ベクトルは未だ明後日へ










愛情には沢山の種類ってのがあって。


家族愛だとか。

親愛だとか。

友愛だとか。


まぁ、恋愛なんてものもある訳で。


そんな多種多様の愛の中でも一等大事なもんを、欲しいなって思うんだ。




なぁ、だから、早く気付いてくれよ。










船で初めて言葉を交わした時は、取っつき難そうな奴だと思った。
だが蓋を開けてみれば如何だろう、親父の存在を受け入れてからは、人が変わったように明朗快活になり、此方が戸惑ってばかりである。
それから元々高かった戦闘力で一足飛びに大物扱いされて、今じゃ2番隊の隊長だってんだから。


(…まぁ、当然だろうねい)


人懐こく情に厚く、外見も良けりゃ力もある。
それだけ揃えば周囲に好かれる要素は充分なものであって、つまり現状マルコが目にしている光景は然して珍しいものではなかった。
最近入った新人ナースは顔を赤らめてキラキラと輝かんばかりの笑みを浮かべている。
それに対する当のエースはといえば向けられる好意にも気づかないで屈託なく大口開けて笑っていた。
親父付きのナースに何人かエースを慕う者が居るのは周知の事実、の筈なのだが、何故かエース本人だけはそれに気づいていないらしい。
好意に対してえらく鈍感なのだ、あいつは。
そのクセ無作為に人を惹きつけるのだからタチが悪い。
傘下の海賊へ回す手紙を纏めて甲板へ向かっていた所なのだが、甲板へ出るには楽しげな二人の立つ通路を突っ切らなければならない。
それはナースが可哀相だ、女を泣かせるのはベッドの上だけで充分である。
仕方ない、迂回するか。
面倒ではあるが別の道を通る事にしようとした矢先、場の空気を読めない明朗な声が響き渡った。


「マールーコーっ!」

「……サッチ、てめぇ…」

「えっ、何だっ、何怒ってんだっ!?」


振り返ればブンブンと一通の封筒を振り回しているサッチの姿。
焦りの中にほんの少しデレッとした色が出ているあたり、また傘下の女海賊へラブレターでも書きあげたのだろう。
マルコが傘下へ回す手紙を回収する日と知っていたからこそ慌てて呼び止めたのだろうが、それにしたってタイミングが悪い。
仲睦まじく話していた年頃の二人はキョトンと此方を見ていて、折角のナースの勇気も水の泡だ。
まぁやっちまったモンは仕方無い、ナースにはまた頑張って貰うしかないだろう。
そもそもエースの鈍感さだけでもかなりの努力が必要とされるのだから、どっちにしたって一筋縄ではいかないのだ。


「…何でもねぇよい。それ、送るんだろい」

「おっ!あぁ、頼んだぜ俺のキューピッド!」

「もう一回言ったらこいつは燃やすよい」

「あぁ嘘っ!嘘です嘘ぉっ!!」


デレッデレの顔面崩壊したサッチに若干イラッとしたので、手紙を持っていない方の手を指先だけ炎にして見せる。
冗談にしてはインパクトがあったのか、すぐさま顔面蒼白で前言を撤回するサッチは今にも土下座しそうな勢いだ。
いっそそのまま土下座しろ、面白いから。


「すげぇ量だなぁ、マルコ」

「…エース、重いよい」


ずぼっと右脇に腕と顔を突っ込んで手元を覗き込んできたエースに、言っても無駄と知りながらとりあえず言及する。
年の割に幼い事をするのはもはや珍しくもないが、かといって腰に思いきり体当たりの如くひっつかれると体重が圧し掛かって重いのだ。
肩越しに後ろを窺うと、新人ナースの背中が見えた。
小柄なその後姿にはあまり落胆が見受けられず、一先ず水を差した訳でもないらしい事にほっとする。
家族内での揉め事や波風は少ないに越した事はない。
特に男女の仲に関しては、家族だからといって口出しもそこまでできないデリケートなもんだから、尚の事。


「これ全部マルコが書いてんのか?1番隊って大変なんだなぁ」

「いーや?どっかの2番と4番のサボってる分が回ってきてるんだよい」

「「スミマセンデシタ」」


溜息を吐きながらゆっくりと二人の顔を見回したマルコの言葉に、土下座第二号が生まれたらしい。
巻きついていた腕を解くなり前に回ってサッチの横に並ぶエースは、見るからに冷汗をかいている。
書きものが苦手なのは充分承知しているが、海賊業の男は大半がそうなのだからいつまでも甘やかしてはいられまい。
次の時はうちの分もやれよい、そう言う事に依ってこの話はしまいだと言外に示してしまうのが余計にいけないのだとは解っている。
ただどうにも、自分はこの末弟に甘いのだ。
いいや自分だけではあるまい、多分にこの弟は、この海賊団で最も周囲に好意を抱かれている。
それは家族としての情であり、そしてあのナースに至っては親愛以上のものとして。
自覚があるだけマシか?んな訳あるか。なんて一人で自問自答しつつ、安堵したように笑って頷くエースを眺めているとサッチが口をアヒルのように突き出した。
いい歳したおっさんがやると気色悪いよい、と冷たく言ってやれば歳変わんねぇだろうがと痛い所を突いてくる。
まぁエースと比べれば、おっさんではあるが。
だからといって同世代のサッチには言われたくないのが正直な所であるのですかさずチョップしてやった。
御自慢のリーゼントが潰れないように必死で避けたサッチに免じて追いはしまい。


「マルコはエースに甘ぇよなぁ、ずっりいの」

「やかましい。優しくされたきゃエースの爪の垢分位は可愛げってモンを持ちやがれってんだい」

「俺がやったら怒るでしょうよ、マルコさんや」

「間違いなくデッド・オア・デッドですよい、サッチさんや」

「まさかの死オンリー!?」

「当然」


いくら末弟といってもあちこちで体当たり同然にひっついてくる男なんて本当なら蹴り飛ばしてしまいだ。
しかしそれをしないのは、エースの愛嬌が一因であると思う。
白ひげ海賊団にやって来た当初の荒れ具合からは全く想像できない程よく笑うようになったエースは周囲から愛されていた。
それにエースも、出会う人間一人一人を大切にしている。
中でも仲が良いのは自分とサッチだろう、初対面から馴れ馴れしいサッチはともかく、大して優しくした覚えのない自分にまで懐くのだからガキってのはよく解らない。
だがまぁ、懐かれて悪い気はしないし、それこそ男にしては余りある愛嬌ってモンに絆されているのが現状。


「冷たいマルコさんには今日のおやつのアップルバイをあげません」

「よいよい。さっき食っちまいましたよーい」

「あーっ!お前またそうやって摘み食いを…!」

「うるせい。きちんと一人分しか食ってねぇから許せよい」


あぁ全くこうなるとサッチはうるさい。こういう時はさっさと逃げるに限るのだ。
サッチから受け取った封筒を他の物と一緒にして、お説教はシャットアウト。
おいマルコ話はまだ終わってねぇだろなんて声が無理矢理割り込んできたがこれも無視してさっさか歩き出す。
キシキシと床板の鳴る音が響いて、その音があんまりにも大きいからサッチが追っかけて来たのかと思ったら、そこに居たのはエースだった。
サッチなら文句言いながらキッチンに行ったみたいだぜ、と親切にも状況報告を差し出されたので、そうかと一言。


「…で、お前は何でついてきてんだい」

「え、なんとなく」

「……」

「え、駄目だった?」

「別に駄目って事ぁ…あぁ、さっきの子かい?」


別に駄目じゃないが、と言いかけた所で納得の理由に思い至った。
甲板に出れば親父が居る、つまり親父付きのナースも居る、つまりのつまりさっきの新人ナースも居る。
要は後を追ってんのか、何だ意外と脈ありってやつかもしれない。


「さっきの子?」

「ナースだよい、ナース。いい雰囲気だったもんねい」

「……あぁ、いや、そんなんじゃねぇよ。弟の話で盛り上がってただけだって」

「…鈍感だねい。あの子は絶対エースに惚れてるよい」


いくら鈍感なエースでもここまで露骨に言えば理解できたのだろう。
ポカンとマヌケな面を晒したかと思えば、次には困ったようにはにかんでみせた。
その上そんなんじゃないとまで言い出す始末、これにはどうにも呆れてしまう。
宝の持ち腐れってのはこういうのをいうんじゃないだろうか。
若く見目もよく、中身だってまぁ時々ガキくさいがそれなりに大人であるし、船長の器量だってあるってのに、色事には鈍感。
そういえばエースは親父付きのナース達に色目を使わないし、島に上陸した所で女も買っていなかったか・
故郷の話となれば大抵が弟の事であるのだから、まさか将来を約束した相手が居るという訳でもないだろうに。


「お前はも少し、女遊びってのを覚えたらどうだい」


自分よりは下にある頭をグシャグシャと掻き撫でる。
いつもなら笑い交じりに抵抗するエースなのだが、何故か今回は難しい顔で此方を見ていた。
女遊び、だなんて下卑た言い回しが気に食わなかったのか、それにしても珍しいなとまじまじ見下ろしていれば、エースがボソボソと何事かを呟いた。
生憎とこの距離では聞こえず、すまねぇな聞こえなかったよい、もう一回言ってくれと促した所で、いや何でもねぇ、と言われればそれ以上の追及は野暮ってもんだ。
そうかい、と一つ打ち切りの言葉を零して歩き続けていると、エースがまた何か呟いた。
それもまた耳には届かない、だが今度は何だとは聞かないでおいた。
聞いた所で返答があるとは思えなかったのもあるが、聞かない方がいいような気もしたのだ。


「…まぁ、そういうのはタイミングってのもあるもんだからなぁ。無理にしろとは言わねぇよい」

「ん。そうする」


今度は素直に笑って頷くエースに、やはりナースには脈がない事を知る。
多分今は、恋よりも家族や友人を重きに置く年頃なのだろう。
いつかはきっと異性にも興味が出るだろうさ。
そうなった時には、真っ先に自分に話してくれればいいものだなんて思うあたり、やはり自分はこの末弟に甘いらしかった。


















ベクトルは未だ明後日へ
(鈍いのは知ってたけど、あれはいくら何でも流石にへこむって…!)
(まぁ、仕方ないわな。あいつって自分の事に無頓着だから)
(ホンットにひっつきまくってるだけで大丈夫なのかよサッチっ!)
(意識して貰えるまで我慢するって決めたんだろ、まぁ頑張れよ若人!)




















火拳×不死鳥第一弾…ってこれ、矢印気味じゃないですかね(汗)
自分の事には鈍感な不死鳥とかとても萌える。
いや自覚あってもいいけど、火拳が一人でやきもきしてるのがいい←




あきゅろす。
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