解っていないのはどっち










「ドレーク屋、週末デートしようぜ」

「……先生と呼びなさいと何度言ったら解るんだ、トラファルガー。それとデートなら彼女としなさい」


そんなやりとりはもはや日常茶飯事の域で、今更目くじら立てる程の事でもない。
その証拠にドレークの断る声には何の迷いもないし、断られているトラファルガーにも傷ついた様子など微塵もないのだ。
つれねぇなぁ、と高校生らしからぬ事を言いながらも、また今度なと言って職員室を出て行く背中を見送ったのはもう何度目か。
これだけ執拗に誘われているというのに、冗談だと思い込める男の鈍感さを今更ながらに思い知って、つい溜息を吐いてしまう。
それでも内心は安堵していた、だなんて。














ある日、いつも通り職員室へやってきたトラファルガーは、しかしいつもよりずっと険しい顔つきでドレークの傍へ歩み寄った。
授業に使う資料をコピーしていたドレークはそれを一瞥し、普段ならそのまま元に戻す筈の目をやや見開きながらトラファルガーに固定させる。
どうかしたのか。
教師として当然の問いに、トラファルガーはドレークを前にした所で至極言い辛いとばかりに口ごもった。
隈の取れなくなった眼球が一瞬自分の方に向けば、嫌な予感がするのも当然だ。


「ドレーク屋……実は、俺……苛められてるんだ」

「…………」

「…………」

「…………」


んな訳あるか。
そう思ったのは多分に自分だけではあるまい。
職員室に居た教師陣は元より、朝から真面目に部活動に勤しんで、部室の鍵を返しに来ていたのだろうジャージ姿の生徒さえも、揃って瞠目した。
それ程に衝撃的且つアホらしい宣言だったのだから仕方がない。
トラファルガー・ローといえば、学年一の問題児ユースタスとタイマンで殴り合いをする事数え切れない程で、しかも地元では「ハート」とかいうグループを率いて何やら色々やっていると専らの噂である。
どの面下げて苛められているなどと薄ら寒い事が言えるのか。
苛める事はあっても苛められる事はないだろう、絶対ない。
その場の全員がそう思ったに違いないのだ……たった一人を除いて。
ドレークは、暫し目を丸くした後、すっと細めてトラファルガーの肩に手を置いた。
それは正に「よく言ってくれた」といわんばかりの優しさであって、何故か仕掛けた側である筈のトラファルガーでさえ目を見開く程に、まさか、いやでも、もしかして、と奇妙な予感がその場に駆け巡るようなものだった。


「トラファルガー…辛かったな。よく先生に言ってくれた」

「え、あ、あぁ、だろ」


いやいやいやいやいやいや!
トラファルガーですら内心マジかよと思っているのだろう、答える言葉の内容がどうにもドレークと噛み合っていない。
流石にこのような作戦に引っ掛かる訳がないとタカを括っていたであろうトラファルガーは、それでもまぁ成功したならそれはそれでとばかりに切り替えばかりは早かった。
その唇がにんまりと笑みの形をとったのは一瞬だが、スモーカーにははっきりと見えたのである。
しかしドレークには見えていないのか、一瞬にして引っこめた笑みは代わりに今にも涙を溢れさせんばかりに悲しげなものとなった。


「うっ…ドレーク屋ぁ…俺、ずっとドレーク屋に相談したくて…」

「そうなのか…気づいてやれずすまなかった」


あれあいつ後ろ手に目薬隠し持ってるぞあれ明らかに嘘泣きだろ。
ドレークを除いたその場の全員が気づいているというのに、何故一番トラファルガーの近くに居るドレークが気づかないのか。
トラファルガーの一人猿芝居も佳境に入ったのか、それで、な、と更に言い辛そうに言葉を綴っていく。
鈍感天然男のドレークは、あぁ、と神妙な顔で続きを待った。
周囲も止めればいいものを、何故かトラファルガーの演技に引き込まれついつい見守ってしまっているようで、今度は一体何を言い出すのやらと怖いもの見たさな思いで行方を待っている。


「良かったら…相談に乗ってくれないか?俺の家で、二人きりで、」

「てめぇそれが狙いかぁっ!!」


恐らくは全員が考え至った結論を想わず叫んでしまった。
ついでに思いきり叩いた机の表面が若干へこんでいるが知った事ではない。
ッチ、と明らかな舌打ちが自分には確かに聞こえた筈なのだが、何故かまたもやドレークには聞こえていないようで、いきなり大声を出すなスモーカー、などと此方が咎められる始末。
何だ、悪いのは俺か?
いや違うだろうそっちの問題児だろう。
少なくとも俺じゃないのは確かだ。
しかしドレークの注意がトラファルガーから逸れたのは良い事であると思い直し、ドレークの手にある資料を指差した。


「話は俺が聞いてやる。てめぇはコピーの続きやってろ」


一時限目の授業まではもう十分程度しかないのもこの場合は有効だったらしい、ドレークは至極申し訳なさそうにトラファルガーを見やり、それから此方を見ると、スモーカー、と一つ名を呼ぶ。
こういう時、付き合いの長さというのは強みであると思う。
解ってる、と一つ此方も頷けば、それだけでお互いの間に言葉は不要だった。
それに対しトラファルガーは不満げであったが、そこはそれやはりドレークは気づかない。
ざまあみやがれと、自分でも意識しない所で口角はあがり、そのままでトラファルガーの首根っこを掴み職員室の外へ出れば、途端に被っていた猫の皮はバサバサと無造作に放られていった。


「ケチだなぁ、白猟屋」


柄でもない学年主任として、生徒達の間でいつの間にかつけられていた呼称には眉間に皺を寄せる位しか効果はない。
挑戦的に見上げてくる薄暗い黒目は睨んでいるつもりなのか。それにしちゃ上目遣いもいい所だ。
もうちょい身長が伸びてから出直して来い、と言えればいいが生憎此方もトラファルガーの言う通り存外ケチな人格であって、本当に出直して来られても面倒だという本心がある以上目の前のこの男が例え教え子だとしても潰しておく必要があるかもしれなかった。


「ガキはガキらしくガキと恋愛しろ」

「差別発言だぜ。教師同士はいいのに教師と生徒は駄目なのかよ?」

「フリーなら良いんじゃねぇか。但しあれは俺のだ」

「生徒に対して大人げねぇなぁ?白猟屋ぁ」

「なんとでも言えよ」

「選ぶのはドレーク屋だ。違うか?」

「……ッチ。あぁ、違わねぇよ。てめぇの言う通りだ」


それでも、あれは俺のだ。
物扱いしている訳ではない、額面通りに受け取って反発心でも覚えたなら、それはまだトラファルガーが若いってだけだ。
頭のいいガキってのは、それだけで面倒だ。
不機嫌に歪んだ黒い目はまるで気紛れな猫のようだった。
なかなか人には懐かない、懐く相手を選ぶ、気位の高い猫のようなものだった。
こういう面倒なタイプに好かれるあたり、ドレークは昔から変わっていない。
此方が密かにその相手をしていた事に気づいていないのだろう事も、変わってはいないのだろう。
別段その程度の事でドレークの傍を離れようと思った事はないが、それでもドレークの鈍感さに託けて選択肢を与えないという点に関しては、卑怯であるという自覚があった。
選んで、くれるだろうか。
例えば目の前のトラファルガーが、本気だと知ったなら。
生徒想いの意外と熱血漢で、その上絆されやすいあの男は、どうするのだろうと。
らしくもない事を考えていたら、トラファルガーがそこへ何事かを口にする前に背後にした職員室の扉がガラガラと開いた。


「すまないな。スモーカー、トラファルガー」


終わったぞ、と毒気のない笑顔を覗かせたドレークに、知らず肩に入っていた力が抜けた。
トラファルガーには、とりあえず放課後また話を聞くから今はもう教室に行きなさい、と教師らしく言い放って。
言われたトラファルガーは、またも分厚い猫の皮を被って去っていく。
悩みの種だけ残して居なくなるだなんて、本当に面倒くさいガキだ。
あの野郎だけ今度の期末は大学入試レベルのテスト内容にしてやろう、とひっそり決めたのは秘密である(実際はそんな事できやしないのだけれど、思うだけならば自由だろう)
職員室のある廊下にぽつりぽつりと人が少しずつ失せて行く。
そろそろ教師達が教鞭をとる為に職員室を出てくる頃だからだろう。
直前までの騒がしさを失った廊下に、ドレークと二人。
ドレークの横顔は、然したる変わりは見えなかったが、プリントやその他の教材を抱えている姿は少しばかり持ちづらそうだった。
そのまま教室に向かうのだろう、一時限目のない自分は、行かないのか、と問う位しかする事がない。


「あぁ、もう行く。ありがとうな、スモーカー」

「いや……あいつの相談受ける時は、俺も行くからな。声かけろよ」

「何だ、らしくない事を言い出すじゃないか」

「学年主任だからな……一応」

「何だ一応って、大体お前は責任意識というものをもっとよく考えろだから生徒達から怖がられ、」

「あぁ解った解った。時間ないんだろ、さっさと行けよ」


すっかりいつもの調子になった会話はそこで終わり、あぁそうだな、急がないと、とドレークが足早に歩き出した。
その背中は真っ直ぐに伸びている。
ドレークの、綺麗な立ち姿が好きだと思う。
言った事は一度もないが、それでも、好きだと思う。
そんな事を本人に言えば最後、自分は暫くの間まともに顔を直視できなくなるに決まっているのだ。
だから、これまでも、今も、これからだって、黙って見守るだけで満足するのだろう。
廊下の中央にある踊り場まで向かった所で、自分も職員室に戻るかと踵を返した、瞬間、


「スモーカー」


不意に声がかけられる。
ん、と振り返ればプリントの束を抱えたままドレークが赤面していた。
一体何が起因してか解らず、首を傾げれば。


「俺は、選ぶからな」

「は、」

「お前を選ぶって、決めてるからな」


そう、言いたい事だけ言って、ドレークは急ぎ足に階段を上って行ってしまう。
追いかけるには、思考回路が混乱し過ぎていた。
選ぶ、お前を、つまり、俺を?


「…………立ち聞きしてんじゃねぇよ」


校内禁煙なんて事も忘れて葉巻を咥える。
零した声が、歓喜の色を滲ませなければいいと思いながら。


















解っていないのはどっち
(で、トラファルガー。誰に苛められたんだ?)
(……ドレーク屋、横に白猟屋が、)
(ドレーク先生とスモーカー先生、だ。トラファルガー。いいから言ってみなさい)
((てめぇ何で来てやがる白猟屋。しかもドレーク屋若干怖いぞおい))
((下手な芝居打つからこうなんだよ、トラファルガー))
























10T1/2の御御御様へ、相互リンク御礼に捧げます。
リクエスト内容「スモーカーとトラファルガーのドレーク取り合いスモーカー落ち。パロ可」
えぇっと、その、書き直し致しますので、御不満でしたら仰って下さい(汗)
この度は相互リンクありがとうございました!




あきゅろす。
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