誰かの為に牙を剥いた










脚なんてもげてまともな歩行すらおぼつかねぇ。

そのくせその腕にはあまりある人間の命抱え込もうってんだ。


ガキのクセに、いやガキだからか。

諦めるって事を知らないその姿は、別に嫌いじゃない。



…青臭いとは思うが、な。















「ありがとう、ハインケルさん」


キンブリーが乗って来た車でプライドとかいうホムンクルスから逃げ出している最中、ぽつりとそんな声が隣で零された。
正直、この車のサイズ的にいえば、ガタイのいいアルフォンスと隣に座るのは文字通り肩身が狭くてきついのだが、今更停車してまで席替えをする余裕は時間的にも状況的にもなかったので、黙って我慢しておく。


「何だ、突然」

「さっきの事。セリムや、キンブリー達と闘ってた時に言ってくれたじゃないか」

「おいおい、何の話してんだ?」

「知らん。お前は運転に集中しろチョロひげ」


誰がチョロひげだっ!!などと運転席で声をあげている男の文句など右から左へ受け流す事として。
大して広げて欲しくもないこの話題を、さてどうやって終わらせたものか。
知らんと言った事に対して、驚いたようにアルフォンスが「覚えてないの!?」と食ってかかって来たが断じて覚えていない訳ではない。
数ヶ月前だとか数年前だとかならばともかく、事はつい先程あったばかりなのだから、忘れる方が難しいというものだ。
ただ単に、らしくない事を言っちまったな、と気恥ずかしいというかむず痒い気持ちになるだけで、そのむず痒さが、この話を続けたくはないという気持ちにさせていくのである。


「言ってくれたよね、どんな姿になっても大事なものを、」

「あぁ解った、解ったから最後まで言うな」


覚えてるから、と言えば漸く安堵したように溜息を吐くアルフォンス。
正直、中身がないのにどうやって溜息なんて出しているのかと不思議になるが、そもそも錬金術という代物自体が自分には理解の範疇を超えているとハインケルは理解する事を早々に諦めた。
まぁ、大凡便利なものであるという認識に違いはないのだろうとも思っているが、何にしても自分がそれを使えない以上は、考えた所で無駄である。


「でも、ハインケルさんが言ってくれたから、僕は賢者の石が使えたんだ」


だからありがとう、と。
鎧の顔では表情など解らないが声の質からして笑っているのだろう。
兄弟揃って嫌になるその真っ直ぐさが、どうにもやりづらい。
大体命のやりとりをしている中で、自分が危ないというのに他人を気遣うあの行動は、軍属であったハインケルからしてみれば理解できない事だった。
一人の人間としてならばまだ感情の部分的なものは理解できる。だからといってそれを実践できる人間がこの世に何人居るだろうか。
実践できたとしても、家族や友人位のものであるだろう事は否めない、何にしても連れになってから日も浅いハインケルを、わが身を張ってまで助けようとするアルフォンスの姿は、忘れろと言われても忘れられないだろう。
血縁の者など合成獣になる前から既に居なかったハインケルにとっては、合成獣になってからの生き方もそこまで苦ではなかったし、それなりに便利な所もあるこの身体を元に戻したいと祈る事は特になかった。
そういった点では、元に戻りたいと切に祈っているアルフォンスの心境を理解するのは難しい。
ただ、年齢は確か未だ子供の域であった筈だと思い至ると、少しやるせない気持ちにはなるのだが。
子供だから、未だに取捨選択ができないと言われればそれまでだ。
けれども子供なのに、何もかも護りたいと意地を張る姿は見ていて微笑ましくなってしまうのだから不思議なものである。
意外と子煩悩だったのかもな、と自己の分析を果たした所で、ハインケルは未だに自身へと向けられている視線に応える事にした。


「アルフォンス、感謝するならこっちだ」

「え?」

「お前が賢者の石を使う気になった、まずはそこだ。それがなきゃ、俺はあそこで死んでた」


あと、マルコー先生の腕も重要だったな。
付け加えると、すぐにチョロひげがヨキ様を忘れるんじゃねぇと叫んだ。
五月蠅い奴だなと片耳に掌を当てて顔を顰める。
マルコー先生は、いやそんな事はと一人謙遜しちまってるが、賢者の石があっても医療錬金術の知識が無ければ使い物にならなかったのは正直な所だ。
あの場に居合わせたのが、マルコー先生であった事は確かに自身の命を救ったのだと、ハインケルは一人感謝を浮かべる。
付け加えて言うなら、待機組が自分であって良かった。
他三人の合成獣ではキンブリーを一撃で仕留める事はできなかっただろう。
百獣の王がこの身に宿っていた事を、こんなにも感謝した事はない。


「でも僕が賢者の石を使う気になったのはハインケルさんが、」

「止めにしようぜ。オチがつかなくなっちまう」


いやお前が、貴方が、というやりとりは堂々巡りもいい所であるのだし、大体ヨキのでかい声で話は中断された物と思っていたのもあった、けれどアルフォンスがまだ言い募る物だから話はやけに長引いている。
軍人という職業上、そしてこんな身体になってからというものは余計に、他人から感謝の言葉を贈られる事には慣れていなかった。
大体、キンブリーに言わせれば生き残った者が勝者で、残っているのは世界がそれを選んだからだというのだから、誰がどうのというより結果が全てではないかとハインケルは思っている。
けれどそれをアルフォンスに言う気になれないのは、単純に彼の好意を踏み躙るのは如何なものかという躊躇いがあったからだ。


「お前も俺も、ついでにあの石もな、てめぇの大事なものを護る為に闘った。まだ生きてる。それでいい」


もっというなら、それだけでも充分な位なのだが、アルフォンスはもっと沢山の人間を救いたいと言うに決まっている。
控え目な性格かと思えばあれもこれも皆護りたいとまぁ欲張りな奴だが、そういう欲の張り方は嫌いじゃない。
あれもこれも皆消してしまいたい、などという破壊衝動より遥かに健全な我儘だ。
キンブリーも、あれはあれで欲張りな男だったが、あれの欲といえば戦闘の中にある人間の生き死にと自身の仕事が如何に芸術的に完成させられるかという点に特化していた為、薄ら寒いものしか感じなかった。あれと比べればアルフォンスの欲など可愛いもので、けれどキンブリーのそれよりもずっと難しい事だとも解っている。
生かす事は、殺す事よりもずっと難しいものなのだと。
解っているのは、ハインケルが軍属にその身を置いていたからか。
アルフォンスもそれを解らない訳ではないだろうが、それでも尚祈り、行動する事にこそ意味があると思っているのだろう。
そういう青臭さは、嫌いじゃない。


「まぁ俺が役に立てるのはここまでかもしれんがな」


誰にも聞こえぬ程小さな声で、囁くようにそう零した。
中央司令部に居る「お父様」とやらが話通りならば、ここからは錬金術師同士の戦いが主となるだろう。
そうなれば、合成獣といえど歯が立たない場面の方が多い筈だ。
合成獣は、傷つける事はできても一瞬での破壊や構築はできない。
当然ながらチョロひげことヨキも、足手纏いにしかならないだろう。
ならば何故未だに行動を共にしているのか、といえば野生のカンとしか言えないのだが。


「そういえば、ハインケルさんの大事な物って何ですか?」


まだその話は続いていたのか、というか随分食い下がってくるな。
不思議にこそ思ったが、わざわざ突っ込む事でもないかと放っておく事にした。
大事なもの、と言われれば、ハインケルは即座に自分自身だと返す自信があったのだが、何故かそれを言うのは躊躇われる。
アルフォンスはどことなく不安そうで、この子供の思う回答以外に何か言えば傷ついてしまいそうに思えた。
かといってそんなすぐに違う答が出る訳もなく、ハインケルはとりあえず重い溜息を吐く。


敢えて言うならお前らだなと言ったらどんなに嬉しそうな反応をするのだろう、と思いながら。



















誰かの為に牙を剥いた
(助かりてぇってのは勿論あったが、こいつを生かしてぇって思っちまったんだよな)
























やっちまった茨道への序章おめでとう俺こんにちはマイナー!
……もはやいつもの事です解ってるんだははん(泣笑)
22巻から23巻のやりとりが凄い好きなんですよね。
普通なら助けて死にたくないっていう所を自分置いてけば助かるかもって逃走を促すあたり獅子が男前過ぎて萌え死にそう。




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