ぼんやり紳士の馬鹿力










「……ジュエリー屋、か?」


至って重々しさを強調する間と、ゆっくりとした問いかけには、けれども相手の表情を見ればそれだけで答える気も失せるというもので。

腕を組み、明後日の方向へ視線をやりながらこくりと一つ頷けば、突如として働く引力に浮遊感。

地面の感触がなくなり、抱きあげられたのだと理解できたのは相手の顔が嫌に近くにあったからか。




げんなりと、此方が肩を落としたのは謂わば必然というやつで。














何が始まりかといえば、偶然の一言に尽きる。
ただ偶然、ある店に同じ億超えと称されるジュエリー・ボニーとX・ドレークが居合わせた。
ただそれだけの偶然、顔を合わせたとしても問題が起きなければそれはただすれ違うだけのものでしかない…筈、だったのだが。
店中の食べ物に手を出しまくったジュエリー・ボニーが満足せず、また、X・ドレークが動物系の悪魔の実の能力者であり尚且つそれが「恐竜」である事に目をつけた事が物事の起因であった。
何の因果か、元海軍という肩書に突っかかって来る海賊はこれまでも沢山居たので、初めに声をかけられたドレークは相手が女性であるという事も考慮した上で紳士的に応対したのだが、事が「お前の肉を食わせろ」発言に繋がれば、流石に逃げ出したくもなる。
若干逃げ腰で、しかし実力行使に出られればいつでも回避できるように構えつつ、きっぱりと御断りしたドレークにボニーの反応は当然ながら芳しくなかった。
整った顔をむっとしたものに変化させると、ケチな奴はガキになっちまえ、と訳の解らない罵声をかけ店を出て行く。
その刹那、ドレークの世界は一変した。いいや、世界が一変したのではない、ドレーク自身が一変したのだ。
それに気づいたのは、ずしりと身体にかかる重みのおかげというべきか。
常に腰に下げている己の武器が、常ならば重さはあれどそれにたたらを踏む事などありえなかったそれが、やけに重く感じられたどころか尻もちまでついてしまう始末。
これは一体どういう事だ、と混乱している間に視界を狭めたのはこれもまた常に被っている己の帽子であった。
ずるりと落ちてきたそれを慌てて押し上げた所で、己の掌が一回り以上小さくなっている事に気づいたのだ。
これは、まさか。
いいやもしかして、と思いながらもボニーの捨て台詞を思い浮かべる。
ガキになっちまえ、とボニーは言っていたし、彼女も確か悪魔の実の能力者であった筈だ。
つまりこれは、彼女の能力の一端なのだろう。
状況には不似合いにも冷静な結論を出せるのは、元将校のなせる技だろうか。
まぁしかし、一生このままというのは困るのも確かで。
とりあえずボニーには何かしら代用の食べ物を持っていき、謝罪をした所で元に戻る方法を教えて貰うようにするかと。
発端は自分の所為ではないのに相手が女性であるからか、いつもよりも更に紳士然とした考えに至った所で、ドレークは武器を引き摺りながらも店を出る事にした。
此処シャボンディ諸島では人売りが蔓延している事を海軍時代から知っていた身としては、このような状態で外を一人歩く危険性も考えるべきだろうが、今ならばボニーに追いつく事もできるかもしれないと思えばすぐに動くべきだという結論に至ってしまう。
なんせ彼女は、以前ドレークが見かけた時も一軒一軒の店に度々脚を止めては食い荒らして行くという暴食ぶりだったのだから。
そうして店を出た瞬間、ドレークはその行動を後悔した。
というより、現在進行形で後悔は継続中である。


「おぉ、軽いなドレーク屋」


己を抱き上げ、ご満悦とばかりに笑っているのは同じく億超えのルーキーであり「死の外科医」と称されているトラファルガー・ロー。
店を出てすぐにばったりと出くわした、というよりもドレークの視界にはトラファルガーの脚しか映らなかったのだが、しまったぶつかる、と思った時には既に突っ込んでしまっていたのだ。
当然、謝罪をと顔を上げたドレークの視界には帽子の鍔と、あまり顔を合わせたくはなかった相手の些か瞠目した姿。
っげ、と口をついて出なかっただけ偉いのではないだろうか、とドレークは思う。
このトラファルガーという男、残虐非道といった噂が付き纏うわ、初対面にして失礼極まりない事ばかり言うわと、ドレークにとってしてみれば良い印象は何処にも存在しない相手なのだ。
当然ながら会いたくないに決まっている。
けれどもトラファルガーは、瞠目したのも一瞬で、すぐにニヤリと笑った末こう言ったのだ。


「どうした、ドレーク屋」


―――そして冒頭に至る。


「何だ、マスクもずれちまってるのに服はぴったりなんだな」

「…そういえば、そうだな」


何処までが効果範囲なのかは知らないが、今更ながらトラファルガーの言葉に気づくと服も小さくなってくれて良かったと思う。
流石に衣類を引き摺った状態では人攫いから逃げる事も難しい。
武器が重い、だけならばまだその場に捨てて後から回収すれば済む話なのだが、纏うものが邪魔となれば動きも鈍くなるどころの話ではないのだ。
そんな所にまで気がつくとは、存外観察眼がある男のようである。
意外と真っ当な事を言い出したのにも驚いたのだが、初対面の印象からしてそういった偏見が出来てしまうのは仕方がない事のようにも思えた。


「しっかし、随分可愛いかっこーになっちまって」

「子供の頃など皆似たようなものだろう…というか、いつまで持ち上げているんだ」


自分が言った事だが、この男の子供の頃を想像できないあたりそれは一概に言えない事であるように感じられる。
いい加減降ろせ、と言い募れば若干…というか、かなり残念そうな顔でもう少しいいだろ、ケチ。と言われた。
これで本日二度目のケチ呼ばわりである。
ケチなんじゃなく真っ当な事を言っているつもりなのだが、これがジェネレーションギャップというものなのだろうか、というか、近頃の若い者は殆どが利己的な発言をするのだなぁ、と年寄り染みた事を考えた。
いいや俺はまだ年寄りじゃない…と、思いたいX・ドレークである。


「なぁ、もう少しいいだろ」

「…貴様が子供好きだったという事は驚くべき発見だな」

「この世のガキとモフモフは全て俺のモノだ。俺の夢は一時期保父さんだったぞ」

「すまん今ちょっとぼんやりしていて何も聞いていなかったっ!!」


真面目な顔つきでこいつは何を言っているのだろう、とドレークは心底思った。
もしやこれはこいつなりのジョークだったりするのだろうか、むしろそうであってくれないと困る。
隈の出来た不健康そうな顔に不気味極まりない笑みを携えておきながら、保父さんだと?しかもさん付けだと?海賊王になれなかったら保父を目指すのだろうか是非とも海賊王になってくれ、ってそれじゃ俺はどうするんだそれはそれで困るぞ。
子供達に囲まれて微笑むトラファルガーというものを想像しただけで、気が遠くなりそうだとドレークは思った。
今のは聞かなかった事にしようと敢えて声を荒げてトラファルガーの意識を逸らそうと試みる。
正直こんな事で誤魔化されてはくれないだろうと思ったのだが、トラファルガーは意に反して表情筋をこれでもかと緩ませた。
擬音をつけるのならば「デレデレ」といった所だろうか、若干頬が赤く染まっているようにも見える。
ぞわり、ドレークの背筋に悪寒が駆け巡ったのは本能が発した危険信号であった。


「うんうんそうかそうか、ドレーク屋は小さい時からぼんやり屋さんだったんだな」

「ま、待て、その顔は何だ、というか、小さい時からってどういう事だ!」

「この前俺が初めて声掛けた時もぼんやりして聞こえなかっただけなんだよな?全くドレーク屋って奴は、ぼんやりしてても可愛いぜ」

「ひっ……!」


ちゅ、と頬に触れた唇にびっくー!と全身に力が入り震えあがる。
何を言い出すんだこの男は、あれは完全に無視したんだぞ、断じてぼんやりしていた訳じゃないんだぞ。
というかこいつ頬にキスしたが何だこれは子供相手への親愛のキスか?あぁ子供好きだとか恐ろしい事を言っていたなさっき、というか外見は子供だが中身は全く子供じゃないんだぞおいそこの所解ってるのか…って!


「ちょっ、トラファルガー、貴様何を…!」

「どこまでガキになってんのか気になんねぇか?」

「ならん!!」

「俺はなる」


カチャカチャとベルトに手をかける音で我に返る。
行動と発言からしてズボンを下ろす気でいるのが丸解りだ。
白昼堂々この男は何をする気なのだろうか、というか同性の身体などいくら子供好きでも見たい訳がないだろうそれは流石に言い訳にはならんぞこの変態が。
器用にも抱き上げた態勢のまま片手でベルトを解いた男に、ドレークは漸く危機感を本格的に感じ入った。
今更と言ってはいけない、彼は本来会う気のなかった大将へ自ら向かって行って遭遇してしまう程の天然なのである。
つまり、危機感を感じただけマシというものだ。
バタバタと暴れ出したドレークにも、トラファルガーは余裕の表情で往なしてしまう。
いくらドレークが元海軍将校であるとはいえ、流石にこうした行為への対処法なんぞ知り得る筈もなく、ほぼ涙目になりながら彼は本能のままに動き―――


ドゴッ、と物騒な物音が、晴れ渡った青空へと響き渡ったのだった。
















ぼんやり紳士の馬鹿力
(ふ、ふ…ふ…ドレーク屋の愛を痛い位感じるぜ…!)
(頭から血を噴き出しながら迫ってくるなぁぁぁ!!!!)
(何だようっせぇなー。肉食う邪魔すんなよ!)
(ジュエリー・ボニー!俺の肉以外なら何でも奢ってやる、奢ってやるから今すぐ元に戻してくれ…!!)





















ぬぅ、テンポが悪いな…中途半端なギャグで申し訳ない(汗)
ちっちゃい子とモフモフが大好きなトラファルガーを書きたかったのですよぃ←
ぼんやりっていうよりうっかりという方がドレークさんには似合うと思うのですが、ぼんやり屋さんって響き可愛くないですか(同意を求めるな)




第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!