もう暫く、我が口よ黙せ
「シンに、ついてきて欲しいんだ」
伝えるべき言葉。
伝えられるべき言葉。
それら全てを押し退けて、一番最初に飛び出した言葉には。
なんというか、怒りを通し越して呆れが先行してしまうもので。
人間の先入観ってのは侮れないものがある。
突然目の前で獣になれば悲鳴をあげて逃げ惑う所を、それが「サーカス団」の見世物としてならば何か種が隠されているに違いないと思い込み歓声をあげる。
この仕事を始めたのはまぁ成り行きだが、怖がられる事なく堂々とこの姿になれるってのは気分がいいものだった。
何だかんだ付き合いの長いダリウスも、此処は気に入っているようで、軍属から一転してサーカス団の団員だなんて随分な転職だが、お互いそれなりに満足できる生活をしている自覚があった。
だから、目の前の命の恩人が、突然深刻ぶった顔で妙な事を言い出したのには正直驚いている。
ついてきて欲しい?
シンに?
ジェルソとザンパノが護衛もかねてアルフォンスに付いてシンへ行く事は知っていた。
それはあの二人がこんな身体に嫌気が差していて、元に戻ったら会いに行きたい相手とやらが居ると軍属であった頃耳に挟んだのと、聞いてもいない近況報告にやってきた際知らされたかったからだが、何にしてもそれに自分は関係ないのではないか。
自分は今の生活に充分満足している。
五体満足だ、何の不自由もない。
血縁者も居ないし、何と言ってもやはり便利な部分があるから特に元の身体に戻りたいとは思わない。
そんな自分が何故目の前の少年(あぁいやもう青年か?)について行かなければならないのか。というか、何故ついてきて欲しいなどと思うのか。
全く以て謎……と言い切れないのが微妙だが、そこは敢えて考えないようにした。
「…あいつ等じゃ役不足だってんなら、逆に連れて行かない方がいいんじゃないか?」
とりあえず、考え得る限りの真っ当な可能性第一、ジェルソとザンパノの実力不足が妥当だろうか。
長い軍属期間があるから経験値は確かにあの二人の方が上だろうが、この少年の技能は錬金術を抜かしてもそれなりである。
下手に人手を増やすより、一人の方が動きやすい時もあるだろう。
そこまで考えて、それではやはり自分を誘う意図としては矛盾が生じてしまう事に思い至った。
「ぇ……あ!ち、違うよ、そういう意味じゃなくてっ」
「あぁ?じゃあどういう意味だ」
「だから…その…ボクが、ハインケルさんと一緒に居たいだけ、というか…」
「…………」
これがもし、言ってる相手がこんなおっさんじゃなく可憐な少女とかならば絵にもなっただろうに、と状況には些か不似合いな感想を持った。
そういう事は、シンの国に居るとかいうメイって女に言ってやれよ、と心から思うのだが、多分そんな事を言えば如何なアルフォンスといえど怒るに違いない。
少年期の一時の気の迷いにしては、随分と長いその好意には、いい加減きちっと応えてやるべきなのかもしれないが、改まって話すには今更な気もするし大体アルフォンスがいくら解りやすいとはいえ本人から何も言われない以上自分が何を言えるというのか。
さて、何と言ったものだろう。
悩んでいれば、変に空いた間を嫌ったアルフォンスが矢継ぎ早に口を開く。
「ハインケルさんにはハインケルさんの生活があるって事は解ってるんだ、本当は、こんな我儘言うつもりなんかなかったし、でも、やっぱり」
だから、あの、とすぐに口ごもってしまったのは後先を考えずに話し出したからなのだろう。
傍に居たいと言うなら、シンに行くのを止めればいい。
それでもアルフォンスは、居たいじゃなく居て欲しいと言った。
それは確かに、自己本位な我儘だ。
あぁ全く、いくらか年月が経っても全く変わりゃしねぇ。
嫌に真っ直ぐで馬鹿みてぇにお人よしで、そのクセ我儘。
知ってるさ、そんな事位。
そんなの当たり前だって言える位には、こいつと一緒に過ごしたつもりだ。
「一人が寂しいって訳じゃないし、ザンパノさんにジェルソさんも居るから道中の心配とかはしてないよ、それは本当」
「なら俺は要らんだろう」
「意味合いが違うよ」
そういう理屈、全部抜かして、ハインケルさんに傍に居て欲しいんだ。
真っ向からそんな言葉を向けられて、俺にどうしろっていうんだ。
思わず頭を抱えたくなったのは仕方ない。
こんな直球、若い頃だって受けた事はないんだ、うろたえて当然だ。
どうしてこいつは、こうも直球なんだろうか。
もう少し遠回しに言えないのか、もしくはわざと、だとしても、それにしたって随分露骨過ぎる。
本人から告げられた事こそないが、好意を多分に含んだ眼差しは此方の勘違いや自惚れと思わせない程に熱烈だった。
いっそはっきり言ってくれれば、まだ此方とて何某か言いようがあるというのに。
「……アルフォンス。俺はな、別に元の身体に戻りてぇ訳じゃねぇし、はっきり言っちまえば今の生活が気に入ってんだ」
「っ……うん」
知ってるよ、それは、と。
響いた声はひどく頼りなくて、自分が弱い者いじめでもしているような気になってくるから不思議だ。
図体ばかりは健康的にでかくなって、それなりに大人に近づき始めているアルフォンスの目は、それでもひたむきだった。
「…それを知った上で誘ってんだから、それなりの覚悟はあるんだな?」
「覚悟、って」
「……ダリウスやヨキがうっせぇぞ、多分」
「っそ、それって、」
特にヨキが、うるさく言うだろう。
折角の金づるだの何だのとギャーギャー喚き立てやがるに違いない。
それでもこの二年間、それなりに一緒にやって来て、ヨキも根っこは結局お人よしというか合理的というか、そういう人間だと解っていた。
でなきゃいくら流されたからってスカーの傍に居られなかった筈だ。
「お前があいつら説得するってんなら……」
「……!」
「…………検討位は、してやってもいい」
「何でそこで検討っ!?」
そこは行ってもいいって言ってくれる所じゃないの!?と半ば涙目のアルフォンスに、ナマ言ってんじゃねぇよと素っ気なく返す。
何だかんだいって結局アルフォンス自身が腹を割っちゃいないんだから、此方から先に言ってやる道理なんぞないのだ。
大体、この甘ちゃんはどうにも奥手な所があるようで、露骨な視線を向けてくるクセに肝心の事は何も言わない。
さっきの「傍に居て欲しい」が告白のつもりなら、百歩譲っても32点、そんなんで相手に気づいて貰おうだなんてのは相手が女ならともかく男相手に甘え過ぎだ。
「せめてハインケルさんが行くって言ってくれないと説得しづらいんだけど…!」
「連れて行きてぇって言ってるのはお前なんだからそれ位どうにかしろ」
…とか何とか言いながらも、もう自分の中では一緒に行ってやろう仕方がない、だなんて結論が出ているあたり本当にどうしようもないと思う。
何がどうしてこうなったのか。
軍に入りたての頃はこんな事になるだなんて思いもしなかった。
いや、まぁ、思っていたらいたでとんでもない思考回路だったという事になるのだろうが。
「説得できたら…考えて、くれるんだね」
「……ま、考える位はな」
けどまぁ……別に、悪かない。
少なくとも、向けられる行為に呑気に笑っていられる内は、な。
もう暫く、我が口よ黙せ
(ハインケルさんをボクにください!)
(……アルフォンス、まず一つ言いたいんだが俺はあいつの父親じゃねぇぞ)
(え、でもハインケルさんがダリウスさんとヨキがいいって言えば考えてくれるって…)
((……あの野郎俺に押し付けやがったな))
素直になれないおとーしごろーなーのー(黙れと)
最終回後またも捏造。
弟が告白しないから獅子さんも何も言わない。でも別にそれは狡かないだろ、と思ってる獅子さん。しかしこれだと弟は二年間獅子さんに何も言って来なかった事になるんだなぁ(どんだけかと)
ゴリさんからしてみれば早くくっつけよお前ら、といった感じでしょうがね。
多分続き的な何かを書きます(笑)
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