アウト・オブ・ラブ










女性の好みというのは、男性と同じように幅広く個人の主観によって構成されているものの、大概は優しさや外観を問われているものであるらしい。
そう教えてくれた同期の女性は、貴方みたいな人よ、と楽しそうに笑っていたが、次いで隣の男に向かって、貴方みたいなのもそれなりね、と言ったのだった。
優しさや外観を問いながらも、悪い男に惹かれる女性も居るのだとか。
当時は話半分に聞いていたそれを、よもやこの瞬間に思い出すとは。













輝かんばかりの笑顔に、熱のこもった眼差し。
そんなものを向けられて気づかない男は相当の鈍感で、今正にその「鈍感男」が目の前に居る。


「スモーカー中佐、ドレーク准将、お疲れ様です」

「あぁ、お疲れ様」


ピシリと綺麗な敬礼をして見せる女性は、つい最近スモーカーの隊に異動してきた女性であり、年若くして現在少尉を務めている人物。
仕事はきっちりこなすし、プライベートでも悪い噂は聞かない。
公私の区別は…現状からして意外にもあまりつけられないようだけれど、それでもそれ以外は何の欠点も見当たらない。
ブロンドの髪とアーモンドの瞳はやや気の強い印象を与えるが、微笑むだけでそれが柔らかなものに変化するし、真っ直ぐに人の目を見るのだなと好意的に受け取れるものでもあった。
素直に、好感を抱ける女性であるといえよう。
ただでさえ男所帯の海軍内では恐らく引く手数多である筈のその女性は、なんと現在自身の隣に居る男に恋慕しているようだというのだから驚きだ。


「……」

「…スモーカー、彼女に失礼だぞ」


プカー、と無愛想に紫煙を燻らせている男の名はスモーカー。
地位は中佐で、自分とは同期入隊という関係…というばかりでもないのだが、そこは察して貰いたい。
髭は剃らないわ目つきは悪いわ態度も図体もでかいわと、女性に好かれる要素など正直全くもって見受けられないこの男が、それなりにモテるようだと気づいたのはいつだったか。
多分に、この男の誕生日。部下や上官以外の女性から贈り物が届いた所を目撃した時だろう。
悪そうな目つきも、剃らない髭もでかい図体も、男くさくて良いらしい。
それから、無愛想に見えて実は部下思いな所や、何だかんだいって面倒見のいい所などなど、ギャップというものがあるとか。
昔と同じように笑いながらそう教えてくれたのは、スモーカーと同じく同期のヒナだった。
昔と違うのは自分の反応。
平静を装ったつもりが、眉間に皺が寄っているわと揶揄されたのは苦い思い出だ。


「いぇ、ドレーク准将。自分は気にしておりません」


挨拶を無視したに等しいスモーカーを咎めれば、すかさず彼女が気にしないで欲しいと微笑む。
少しは嫌な顔をして見せてもいいだろうに、こうして上官を立てようとするのは軍人の気質か、それとも彼女の好意的な人格に依るものか。
何にしても、自分ばかりが邪推しているような気がして、そうかそれなら良いんだが、と答える声に他意が含まれないよう細心の注意を払った。
当のスモーカーはといえば、大して興味もなさそうにやはり紫煙を燻らせるばかり。
何でこいつの事でこんなに四苦八苦しなきゃならないんだ、という不満は後で直接ぶつける事にして、まずは彼女の用件に耳を傾けてみればやはり直属の上司であるスモーカーに用があったらしい。
その細腕に抱えていた書類の束は恐らくスモーカーの承認待ちなのだろう。
こいつはまたデスクワークをサボって、と若干笑みを刻んだ筈の口端が引き攣るのが解った。
ついでにスモーカーは、面倒くさそうに舌打ちなんぞする始末。


「彼女を睨んでも仕方ないだろう。自業自得だぞスモーカー」


大体書類が溜まっているなら何故自分と雑談などに興じていたのか。
今度は此方が睨む番で、ともすればスモーカーは明らかにやる気のない声で、うっせーなと嘯く。
それでもその手は、細腕から書類を掻っ攫っていくのだから天邪鬼も甚だしい。
熱に浮かされたアーモンドの瞳に陰りは見受けられない。
別段スモーカーが彼女を労る言葉を零した訳でもない。
けれどもその手は、確かに彼女を労っているのだと、その手つきの優しさで理解したのは何も自分だけではないのだろう、だから彼女は、嬉しそうにはにかむのだ。
こういった些細な事でも、愛した相手に与えられるものならば煌々とした思い出となるのだから恋とは偉大というか、なんというか。
恋の病、とは言い得て妙だと思う。
確かにこれは、病にも似ているな、だなんて。


「…俺は仕事に戻るから、お前も彼女と戻るといい」

「あぁ?」

「じゃあな。デスクワークも立派な仕事だ、サボるなよ」


言いたい事だけ言って、スモーカーの凄みにも似た声を完全に無視した。
あれは奴なりの「今何て言った?」という意味合いであって、それを知っている自分だというのに、だ。
けれども、誰が自分を責められるだろうか。少なくともスモーカーにその権利はない。
あんな、鈍感男に。


(…お似合い、とは)


ああいうのを言うんだろうな、だなんて。
女々しい思考を打ち払いたくて足運びは自然早まった。
あれ以上あの場に居たくなかった、というのもある。
スモーカーにその気がないのは、見ていれば解る事だ。その点に関しては別段不安になる必要がない。
けれど、人を好きになる事を誰が制限できるだろう。自分がスモーカーを好きなように、誰かがあの男を好きになる事を、自分が止められる訳がない。
優しくされれば嬉しいし、その姿を見ているだけで幸せだと感じる時もある。
当たり前のように握り返される掌に溺れないよう必死で、けれどその熱に甘えたくもなる。
それは自身の感情であり、思考なのだから、誰かに止めろと言われて止められるものではない。
だから、あの女性尉官の感情も、思考も、自分が口出しする事ではない……頭では、解っている。
それでも、


(止めて、くれ)


あぁ、女々しいな。
自身の執務室に辿りつけば、デスクの上は閑散としていた。
スモーカーと違って書類を滅多に溜める事がないから、当然といえば当然なのだけれど、今はそれが口惜しいと思う。
仕事に没頭してしまいたい。不埒極まりない職務へ取り組むその姿勢こそを罵倒したかったが、それは叶わなかった。
閉めたばかりの扉向こう、自身を呼ぶ声と共に荒々しい靴音が響いてきた為である。
自分のよく知るその声に、靴音に、無意識に扉を開いて窺えば、いつものしかめっ面がそこに佇んでいた。


「…どうかしたのか、スモーカー」

「…そりゃこっちの台詞だ」

「……書類は」

「最重要のモンだけ捌いて、後は持って帰らせた」

「……お前なぁ」


ちゃんと仕事しろ、と口をついて出たのはあまりにも無慈悲な台詞だ。自覚がある。
それでもスモーカーは気を悪くした風でもなく、けれど暫し黙した後ドレーク、と自分を呼んだ。
何だ、と鸚鵡返しの如く顔を見返せば、スモーカーは何だじゃねぇよ、と煙を吐き出す。
どうしたんだ。そう問われた所で返せる言葉などないのだ。
嫉妬を、したのかもしれない。
不安になったのかもしれない。
女性であるというだけであからさまにスモーカーを想う事が出来る彼女に、理不尽な嫉妬をしたのか。
不安になる必要などないと思いながら、それでも可能性がゼロな訳ではないと自分で自分を追い詰めてまで。
自虐的な思考は自身の悪い癖だという自負があった。スモーカーも、そういった面をよく知っている。


「……さっきの、彼女」

「あぁ?」

「可愛かった、な。仕事もできそうだし、いい子みたいだしな」


だから、こういった愚痴のような声も流してくれるのだろう、それこそ此方が鼻白む程あっさりと、聞き流すんだろう。
そう、思っていたのに。
スモーカーは、言葉が終らぬ内にぽかんと口を開きっ放しの間抜け面を晒した。
何言ってんだてめぇ馬鹿か、と酷い言葉で聞き流されるのを期待していた自分としては、その反応は大きく予想から外れている。


「……えーっと…」

「……ああいうのが、好みかよ」

「いや、好みというか…お前こそ、ああいう子が好きだろう」

「はっきり言え。あいつが気に入ったのか、ドレーク」

「同じ台詞をそっくりそのまま返すぞ、スモーカー」

「誰があんなファザコン。てめぇの父親に似てるだの何だの失礼な事言いやがるガキだガキ」

「でもあの子はお前を、って、え?なん、何だって?」


何故か徐々に距離を詰めてくるスモーカーに、扉から離れて部屋の奥へじりじり後ずさる中、淡々とヒートアップしていく口論の中でぽろっと重大な話が出た気がした。
つい立ち止まった脚に、これぞ好機とばかりにスモーカーが距離を一息に詰め、腕を引かれる。
拘束は強引で、けれどもその実優しい。


「故郷に置いてきた父親にそっくりだとか言いやがってやけに付いて回りやがる。いい加減うんざりだ。大体あのガキ、たまに俺の事中佐じゃなくお父さんって呼ぶんだぞ、あんなファザコンが好みか?えぇ、ドレーク?」

「ちょっ、ま、待てスモーカーっ」

「てめぇの趣味がガキだったとは知らなかったぜ。やけにあいつをじっと見てやがるから何かと思ったらそういう事かよ」

「だから待てっていっ、」


ってるだろう、と。本来そうやって繋がる筈だった声はスモーカーが無理に後ろ髪を引いた事で永遠に喉奥へ押し込まれてしまった。
自然と上向きになった顔は意図されていたのだろう、スモーカーのカサついた唇が触れて、途端にビクリと肩が震える。
個人の執務室とはいえ職場でこのような事、本来なら許さない。
すぐにでも噛みついて、引き剥がして、追い出す所だ。
それでも、それをする気になれないのは、単純に嬉しいからか。
けれど余裕を保ち続けられる筈もなく、口腔に侵入してきた熱は容易に此方のそれを絡み取り、呼吸も奪わん勢いで蹂躙していく。
こもった声が漏れる度、水音が感触と共に伝わり、顔に熱が集まるのが解った。


「……離してなんざ、やらねぇぞ」


痛い位睨みつけてくる瞳はそれでも優しくて、紡がれた言葉が強面と相俟って脅迫染みているというのに、不本意にも心は歓喜に震える。
離して欲しいなんて、誰も望みはしないのに。
スモーカーも不要な不安を感じたのだろうか。
それは己が感じさせたのだろうか。
申し訳ないと思う反面、ざまあみろと思う気持ちもあった。
自分ばかりがスモーカーを想うあまり揺れるのでは理不尽だと、それこそスモーカーからしてみれば屁理屈染みた理不尽な事を考えて。
さて、いつこの誤解を解いてやろうか、もう少し、らしくないスモーカーを堪能してからでも遅くはあるまい。
自分と同じ、逞しい背中に腕を回しながら、そんな事を考えて笑った。



















アウト・オブ・ラブ
(老けて見られたくないならまずは髭を剃る事だな)
(っけ、お断りだ。今更剃ったらいい笑いもんだぜ)
(そうか?まぁ、どっちでも俺は好きだから構わんが)
(…………あぁそうかよ)

























out of love…愛の心から/好きだから
恐竜さんが女々しくなり過ぎた…!(反省中)
年齢層的にいえば、お父さんって呼ばれてもおかしくないと思います。
そして髭は大事だよぃ萌えだよぃ素敵だよぃ!とここで熱弁してみる←




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