死刑執行は目前に










軍人故に、恨まれる事や憎まれる事はあっても好かれるなどという事がある訳がなく。

そんな事はよく知っているので、今更考える事でもない。



しかし、その逆の事があるとしたら、どうすればいいのだろう。



本来好意とは、それが何であれ嬉しい物である筈だ。

だというのにこの現状は、明らかにストレスの原因になっている気がしてならなかった。














「……え――――っと、マ、マイルズ少佐…?」


暗雲曇天雷雲。何にしても、頭上に黒いものが浮遊しているのではないかと思える程に暗い表情で牢へやってきたマイルズに、エドワードは一瞬何と声をかけていいものか躊躇った。
そうして、どうにか名前を呼んだ所で、マイルズは落としていた肩を僅かに浮上させ、かと思えば次の瞬間には牢の柵にへばりつく勢いで掴みかかる。
これに驚いたのはエドワードだけでなく同じく牢内に放り込まれているアルフォンスもであり、ガシャンッ、という音に混じって「ひぃ!?」とホラー映画顔負けの悲鳴が零れたのは致し方がない反応であるといえよう。


「エドワード・エルリック…!」

「な、何だよ少佐。どうしたんだよ」

「君に、訊きたい事がある」


声は努めて平素を保とうとしているのだろうが、それにしてはやや上擦っている。
それはまるで恐怖に陥った人間のもので、エドワードは若干後ずさりしながらも、お、おう、何だよ、とどうにか問い返した。
ある意味生真面目なこの少年は、案外こうして損な目に合っているのだという自覚がまだないらしい。
弟のアルフォンスはまだ兄よりもマシなのか、遠巻きに事態を見守ろうとしているようだった。
門番は居ない、この北壁で医療に携わる女の軍人も、機械鎧を扱う男の軍人も、誰も居ない牢の中でマイルズだけが動揺を顕わにしている。
エドワードの尤もな問いに対し、マイルズはそこで一度正気を取り戻したようであった。
雪眼防止用のサングラスの奥は窺えないが、恐らくは瞠目していたのだろう、口元が歪に曲がった。


「……国家錬金術師というものは、このブリッグズには存在していない」

「は?あ、あぁ、そうみたいだな」

「だからといって差別をするつもりはない、それだけはまず解って欲しいんだが」

「あぁ」

「……その……だな…」


随分と歯切れの悪いマイルズに、エドワードはアルフォンスとアイコンタクトにて首を傾げる。
何事もすっぱりとしているのが此処ブリッグズの兵たちの特徴であり、初対面でもマイルズがその例に漏れない事を知っている二人にとってしてみれば、この歯切れの悪さは違和感などという生易しいものではあり得なかった。
一体何がマイルズの口を重くさせているのか。
国家錬金術師に関する事であるのは、先述された事柄で知れている。
そこから推察して、そうして思い当たって、エドワードはあからさまに顔を顰めた。
アルフォンスは鎧の為に表情など元々窺えないが、それでもエドワードと同じ考えに至ったのだろう、兄さん、と窘める声に制止の響きは殆どないようなものである。


「マイルズ少佐、国家錬金術師ってぇーと、まさかキンブリーの事じゃないよな…?」

「…………期待に添えず申し訳ないが、その通りだ。鋼の錬金術師」


がくり、と。
目に見えて力のなくなったマイルズに、エドワードは半分引き攣った笑みで以て出迎えた。
正直にいえば外れて欲しかった所だが、現実はそこまで甘くはない。
ゾルフ・J・キンブリー。
全身真っ白スーツって正直目に痛いよな、とか。
ミドルネームのJはどんな意味があるのか、とか。
正直突っ込みたい所が山ほどある男である。が、腕は確か。
それはイシュヴァール殲滅戦に参加していたという事実が物語っている。
ただ、この男、存外見かけ通りの紳士ではない事をこの場の全員はよくよく知っていた。
しかしながら、まさかマイルズの口からキンブリーの話が出るとは思いもしなかった、とはエルリック兄弟心の声である。


「で、キンブリーがどうしたって?」

「…………君にこんな事を訊くのはとても失礼かと思うのだが」

「前置きは良いって。らしくねぇよ、しょーさ」

「…………とは…………なのか」

「は?」


言葉を促せば、暫しの躊躇いの後マイルズがボソボソと何事かを呟いた。
それは、口元が僅かに動いているから解る事ではあるのだが、それにしたって聞き取りにくいなんてもんじゃない。
聞かせる気が元からないのではないかとすら思えるその声量に、エドワードは距離をとっていた牢の柵に歩み寄った。
国家錬金術師といえど、沢山の修羅場を掻い潜って来たといっても、未だ子供の領域に居るエドワードはこういった時素直に相手を心配してしまう。
別段それが悪いという訳ではないのだが、この場合においてそれは殆どが裏目に出るものでしかなかった。
この少年がそれを思い知ったのは、次の瞬間、マイルズの声を幸か不幸か拾ってしまった時である。


「国家錬金術師とは、その…同性愛者なのか」

「…………………………………………………………は?」


ドウセイアイシャ?
目が点となったエドワードに、マイルズは至極申し訳なさそうに口元を押さえ、すまない、と零した。
聞こえなかったアルフォンスが、硬直してしまったエドワードにひたすら声をかけるが反応は見受けられない。
ドウセイアイシャ。
どうせいあいしゃ。
同性愛者。


「……はぁぁぁああぁぁぁあ!?!?!?!?」


脳内で完璧に変換を果たしたその瞬間、エドワードは思わず叫んだ。そりゃもう思いきり叫んだ。
まさか自分の知らぬ所で不名誉極まりない特徴を考え出されていたとは。
ない、それだけは断じてない。
そもそも嗜好の自由ならば一般人にだってある筈だ、何を以てそう判断した。
考えろ考えろ考えろ、とエドワードは己に言い聞かせる。
ブリッグズに来てから何だかんだ良くしてくれているマイルズ少佐が相手となれば、それが真剣な問いである事は解っていた。
それに彼も最初に言ったではないか、差別する訳ではないと、自分に訊くのは申し訳ないと。
国家錬金術師、とはこの場に於いてエドワードというよりもキンブリーが例に置かれているのだろう。
つまりキンブリーが同性愛者なのかという事である、マイルズ少佐は、それを確認したいのだ。
それが何故よりにもよって自分に?


「…あの、さ、マイルズ、少佐」

「鋼の、すまない。今のは忘れてくれ」

「いやごめん忘れるには少なく見積もっても数十年かかるわ。ってそうじゃなくて、つまりそのえっと、あー、だから、キンブリーが、そうかって事で良いのか?」

「……その通りだ」

「………………まさかマイルズ少佐ソッチの気がある訳じゃないよな」

「妻が居ると言ったのを忘れたのか。あったとしても願い下げだ」


だよな、と相槌を打ちながら心底同情する。つまりこの話の流れだと、現在キンブリーはそういう意味でマイルズ少佐にちょっかいをかけている、という事なのだろう。
賢すぎるのもたまに傷、だなんて馬鹿な事を考えながら、エドワードはとにかく質問に答えようと無心に努めた。
何が楽しくて自分と同等の地位に居る年上の男達の色恋沙汰を知らにゃならんのかと、若干投げやりだったのは否めない。


「悪いけど、俺もキンブリーと会ったのは此処が初めてだし、解らないとしか言えない」

「そうか……そうだよな……」


どうしたらいいんだあの変態を、という呟きはマイルズ少佐のものである。
あぁ、本当に大変なのに追いかけられてんだなぁ、少佐、と本格的に同情が芽生えてきたエドワードは、いい体格の大人が牢の柵に縋りついているのを笑う事もせずそっと頭を撫でてみる。
形ばかりとはいえ一応手枷を着けているから肩や背中を叩いて慰める事はできない、その為一番手近にあった頭部に手を、というか指を伸ばしたのだが、それはまたも大いなる間違いの一歩であった。


「私の獲物に手を出さないで頂けますか、鋼の錬金術師殿」

「……うげぇ」


げんなりとしたのはエドワード。
対してにこりと微笑むのはキンブリーその人である。
マイルズ少佐は先程のエドワードの如く硬直していた。さっさと逃げられればいいものの、退路はキンブリーが塞いでしまっている為叶わない。
牢の中ではマイルズの前に立ってやる事もできない、エドワードはせめても早くマイルズが意識を取り戻す事を祈ったが、それよりも早くキンブリーが動いた。
エドワードの手から、いかにも奪わんとばかりにマイルズの身体を抱き寄せる。
これに驚いたのはエドワードだけではなく、無理に働いた引力によりはっと意識を取り戻したマイルズは慌ててその身体を押し返したが時既に遅かった。


「キンブリー、貴様っ!」

「ゾルフと、お呼び下さい。それと、私以外の男の前であれ程無防備にしないで頂きたい」

「なっ……!」


するすると腰に回される手つきのいやらしさといったら、アルフォンスが思わず目を覆い隠し何も見てない何も見てないと自己暗示をする程である。
最前列という特等席に居るエドワードはそれをしっかり見てしまった為、顔が赤らんだり蒼白くなったりと忙しないものだった。
離せ変態、とマイルズの身も蓋もない怒声が響くも、それすらキンブリーはうっとりと聞き惚れるように目を細め、至極紳士らしい動作でその唇を奪い取った。
ちゅ、と。
軽やかなリップ音に次いで、何某かの音が響く事はない。
まるでキスを合図に世界が終焉を迎えたかのような静けさに、キンブリーだけが笑みを深くさせていた。


















死刑執行は目前に
(おやおや、私とのキスが余程嬉しかったのでしょうか。気絶していらっしゃる)
(マイルズ少佐っ、少佐ぁっ!起きろ気絶したままじゃ食われるぞぉぉぉっっ!!)
(……一生起きない方が少佐にとってはいいかもしれないよ兄さん…)
(何を言うのです鋼の錬金術師殿。気絶した相手を、だなんて野蛮な事を私がする筈ないでしょう)
(とか言いながらお持ち帰りしようとするなぁぁ!少佐っ、ちょ、誰か早く来てぇぇぇぇぇぇ!!!!)
























子供の前だろうが容赦しませんそれが変態に見せかけた紳士ゾルフ・J・キンブリー←
エロテクニック満載だと信じて疑いません腰撫でられただけで鳥肌が立つマイルズさん堪りません(ぇ)
この後どうにかこうにかバッカニアさんやヘンシェルさんによってお持ち帰りは阻止されました。




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