零れた本音は可愛い我儘










「そうか、解った」


それのどこが「解った」という態度なのか。問おうとした声は寸での所で堪え、悪いな、と返した自分は偉いんじゃないかと思う。
不満を全面に押し出したドレークの顔は見事な笑顔だが、背後に漂うオーラが半端なく黒いものだからつい目を泳がせてしまった。
そこに突っ込んだら多分耳を覆いたくなるような言葉の羅列が襲いかかって来るに違いない。


「じゃあ俺は帰るから。お前も楽しんで来いよ」

「お、おい、ドレ、」

「またな」


どこまでもにこやかに、どこまでも爽やかに。
しかしながら禍々しいオーラが渦巻くのを、スモーカーは確かに見た。














「で、怒らせたまま来ちゃったのか」


そりゃまたお前も勇者だねぇ、と若干眠そうに細められた目をギロリと睨みつける。
大体、誰の所為でそうなったか知っているクセにわざとそんな言い方をしているのだろうか。
何の遠慮もなく煙を吐き出す。
ドレークが見たら煩く注意するだろうが、目の前に居る上司がそんな事を気にした事はこれまで一度もなかった。
犬や猿あたりにはウケがよろしくないらしいが、そもそもスモーカー自身が気にならないのだから同じ事だろう。


「別の日にしろって言っただけですよ。そんなに怒る事でもねぇと思いますがね」

「あららら。そう言ってドタキャンしたの何度目よ?いくらドレーク君でも怒るだろ」

「どっかの上官がタイミング見計らったみてぇに飲みに誘いやがりますから」

「別に強制した覚えもないけどなぁ」

「断ったってバレるとそれはそれでめんどくせぇんですよ」


以前に一度、この上官、大将青雉ことクザンの誘いを断った時の事を思い出せば、それだけでスモーカーの表情が苦々しいものになった。
折角の二人きりだというのに、事実を知ったドレークはあろう事かスモーカーとベッドの上で対面に正座し軽く三時間の説教タイムを設けたのである。
あれにはいくら何でも参った。
スモーカーが何と言っても上官を敬えの一点張り。
お前の方が大事だと、スモーカーにしてみれば精一杯の睦言すら軽く往なしてドレークはこう言った。


『二度と断るな。特に俺との約束を優先して断るなんて事したら、暫く会わないからな』


…こうまで言われてしまえば、流石のスモーカーも知るかと一蹴する事はできない。
何せこのドレーク、有言実行を地で行く男な訳で、やると言ったら本当にやるのだからどうにも扱い難かった。
結果、ドレークとの約束はここ最近延期してばかりである。
最初の頃は満足げに頷き見送っていたドレークも、近頃では文句の一つや二つや三つは抱えてそうな有様で、正直俺にどうしろっていうんだと、スモーカーは目一杯煙を吸い込む。
酔いこそしないがアルコールで気分が高揚しているのか、スモーカーは普段なら口にしないだろう愚痴をクザンに吐いた。
するとクザンは至極意外だとばかりにパチパチと目を瞬かせる。


「…意外とドレーク君ってお姫さんなんだ?」

「ぶっ!」


体格のいい成人男性を姫を称され、調度口に入れた酒が行き場を求めて器官を巡った。
咽るスモーカーに構わず、ふーんそうなんだ、と一人納得しているクザンの目にドレークはどう見えているのか。
他より発達した顎は愛嬌があるかもしれないが、橙の髪も空色の瞳も、姫というより世間一般的には王子という方が似合いそうな気がした。
女性下士官の間ではすっかりそういったイメージで好感を得ているのだと言って来たのはヒナだったろうか。
性格や物腰が紳士的なのはもう昔からの事なので、スモーカーは気のない返事をして流した気がする。
とにかく、ドレークに対する評価で「姫」というのは初めてのものだった。


「何か変な事言ったかね」

「いや随分逞しい「姫」も居たもんだなと」

「あぁいや、外見ってより中身かな。可愛いよね、何か知んないけど」

「……はぁ」


スモーカーが零した曖昧な相槌はどことなく不機嫌そうである。
現在進行形で話題の中心人物であるドレークと、スモーカーが恋仲である事は当然ながら周知されていない。
だがそこはだらけきっても大将であるクザンな訳だから、知られていてもおかしくはないとスモーカーは思う。
別段スモーカー自身に限れば周知される事に対する抵抗はないが、ドレークは真っ赤になるか真っ青になるかして、泣きそうな顔をするのだろう事は想像に難くなかった。
良くも悪くも、何事に対しても全力で何事にも真面目な男なのだ。
あぁ、そういう所が可愛いといわれる所以であるのかもしれない。


「…何だよ気持ち悪い顔しちゃって」

「…藪から棒に何ですかね」

「物凄く幸せ一杯ですみたいな笑顔。お前さん実は笑えるのね、俺びっくりだわ」


明日は氷でも降らせるかな、などという不穏な発言が耳に届く。
失礼な事を言われているとは思うが、日頃だらけきっている男が行動的な案を出す事自体が天変地異の前触れであるように思えて、スモーカーは口を噤んだ。
加えて言うならスモーカー自身、自分の笑顔なんて見たくないと思うのもある。


「思うんだけど、ドレーク君も連れてきたら良いんじゃない?」

「アンタと俺に付き合わせたら、真っ先にあいつが潰れます」


クザンやスモーカー、それからドレークも、同じ悪魔の実の能力者ながらその系統の違いからだろう、クザンもスモーカーも酒には滅法強い。
ドレークもそこそこだが、身体自体が氷や煙となっている二人に付き合いきる事は無理だろう。
昔飲み比べした時は翌日の二日酔いに酷く苦しんでいた。
最近はもっと大変で、酔っ払ったドレークが獣人化して酒場の中を滅茶苦茶にしてくれたのである(ちなみに本人は覚えておらず、後始末は全てスモーカーがやらされた)
潰れてくれるだけならばまだいいが、問題を起こされては堪らない。
既に何本目かも解らないボトルを空けながら、スモーカーは渋面を作って見せた。


「でもほろ酔い位で止めれば良いでしょうよ」

「止めて素直に聞くならそうしてますがね」


厄介なのは、本人に酔ったという自覚がない事だ。
気分が良くなってきたあたりで引ける男なら、スモーカーとてこの場にドレークを誘っている。
傍から見てすっかり酔っているのに、もう止めとけと声をかければ逆に意地を張って飲みたがり、かといって放っておいても飲むのを止める訳でもない。
そういう場合、大抵はスモーカーが折れる事でどうにか席を立ってくれるが、飲む相手がクザンとなれば中座する事に文句を言うだろうと想像できた。
やけに食い下がる上官にスモーカーが眉を顰めると、クザンは至極楽しげに口端を釣り上げる。


「お前のしかめっ面より、ドレーク君の酔った所の方が面白そうだからなぁ」


それに可愛いしね、何か知んないけど。
数分前にも同じ台詞を聞いた気がする。がそんな事よりも今の言葉でスモーカーの表情は益々顰められた。
それに気づかぬクザンではあるまい。にも拘わらず、彼はやはりマイペースにだらける。


「あーだるい。ボインなお姉ちゃんの膝で眠りたいなぁ」

「アンタ仮にも大将なんだから少しオブラートに包んで下さい」

「そんな事言ってー、スモーカーも早く帰ってドレーク君の所行きたいクセに」

「……いつ俺がんな事言いましたか」

「……お前も結構解りやすいって自覚した方が良いんじゃないの?」


半目に呆れ口調で、これまで言われた事のない言葉を頂戴した。
いつも機嫌が悪そうだと言われた事なら何度もあるし、苛立っている時はすぐに指摘もされる。
だが何を思っているかまで言い当てられた事などあまりなかった事だ。


「もう帰って良いよ。支払いはしとくし」


これ以上引き留めたらドレーク君に噛み砕かれそうだし、と噛み砕かれても再生する氷人間はそう嘯いて笑った。















閉店間際のケーキ屋へ駆け込んで、余り物をあるだけ詰めた箱を持参して部屋を訪ねたのは、日付が変わる寸前だった。
だが、常ならもう家主が寝着いている筈の部屋には煌々と明かりが灯かっていて、スモーカーは我が目を疑った。


「……何してやがる」


合鍵を使うまでもなくあっさりと開いた扉を潜り抜けて、目に着いた所から見渡せばダイニングで一人酒に浸っているドレークの姿。
何をしている、だなんてとんだ愚問だ。
帰宅後、風呂を済ませた後に飲み始めたのだろう、腰掛けた椅子の背もたれには緑のバスタオルがだらりと垂れ下がっている。
赤く染まったうなじが揺れに併せて動く橙の髪に隠され、振り向いたドレークの目は酒精に溺れきっていた。
とてつもなく厄介な予感がした次の瞬間、据わっていたドレークの目がゆるりと笑みの形を取る。


「スモーカー」

「……おう」


おかえり、若干舌足らずな声は歓迎の色を伴っているように聞こえるが、ドレークの背後に渦巻く重い気配からして未だ怒っているのが丸解りだった。
とにかく刺激しないようにと意識して、努めて常と同じように返す。
表面上はにこにこ笑っているドレークが、こっちに来いと手招くのに合わせて席に着いた。
少しは機嫌を直せるようにと買って来たケーキの箱を慎重にテーブルへ置けば、俺に?お前が?と心底おかしそうに笑われる。
酔っ払いのツボはよく解らない。


「随分早かったなぁ、いつもはもっと遅いのになぁ」

「…まぁな」


さりげなくチクチクと突き刺さる言葉の針にも、努めて不満を顔に出したりしないよう我慢する。
それはドレークの為というよりも完全に自分の為であり、下手な反応をすればこの笑みがすぐさま般若へと変貌すると知っているからであった。
ドレークの言う通りにしているだけなのに何故こんな状況に置かれなければならないのか。
スモーカーは葉巻を咥えたい欲求を必死に堪えながら思った。
だが酔っ払いにそのような問答が成立する訳もなく、ドレークはスモーカーの心境など露程も気にせずに手土産のケーキを開けにかかっている。
ガサガサと袋がたてる音に、ドレークの恐ろしい位ご機嫌な鼻歌が混ざって、スモーカーは益々肩身が狭くなる気がした。


「お前にしてはいい買い物をしたなぁ」

「…おう」


余り物だ、なんて口が裂けても言うまい。
いつもならまず紅茶を用意して、純白の食器に磨き抜かれたフォークを握り、それはそれは噛み締めるようにじっくりと食すドレークだが、今目の前にあるのは殆ど空になった酒のボトルと手掴みでケーキを食べるドレークの姿なのだから、間違っても下手な事言えなかった。


「んー、美味い。スモーカーも食べるか?」

「いや、俺は、」

「食べるよなぁ?」

「………………解った食う」


普段穏やかな男の凄み方は、どうしてこう逆らい難いものがあるのか。
甘い物がそこまで好きではないスモーカーが、仕方無いとばかりに溜息を吐き、ドレークに倣って手掴みでケーキを食べようとすれば、そうじゃないと当の本人から咎められた。
今度は何だ。
そう言いたい気持ちを抑えながら目を向ければ、ドレークの食べかけが鼻先に差し出される。
まさかこれを食えってか。


「ホラ、食べろスモーカー」

「……おう」


所謂「あーん」に該当するその行為は、普段なら絶対にありえない事である。
躊躇いながらも噛みつけば、嫌になる位の甘味が口内に広がり自然と眉を顰めた。
よし食べたな、と満足げに頷いているあたり、腹いせか何かだったのだろう。
畜生覚えてろよ、とスモーカーが思ったかどうかはともかくとして、ドレークはもはや空に等しい酒瓶を抱きかかえるようにして机に凭れてしまった。
眠くなってきたのだろう、薄ら開いた目の焦点は一向に合わさらない。


「んー…スモーカー…」

「あぁ」


存在を確かめようとする呼びかけに応えると、こもった声が途切れがちに聞こえてきた。


「…バ、カケム…」

「…おいこら」


よりにもよってバカケムリとは何様だ呑気な顔して寝やがって。
思わず指先で頬を突くと、むずがった赤ん坊のような顔をして、んー、と声を漏らす。
閉じたばかりの瞼が、ほんの少しばかり浮上したかと思えば、ドレークは恨みがましく口角を曲げた。


「…スモーカー、今度、は」

「あぁ?」


切り出し方に脈絡がないのは酔っているからか。
刺激しないように云々はとっくに頭から消えていて、若干喧嘩腰になってしまう。
ドレークはもうそれを気に掛ける判断力もないのか、今度は、ともう一度繰り返し、そして、


「…俺を、ゆーせんしろ……バカケムリ」

「……おう」


舌足らずな声で、殺し文句を囁いた。




















零れた本音は可愛い我儘
(スモーカー、また大将の誘いを断ったそうだな)
(てめぇが自分を優先しろって言ったんだろうが)
(そっ…!それはそれ、これはこれだっ!良いから行って来い)

























そして振り出しに戻る(笑)
普段から怒ってるのは煙さんですが、本気で切れたら一番恐ろしいのは恐竜さんだと思います。
クザンさんに他意はありません…多分(笑)




あきゅろす。
無料HPエムペ!