奇跡的な日常に君が居た










当たり前のように繰り返す日々を人は日常と呼ぶ。

けれど、それが当たり前でなくなっていたかもしれないとしたら。




繰り返される日々は、もしかしたら奇跡の連続であるのやもしれない。















「……本当なのか?」


恐々と、正にそんな表現が似合う顔で、ドレークはスモーカーを窺った。
当のスモーカーはといえば、果てしなく不愉快だとばかりに葉巻を燻らせている。
それが答と解るなり、ドレークの顔つきは文字通り一変した。
それから咄嗟の判断で口元を覆うと、プルプルと震え始める。
どうにか話そうとしているのか、むぐむぐとくぐもった声が聞こえてきたので、スモーカーは嫌々ながらも助け船を出す事にした。


「我慢しねぇで笑いたきゃ笑え、気色悪い」

「…っ、ぅ…ぶ、くくっ…いや、それは、わるっ、く、は……ははははははっ!」

「…だから言いたくなかったんだ畜生」


ガリガリと頭を掻きながら、忌々しいとばかりに吐き捨てる。
いい日じゃないかとドレークがフォローするものの、笑い声に混じった上に息も絶え絶えでは、全く説得力がなかった。
むしろ火に油のタンクを投げ入れたようにしか思えない、それも満面の笑みで。
手の中にあったグラスから酒が無くなったので、スモーカーはいい機会だとばかりに一旦席を立った。
冷蔵庫を備え付けているキッチンにまで笑い声が聞こえてくるが、鬼の居ぬ間になんとやら、戻るまでには落ち着いているだろう。というか、落ち着いていろと言いたい。
ぬるいのも良いが冷えている状態が一番好みだからと、冷蔵庫に入れたままのボトルを引き摺り出す。
笑っているドレークの声はどこまでも高らかで、いい具合に酔っているのだと解った。
明日は二日酔いにでもなっちまえ、馬鹿野郎。
一人思いながらグラスに酒を注ぐ。
ツン、と鼻孔に届いたアルコールの香にほんの少し満足してスモーカーは新しい葉巻に火を灯した。
数年前ならいざ知らず、今となっては喫煙自体に文句を言う事もなくなったが、それでも空気が悪くなると眉を顰める男…今は大笑いしている馬鹿の為に、換気扇のスイッチを入れる。
コォォォ、と換気扇の回る音に併せて、煙は一定の場所に吸い込まれていった。
咥えた葉巻の煙を肺まで吸い込んだ所で壁時計を見れば、もう深夜だ。
飲み始めたのは何時頃だったか、そもそもスモーカーの部屋で飲む以前からアルコールを摂取していた訳だから、随分な量をかっ込んでいる。
今日は、スモーカーとドレークにとって共通の友人が生まれた日だった。
厳密に言うなら既に昨日になるのだが、渋るスモーカーを引っ張って満面の笑みを浮かべたドレークに、桃色の髪をサラリと流した友人はどこか嬉しそうだった事を思えば、細かい事など捨て置いても良いかもしれない。
成人した軍人とはいえ女性なのだからと、紳士然としたドレークが帰宅を促した事で日付が変わる前には二人きりになり、今に至ったのだと記憶している。
誕生日を話題にしたのは、珍しくもスモーカーの方だった。
思えばあれがいけなかったのだとスモーカーは溜息を吐く。
ドレークが、あの男が随分と楽しそうというか嬉しそうというか、そんな顔をしているから、つい魔が差したというか悪戯心が湧いたというか。


『他人の誕生日なんて気にしやがって、女かよ』

『お前が気にしなさすぎるんだ。良いじゃないか、ヒナも喜んでた』


そういえば、と言われてすぐ、嫌な予感がしたのは気の所為ではないだろう。
流れを作った張本人であるのに、スモーカーは次の瞬間眉間の皺を増やした。


『お前の誕生日は何時なんだ?』


来た。やっぱり、それか。いやそれ以外の話になる可能性こそ殆どないが、それでもこの質問はスモーカーにとって鬼門だったのだ。
3月14日、ホワイトデー。
それがスモーカーの誕生日であると知っているのは同期でもヒナ位のもので、ついでに言うならあまり他人に知られたくはない事なのだ。
ある上司との会話で知られた時は笑い飛ばされ、ある部下に知られた時は物凄く微妙な顔をされた。
スモーカー自身、似合わない日に生まれたという自覚があるので、余計にその反応を怒鳴りつける事もできない。
せめてあと一日前後して生まれれば良いものを、とスモーカーが切に思ったのはもうずっと前で、今では一種の諦めすらあった。
だからといって自らその話をする馬鹿ではないので、ドレークも知らなかったのだが。
誕生日なんて気にする歳でもねぇだろ、そう素っ気なく返して終わらせようとした。
しかしドレークは何をどう解釈したのか、もしかしてもう過ぎてるのか?なら来年は盛大に祝おう、などと微笑む。
やばい、こいつは本気だ、放置すれば勝手に調べて勝手に祝おうとするだろう、それだけは避けたい。
内心慌てたスモーカーは、ドレークがその気にならない内に済ませてしまおうと腹を括った。
というより、括らざるを得なかった。
いや、というより、完全に自業自得だった。


『教えるから絶対祝うな。いいな?』

『何がそんなに嫌なんだ?めでたい事だろうに』

『いいから。祝うなよ?』


何度も念を押すと、ドレークが訝しむように目を細める。
酒精にやや赤らんだ頬が、僅かにむすっと膨らんだように見えた。
勝手にヘソでも曲げてろ、どうせすぐに笑い出すんだ。やさぐれた思考の中、スモーカーは吐き捨てるように己の誕生日を告げた。

――――――そして冒頭から今に至る。


「…おい、いつまで笑ってんだ」


ゴトッ、と。
ドレークの顔の真横に敢えて音をたてながらグラスを置けば、一瞬だが大きく揺れた。
それから顔の向きを変えたかと思えば、酒と笑い過ぎとで潤んだ目がおかしそうに細められる。
目は口ほどに物を言う、とはこの事か。
ムカついたのでぐしゃぐしゃと髪を掻き乱してやれば、笑い混じりに止せと制止の声があがった。
随分と上機嫌なのは酒の所為だろう、そうでもなければいくら気の置けない仲になったからといってドレークもここまで大っぴらには笑わなかった筈だ。
いつも後ろに撫でつけている髪が視界にかかって鬱陶しいのか、ドレークは二度、三度と髪に触れる。
その仕草が常よりずっとドレークを幼く見せ、スモーカーは子供染みた報復の成功を知った。


「いい日に生まれたな」

「顔と言ってる事が一致してねぇが」

「それは見逃せ。しかしめでたいな、お前の誕生日もこうして祝えたら良いが」


まずお前に祝われる気がないのだから、都合がつきそうにもないが。
そう言って笑うドレークに解ってんじゃねぇかと返す。
女ならともかく、成人も過ぎた男となると祝う、祝わないなどという事に対して執着も薄れるものだ。
それも幼少から誕生日に大していい思い出のないスモーカーにしてみれば尚の事どうでもよかった。
それ故に、というと些か語弊があるが、通常の流れなら出てくるであろう「お前の誕生日は?」という問いがスモーカーの口にのぼる事はなく、この話は収束を見せるかに思われた…が。


「ありがとう、スモーカー」

「……あぁ?」

「お前がこの世に生を受けた事に対しての礼だ。祝いじゃないんだから良いだろう」

「……突っ込みてぇ所は多々あるが、何でてめぇが礼なんか言うんだ」

「ははっ、鈍感な奴だな」


一番言われたくない奴に言われてしまったが、そこには敢えて黙殺するスモーカーである。
一体何がどうなってありがとうに繋がるのか解らず、答を知る人物はほろ酔いでにこにこ笑っているばかり。
そうなると、力ずくで聞き出すのは無理だ。しかしながらスモーカー、生憎と弁の立つ男ではなかった。


「……で、何の礼だ」

「お前が生まれてなかったら、今此処にお前は居ないだろう」

「……まぁ、当然そうだな…?」


愚直に問えば、案外アッサリと答らしきものが返ってくる。いやこれは謎かけに等しかった。
楽しそうに笑っていたかと思えば意地の悪いヒントを繰り出すドレークに、悪酔いしやがってとスモーカーは眉を顰める。
それすら気にもかけず、そもそも気づいているのかすら怪しいが、ドレークは至極ご満悦な顔を崩さなかった。
笑っている間、一口も含まれる事のなかったドレークの酒は氷に薄まって水の膜が張っている。
カツン、とスモーカーのグラスに軽くそれをぶつけると水面が揺れてじわり膜が崩れた。
ドレークは悪戯が成功した子供のように笑っている。
一体何がドレークを喜ばせているのか、全く見当が付かず、スモーカーは訝しむ目を向ける位しかできなかった。


「おいドレーク、いい加減言えよ」

「これでも充分解りやすく言っているつもりだ」

「どこが充分解りやすいんだか解らねぇぞ」

「それはお前の理解力に問題があるのであって、俺の説明不足の所為じゃない」

「……ッチ、酔ってても口だけはよく回りやがる」

「はは、解っているなら反論しなければ良いだろうに」

「っは、寝言なら寝てから言えってんだ」


考えずに口を開けばポンポンポンポン言葉は出てくるもので。
内容だけ聞けばどこか喧嘩腰のそれは、けれども声音や表情から楽しんでいる事が解る。
青臭さの残る新兵時代は思いきり呷る飲み方ばかりしていたが、近頃は味わうという意味も理解してきた。
ちびちびと口に含めば減るのは遅いが舌先にじんわり名残りが感じられる。
ドレークはツマミ用にスモーカーが用意したクラッカーの残骸を指の腹に押し付け、ぺろり、赤い舌先で舐め取った。
常は身の周りに気を配っているドレークだが、スモーカーと居る時だけはこのように無防備な所を見せる。
それに優越感を得るなどとは、思っても言ってやらないが。


「なぁ、スモーカー。俺はお前に会えてよかったと思ってる。そりゃ、初めて会った時は何だこいつ来る所間違ってないか?此処海軍だぞ海賊じゃないんだぞ?って思ったけど」

「てめぇケンカ売ってんのかおい」

「恨むなら自分の強面を恨め。とにかく、だ。良かったよ、お前に会えて」

「……………言ってろ」


ほろ酔い悪酔い、絡み酒に笑い上戸、極めつけがこれとは反則だ。
臆面もなく言われ、みっともなくうろたえるのも嫌で、かといって湧き上がるくすぐったさも誤魔化すには難しく、結果、いつも以上に素っ気ない返答が口から飛び出していた。
ドレークは気を悪くする風でもなく、まぁそう言うなとグラスの縁を食みながら笑っている。
何だか思いきり惨敗した気分だ。しかし大変不本意な事に、不愉快ではない。


「なぁ、俺は幸せ者だと思わないか?スモーカー」

「……」

「…スモーカー?」

「…………ッチ、何でもねぇよ」


耳に届く声はどこまでも穏やかで、どこまでも優しい。
てめぇと出会えて俺も幸せだ、だなんて我ながら馬鹿な事を考えたものだ、と、スモーカーは照れ隠しに葉巻を噛み潰した。




















奇跡的な日常に君が居た
(お前が笑ってんなら、誕生日ってのもそう悪かねぇ)

























煙さんの誕生日祝いに。
誕生日自体に興味がなさそうな感じですが、突っ込まれると避けたい話題かなぁと(笑)




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