく、船尾ではロープを四方から括りつけ、溜まっていた洗濯物を干している所だった。
青い空に時折風に揺らめく白いシーツが紛れ、久方ぶりの安寧にドレークは知らず頬を緩める。
今日は何かいい事がありそうだな、そんな風に、残り十数時間の未来に期待してみた。
海軍を離反してからというもの肩の力を抜いて過ごせる時間は貴重なものとなっていて、ドレークは読書だけで時間を潰すのは勿体なかったかと笑みをほんの僅か苦笑へと変えると、先遣隊が戻って来たら島を散策するのも悪くないかもしれんと先の予定を立て始める。
物資不足の船にとっても、この場合はドレークにとっても、幸運な事にこの島には街があった。
上陸前に一望しただけでも規模はそれなりであると見受けられ、例えログを貯めるのに時間を要するとしても退屈はしないであろう事が窺える。
あとはまぁ、海軍の駐屯所がない事を祈るばかりだが、その点に関しても特に心配は要らないだろう。
それは楽観から来るものではなく、あくまで現状の要素から考えてのものだった。港に停めては悪目立ちする為停泊する場所を探そうと遠巻きに島を迂回してみた時にも海軍の旗を目にしてはいない。
正義を掲げる集団は、海賊になってから解った事だが謙遜というものを知らないのだ。
もしも駐屯所があるのならば海賊に対する威嚇も兼ねて旗は目立つ所に配置されている筈である。
とはいえ敵は海軍だけではないのだから、そう易々と気を抜いて良い訳でもないのだが。
とにもかくにも今後の行動は先遣隊の報告次第というものであり、ドレークはそれまで古代文明に関して記された古書へ改めて目を落とした。
自身の身体を古代種といわれる生物に組み替えるには想像だけでは足らないものがあり、こうして頭の中に知識を溜め込むのは決して無駄な事ではない。
知らない事を覚える、未知の知識で己の無知を補う事を、ドレークは面倒だとは思わずむしろ楽しんでいる位であったが、やはりこうも天候に恵まれると室内に籠っているのは勿体ない気がした。


「……ふむ」


ザザァ…ン、静かに引いては返す波の音に耳を澄ます。
差し込む陽光が古ぼけた紙を淡く照らし、まるで外へと誘っているようにも見えてならなかった。
その場には誰も居ないというのに、ドレークは顎先へ手を当てると難しい声をわざとらしく漏らす。
そして、開いたばかりの本は、丁寧に栞を挟まれてから本棚に戻されるのだった。










甲板に出ると陽光は部屋に居た時よりも強く降り注いでいた。
帽子の鍔を引き遮光した所で、白のシーツが靡く様を見上げる。
クルー達は洗濯物を干し終えた所のようで、空になった籠を抱え船内に戻る者やそのまま甲板で過ごす者と様々だった。
その中の一人が目敏くもドレークを見止めて表情を緩めて見せたので、ドレークはもう少々慎重に出てくるべきだったかと内心己の失態を悔いていたのだが、勿論それを表情に出す事はしない。


「精が出るな。助かる」

「船長。もう読み終えられたので?」

「いいや、だがこれだけいい天気の中で読書というのも勿体ない気がしてな」

「降りられるようなら声をかけて下さいね。何人か空いてますから」


子供ではないのだから気にせずとも、と苦笑で言えば、子供ではないから気にするんです、と呆気なく言い返されてしまう。
ドレーク自身、何か揉め事があれば首を突っ込んでしまう己の考えなしな部分を知ってはいるが、かといってそれはもはや性分であるのだから直しようがなかった。
それを知ってのクルーの言葉となれば、ドレークもそこまで無下にはできない。
黙って抜け出すつもりはなかったが、いくら船長だからとはいえ船員の個人的な時間を大幅に削る事に申し訳なさが先立っていたのは事実だ。
言付けだけしてさっさと降りてしまえば良かった、だが先遣隊に含まれている海軍時代の元副官には当然気づかれてしまっていただろう事を思えば、現状と大した差異はないのかもしれない。
そう思いなおした所で、上空から船員が声をあげた。
頭上の見張り台に立っていた船員は最近入ったばかりの若者であり、他のクルーと揃いにしたいからと無理に身に着けたマントはやや不格好で着ているというよりかは着られているという表現が正しく相応しい程に未だ幼さを残している。
同じく不格好な帽子が顔を遮ったので慌てて押し上げると、その若者は小麦色の肌を器用にも一瞬で蒼白くさせた。
一瞬の緊迫、ドレークも、傍らに居たクルーですら、刹那戦闘行為へ至る為の過程を頭に思い描く。


「どうした」

「海賊船が、一隻こっちにっ……髑髏に、さ、三本の傷がっ!」

「……赤髪、か」

「ど、どうしますか船長!碇をあげた方が、」

「あぁ、いい。構わず見張りを続けておいてくれ、その内あちらから合図が出るだろう」

「はっ?」


若者からすれば今すぐにでもこの島を離れたい所なのだろうが、ドレークと他のクルー達に動揺の色はない。
むしろ一度は張り詰めた筈の緊張感が海賊船の正体を知った途端、空気中に飽和していく始末。
これには見張り台に居た若者も焦燥を顕わにしたが、船長であるドレークがいいと言うのだからと努めて冷静になるべく深呼吸をした。この点に関しては、ドレークへの心酔が僅か恐怖に打ち克ったというべきか。
対して当のドレークはといえば、先遣隊に持たせた小型電伝虫に伝令を入れるよう傍らのクルーに命じていた。
命じた方も冷静ならば命じられた方も冷静であり、クルーは心得たように一言、酒樽ですね、と呆れがちに呟く。


「あぁ、それから請求はいつもの通り後程赤髪に」

「えぇ、全て買い占めて来させます。いくらか人をやった方が良いでしょう」

「船には必要最低限居れば構わん。何せまぁ、あれだ…」

「……あれですからねぇ」

「おーい、赤旗ぁー」


ドレークも、他のクルーも、皆揃って一様に何事かを思い浮かべると、呆れと諦めが入り混じった溜息を吐いた。
それに混じって聞こえてきたのは、聞き覚えのある赤髪の声である。
どうやら合図を出すまでもなく一足先に小船に乗ってやってきたらしい。
海へ身を乗り出すだなんて危険はいつもならば犯さないが、相手が相手なので大丈夫だろうと覗き込めば、やはりというべきか、副船長である白髪の男を伴って小船ではしゃいでいる年上の男。
一気に脱力感が襲ってきて、ドレークは思わず盛大な溜息を吐いてしまいそうになった。
だが寸での所で押さえたのは、目敏く赤髪に見咎められる事を恐れた為である。
別段相手の不興を買う事には何の異議もない、この先に進めばいつかはぶつかる相手なのだから、異議などあろう筈もない。
だがしかし、相手が憤るならばともかくとして、溜息を吐いた途端の赤髪の反応はといえば、多分に風邪をひいたのかだとか具合が悪いのかだとかじゃあ添い寝をしてやろうだとか、そんなよく解らない心配であった。
こうして赤髪がドレークの船を訪れるのは初めての事ではない、もはや両手で数えるのも難しい回数を重ねてしまった所で、新入りクルーを抜かせばドレーク海賊団のクルー達はもうとっくに慣れている。
赤髪もドレークの船へやってくる時は覇気を抑えてくれているようで、見張り台に居る若者も顔色こそ悪いが気を失うような事はない。


「陸地に回って貰えるか、そこからでは上に上げられん」

「えー、何だよケチ言うなって!今日も土産持って来たんだぜ」

「どうせ酒だろう。俺は酒は好かんと何度も言っているだろうに」

「いや、そこはほら、酔った赤旗をあわよくばお持ち帰りの方向でっていうかな!」

「お頭、本音が盛大に駄々漏れだ」

「副船長だけ上げて帰るか赤髪?」

「ちょっ、それは勘弁!」


頼むよ!と声をあげる赤髪の向こうに佇む副船長と、目を合わせて肩を竦める。
同じように返されれば、仕方がない奴だと思っている事が知れた。
船長のクセに副船長にまで仕方がないと思われているだなんて、とは思いつつ、それが赤髪が治める海賊団の関係性だと解っているからか、それを情けないと笑ってやるまでには至らない。
大体億を超えたとはいえルーキーである自分に構って何が楽しいのかと思うドレークなのだが、聞いてみると同じ色だからな、などという訳の解らない話なのだからよく解らなかった。
初めて出会ったのは海賊になってすぐの頃だったが、その頃から赤髪はこの調子なのだから余計に解らない。
後ろに控えていたクルーに縄梯子を持ってくるよう言おうとして、すぐに手渡される。
見透かされているのがなんとなく口惜しいような恥ずかしいような、照れくさい気持ちになって、縄梯子を下ろす仕草はやや荒かったかもしれないが、赤髪はそんな事も気にならないのか嬉しそうな声で感謝を述べた。


「っ、と。よっ!来たぞ赤旗!」

「…今日も大変なようだな、副船長」

「あぁ、お前は解ってくれる人種で助かる」


うちの奴等は皆勝手なのばかりだ。
笑いながら煙草を吹かす男に、ドレークはそうだろうなと心から同情の念を送る。
自分なら敵船に船長を送り出すような真似はしない…とはいえ、その船長にあたるのが自分な訳だが。
甲板に上がり満面の笑みで挨拶をしてくる赤髪をスルーして副船長と会話をしていれば、横合いから伸びて来た腕が肩を抱いた。
ぐるりと世界が回った所で何かと思えば赤髪の腕の中、とはいえ左腕は欠けていた為、抜け出そうと思えばすぐに抜け出せる程度の拘束…いいや、四皇である男にしてはお粗末なそれは、拘束ではなく抱擁であった。


「なっ……!」

「無視するなよー、赤旗」

「し、していないっ」

「しただろうが。俺は悲しいぞ、怒っ…てはいないかな」

「あぁそうか解った、解ったから離れろ」

「そういう訳で今から赤旗の部屋でラブメイキングな!」

「人の話を聞けっ!大体誰と誰がラブっ…!」

「諦めとけ赤旗、お頭は人のいう事聞かんからな」


ちょっと待てじゃあせめて副船長であるお前が止めるべきじゃないのか。
そんな叫びは口から飛び出す前に赤髪の腕力によって封じ込められる。
あぁやはり、さっさと船を降りてしまえば良かったのだ。
数分前に今日はいい日になりそうだなどと思った自分を殴り倒して目を覚まさせてやりたい。
ズルズルズルズル引き摺られるようにして船内に連れ込まれた所で、ドレークは己の行動を悔いた。
せめても部屋で読書を継続していれば、逃げる暇位はあったかもしれないのに。
いいやむしろ捕まる前に、恐竜に変身すれば良かったのか。
それはそれで赤髪を喜ばせる事になりそうだから嫌なのだが。


「なぁ赤旗、色々いい事終わったら今度こそウチに入らないか?」

「だからいい事とはっ…そもそも俺は船長であってだな…!」


とはいえまずは、反省の前にこの男のいう「ラブメイキング」とやらを阻止しなければなるまい。



















さぁ素直になってごらん
(よーし赤旗、俺への愛の言葉は?)
(ない)
(おう、俺も愛してるぞっ)
(だから聞けっ!まず俺と会話を成立させろっ!)




















某方のツイッター診断にてシャンクス×ドレークという結果が出たので滾った勢いで書きました。
え、後悔?勿論していませんとも←
むしろこれで続きの裏書きたい位ですよ(自重しようか)
シャンクスは割とどうでもいい理由で人の事好きになりそうです、好意の種類にも依るけれど。
先遣隊+αが酒を買い出して来るまで部屋から出て来ない二人とか、夜になってぐったりしながらも酒盛りに付き合っちゃう赤旗とかどうですか(聞くな)




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