隣人よ彼の方の愛を知れ










「ダリウスさん……ちょっと、いいかな」


いつもならすぐにハインケルの方へ行くあいつがこっちに来た瞬間。

若干気まずそうな視線を寄越したあいつが目を逸らした瞬間。


あ、嫌な予感、と野生の勘が言っていたのに。




何がどうしたら、こうなるんだか。










結婚を願い出る婿候補よろしく勢いよく頭を下げ「ハインケルさんをボクにください」などと言い出したアルフォンスに、予感が確信へと変わるのはすぐだった。
待て待て、何だって俺に頼むんだ。
確かにハインケルとは、合成獣になる前からの付き合いで、加えていえばお互い血縁者も居ないが、だからといってどちらかを父親にする程の年齢差なんぞはない筈である。
大体「ください」って言う前に本人の了解はとってあるのかおい。
突っ込みたい事は多々あれど、まずは間違った意識を正してやるかと息を吐く。


「…俺はあいつの父親でも何でもないんだが」

「え、あ、うん、でも、ハインケルさんが、ダリウスさんとヨキがいいって言えばシンに行くのを考えてくれるって」

(……あの野郎、俺に押し付けやがったな)


間違った意識を根付かせた張本人がよもや身近に潜伏していたとは思わなかった。
アルフォンスに呼び出される自分へ向けられた視線の意味を理解すれば、馬鹿馬鹿しいの一言に尽きる。何だろうか、虚無感というか脱力感というか、くだらねぇ、と思わず口から出そうになるこの感じは。
痴話喧嘩やノロケの類なら第三者を巻き込まずにやってくれと心底思う。
アルフォンスがシンに行くって話は、ジェルソとザンパノから聞いちゃいた。何だかんだこの二年間、リゼンブールから月に何度か小まめにハインケルの所へ通うこいつを見ていた手前、ついてきてくれって言い出す可能性はあるだろうとも思っていた。
だがまさかこんな形で自分が巻き込まれるとまでは思わなかったのが甘いのか。
くださいも何も、やらんと言える立場でもなければ言う気もねぇし、大体ハインケルだっていい歳した男なんだから俺達の了承も何もねぇだろうに。


(…あぁ、ヨキはうっせぇかもしれんな)


つまり、俺からヨキに上手い事言えって事か。
長い事相棒のように組んできた男の真意を察してみても、やはり馬鹿馬鹿しい。
あいつが一言行くって言えば済む話……でもない、のか?
もしかしなくても、やっぱりこいつが肝心な事を何一つ言ってないんだろうか。
それは悲しいかな、充分にあり得る事だった。
何故ならこのアルフォンス、奥手なのか純情なのか、決断力や行動力はあるクセに事が恋愛となると途端に不器用になる。
それも思春期故の不器用さと言ってしまえればそこまでの事ではあるが、相手がハインケルとなればその不器用さは命取りでしかないと自分はよく解っていた。
正直に言えば、解りたくはないのだが。


「…ひとつ聞くが、アルフォンス。お前ハインケルに何て言ってシンに誘った?」

「何てって…傍に居て欲しいから一緒に来て、って言ったけど…」

「…あー……」


そりゃ駄目だな、あぁ駄目だ。
ハインケルの性格は、それなりに付き合いが長いからよく知っている。
あいつは、抜け出る隙さえあればのらりくらりと避ける奴だ。
面倒見はいいし懐に入れた奴にゃ甘いが、それでも好意は素直に受け取らないタチの悪いタイプ。
そんな相手に対し、アルフォンスの言葉は穴だらけだ。
傍に居て欲しい、だから遠い国へ一緒に、だなんてのが通用すんのは若い女位だとアルフォンスは知らないのだろうか。
相手がハインケルでは、それもただ単によく懐いてくれている子供の我儘と扱ったとしても驚かない。
若干呆れが滲み出ていたのか、アルフォンスは訝しむ顔つきで此方を呼んだ。
思わずもう一度溜息が零れたのは当然の事かもしれない。


「ダリウスさん?」

「…あのな、アルフォンス」

「うん?」

「男にはここぞって時がある。まどろっこしいのは止めて、一言愛してる位言って来い」

「うん?…って、ぇえっ!!?」

「でなきゃあいつ落とすのにあと何年かかるか解んねぇぞ」

「あっ、あいっ、って、え、何、何で、知って…!?」


何で知ってるのか、そう問おうとしているのだろう。
見る見る内に真っ赤になったアルフォンスは、どうやら自分なりに隠しているつもりだったらしい。
あわあわと今更ながらに慌て出したアルフォンスへ、阿呆か、バレバレだと思っても言わないのは藪を突いて蛇に遭遇したくないからである。
本当ならここまで自分が言う必要もないのだろうが、このまま放っておいても埒が明かないのは目に見えていた。
結局は、そういう事なのだ。
アルフォンスが気持ちをはっきりとさせれば、ハインケルだって応えざるを得ない。
何せ、遠回りとはいえども最終的にはアルフォンスの望みを聞いてやろうとしているのだから、ハインケルにしてみてもそれなりに受け入れる気があると見える。
大体これだけアルフォンスがあからさまなのだから当然ハインケルも気づいている筈なのだ、だというのにアルフォンスを遠ざけようとはしないのだから、ハインケルもハインケルで解りやすい。
あくまで、第三者からすれば、だが。
これでハインケルにその気がないのだというのなら、それはそれで期待をさせるような事をしているあいつが悪いのだ。


「……ボクって、そんなに解りやすいかな…」

「あぁ、バレバレだな」

「うっ…酷いよダリウスさん…!」

「俺は本当の事を言ってやってるだけだ」


未だほんのりと赤い頬をペチペチと叩いて、はぁと息を吐くアルフォンスには容赦なく現実を突き付けてやった。
恨みがましい目をさらりと見返す。何も悪い事は言ってないぞ俺は。
ハインケルも気づいてると思うがな、と、言いかけて、止める。
それは多分、自分が言って良い事ではないだろうから。
見るからにへこみ出したアルフォンスは、けれども暫くすると今度は周囲を気にし出した。
随分と今更な反応に、笑いながらも周囲に人の気配がない事を教えてやる。
すると今度こそ安堵したように息を吐いたアルフォンスは、えぇっと、と言葉を濁した。
今度は何を思い付いたのか、呆れながらも待っていれば、飛び出た言葉に更に呆れてしまう。


「……愛してるなんて言って、引かれないかな」

「何だお前、そんな事気にしてたのか」


引かれないかと気にするのも今更に過ぎる気がする。
あれだけ細々と通い詰めておいて、しかもハインケルが目当てなのもバレバレで、その上傍に居て欲しいから一緒にシンに行こうとまで言っておいて?
普通なら、それ等の要素からしてもうとっくに引かれていたとしてもおかしくない。
それでも、あいつは引いていないのだから、立派に脈ありってもんだ。
けれど嫌われたくはないのだと、アルフォンスは言う。
なら何だ、アルフォンスがシンに行っている間に、ハインケルが嫁さん貰って子供がわんさかできてても良いってのか?
その問いには勿論ノーが返って来た。


「あいつはモノにしとかないとフラフラどっか行っちまうぜ?」

「うぅ〜…!」

「……まぁ、無理にとは言わねぇけど、な」


何で俺こんな事してんだろ、と不意に冷静になる。
昔からの仲間に同性けしかけるとか、昔ならどんなイヤガラセだと二人して思っただろうに。
何でかねぇ。
多分、アルフォンスが本気だって事も、好きになった奴は大事にされんだろうなって事も、解ってるからか。
合成獣として成功した俺達は、特に俺とハインケルには、大事な奴なんか居なかった。
だから大事にされる事も、きっとなかったのだと思う。
それがどうだ、今では軍属を抜けてしがないサーカス団の一員…けれど昔よりもずっと自由気儘に生きていて、それがどうにも嬉しくて堪らないだなんて。
サーカスの観客から与えられる賛辞は最初こそ照れくさかったが、今では一番自身が生きていると実感できる場所だった。
人を傷つける事も、殺す事もしないでいい、汚れた仕事なんざもう何処にも存在しない。
だから、いいだろう?
人を愛したって、大事にされたって。
人に愛されたって、大事にしたって。
もう、いいだろう?
こんな純粋培養というか純情青年誑かすなんざ、いい歳してやるな戦友、と内心でのみ拍手を送る。
出先からこれじゃ、アルフォンスはこれからもこんな感じで、ハインケルはこれ幸いとばかりにのらりくらりやってくんだろう。
アルフォンスにとっちゃ悪いが、ある意味、それも平和って事なのかもしれんなぁ。


「…逃がした魚はでかかったって後で悔やまねぇならな」

「それ結局言って来いって事じゃないかっ…!」

うぅぅ…と一人で頭抱えて真っ赤な顔で呻るアルフォンスの、それなりに逞しくなった肩を一つ叩いて笑う。
悩め悩め、恋や愛の悩みなんてのは、十代・二十代の特権ってやつだ。
青い春、なんつったらオッサンくせぇかな、まぁ良いや。
ホラ、よく言うだろ?少年よ大志を抱け、ってよ…いや、ちょっと違うか?まぁ、良いだろ。なんといってもアルフォンスにとっちゃ義父的ポジションらしいし、少し位苛めたって、なぁ。


俺の相棒掻っ攫っていくんだ、それ位は耐えろよ、アルフォンス。
















隣人よ彼の方の愛を知れ
(きちんと告白できたら、連れてって良いぜ)
(!…………解った、ボク言うよ)
((けしかけさせたのはお前なんだから、後で文句言うなよ、相棒))




















ダリウス初書きですが、口調がハインケルと混ざります…獅子よりは、ちょっとのんびりな話し方かなぁと思ってます。
まぁ二人とも口は悪いですよね(笑)
もうちょっと続く、かも←
ダリウスさんとハインケルさんは戦友であり親友であり相棒であって欲しいと思うのです。




あきゅろす。
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