奥様は番長










ある所に、金剛晄という男が居りました。

ある所に、秋山優という男が居りました。





二人はごく普通に出会い
(結局お前はどう思ってるんだ)
(……君が僕の意見を訊いたのって初めてじゃない?)

ごく普通に恋に落ち
(まァ、相思相愛なのは知ってるんだが)
(ねぇそういうの思い込みって言うんだよ?)

ごく普通に付き合い
(つまり俺が訊きたいのは)
(無視ね、はいはい無視ですか)


ごく普通に結婚しました
(キスしても良いかという事でだな)
(はいはいキスね……って、は?!何、いきなり)

しかし奥様には秘密があったのです
(そろそろ次のステップに進みたいんだ)
(次も何も始まってすらいないんだけど?!)

なんと、奥様は
(……しちゃいけねぇか?)
(ショ、ションボリするなよ僕が悪いみたいだろ!)




奥様は、番長だったのです
(…………いけねぇのか?)
(…っ……ほ、頬位なら)




…始まります。
(良いんだな!)
(ごめんやっぱり無し、無しだってばコラァっ!!)
(知ったことか!)
(ギャーッッ!!!!)










いつの間にか鍋を抱えて考え込んでしまっていたらしい。
白雪宮さんの呼び掛けにハッとして、慌てて仕度を再開したものの、ふとした瞬間に考えてしまうのはやはり金剛の事で。


(……今までのあれやこれやそれが本気だったとして)


仮定は仮定でしかないが、もし本当の本当に金剛が自分の事をそういった対象として見ているのなら、由々しき事態である。
そもそも指輪まで持ち出しての冗談など、ユーモアの欠片もないあの男には無理な話な訳で。
その、本気の(と仮定した)指輪を受け取ってしまった訳で。
その内飽きるだろうと、同居まで許してる訳で。


(…金剛からしてみたら、完全に受け入れてるって思うよなァ、普通)


それで、散々拒絶して、変態呼ばわりして…って、傍から見たら弄んでるようにしか見えないんじゃなかろうか。
いや、とお玉を握る手に自然と力がこもる。
少なくとも、あれを本気として受け止めたのは爆熱番長位だ。
自分と同じように冗談とか気紛れとかもしくは頭がおかしいとか、そう受け取る人間が大多数の筈。


(…だからって罪悪感を無視して良いって訳でもないんだけどさァ…!)


けど、そういう対象に見られているのなら普通感じる筈の嫌悪感とか不快感は無くて。
むしろ気恥ずかしいというか擽ったいというか…もっと言うのならうれ、


(わーわーわーわーっっ!!違う違うっっ!)


落ち着け秋山優。
お前は男で、女の子が好きな訳で、だから、落ち着くんだとにかくっ!

グルグルグルグルと、回る思考と同じように鍋の中を混ぜ続ける。


(冷静になろう。とにかく、落ち着いて、)


「出たぞ」

「っっ!!」


深呼吸でもしようかと思った瞬間、狙いすましたようにかけられた声には、驚いたって仕方がないと思う。
振り向くまでもなく声の主が誰か解ってしまって、だからこそ振り返れなくて。
体格が良いから、見なくとも感じる圧迫感からして結構な近距離だと解ってしまって、お玉を握る手に力が入り、身体が硬直した。


「……おい?」


(無視だ無視っ…!)


不自然なのは百も承知だが、何を言えば良いというのか。
どうにかこうにか身体を動かして、火を切る。
甘党と辛党で反発され合っても嫌なので、辛口と甘口の二種類を作った。
幸太か白雪宮さんか美人姉妹かとにかく誰か呼んで配膳に取りかからなければならないのだが、その為には背後の男を完全に無視する必要がある訳で。
捨て犬のような顔をしていたら、と思うと風呂の二の舞になりそうで振り返れない。


(僕は男で女の子が好きで男を好きになんてなれない訳でだから別に金剛に冷たくしたってそれが普通なんだから一々気にする必要なんて無いんだよ。うん、そう、だから動け僕の口!)


「……………………優?」

「っっ!耳元で喋るなっ!」


というか、名前で呼ぶのも馴れてきたらと言った筈だ。
口が動いたのは良しとするけれど、おもわず出しっ放しのまな板で叩いてしまった。
せめてもの救いは包丁でなかった事だが、まだ洗っていないまな板には玉葱の水分が残っている筈である。
あ、と思った時には既に遅く金剛の顔にはベッタリと水分がくっついていた。
流石に泣きはしないが、訴えるようにこちらを窺ってくる目が怖いというか可哀想というか。
今のは明らかに自分が悪い。


「え――っと……ご、ごめん…ね…?」


謝りつつ、布巾を手渡そうと差し出すが、金剛は顔を僅かに寄せてくるだけだ。
その目が「拭いて欲しい」と訴えているような気がするのはきっと気のせいだと思いたい。
しかしながら、非がある自覚をしている分、冷たく返すのもどうかと思い、けれど多少の腹立ち紛れとばかりに思い切り力を入れ拭いてやった。


「…考え事でもしてたのか」

「まァ…うん、そんな所」

「火を使ってる時にぼんやりすると危ねぇぞ」


まさか金剛を無視しようと頑張ってたなんて言える筈もない。
曖昧に頷くと、これまでの変態発言から一転して真っ当な意見を述べられる。
あんまり真っ直ぐな目で心配だと訴えてくるものだから、額から目元にかけてを拭うフリをして布巾で遮った。


「…はい、おしまい。とりあえず顔だけもう一回洗ってきなよ」

「あァ、ありがとな」

「へ、」


ちゅ、と。
極々自然な流れのように頬に柔らかいものが触れる。
視界を埋め尽くすのは太い首筋で、その向こうに目を丸くする爆熱番長と青褪める念仏番長がチラッと見えた。
柔らかい感触と共に離れていく首筋。取って代わって満足そうに笑う金剛の顔。


あ、と念仏番長が声をあげたとほぼ同時に、気付けば包丁を握っていた。


「卑怯番長、まだなの?もうお腹空い…」

「優兄ちゃん、俺もてつ、」

「幸太君、あっちに戻りましょうか!」

「え?何で、朝子姉ちゃん」

「良いから。ね!」

「う、うん…?」


そんな会話が聞こえてきたが聞かなかった事にした。
勢いよく、確実に急所を狙って投げた包丁は、金剛の手にあるまな板に突き刺さっている。
血の気が引いたかと思えば、一気に逆流してきたのではと思う位に頭の中がカァッと熱くなって、ブルブルと身体が震えた。


(ひ、人に見られた見られた見られたっ!!!)


論点はそこではなくとも、重大なのはそこなのだ。


「ひ、卑怯番長、殺生は良くないぞ!」

「大丈夫だ念仏番長。これもこいつなりの照れ隠しだからな」

「っっっっっっの、まだ言うかァ――――っっっ!!!」

「おっと…激しい愛情表現だな」


戸棚から引き抜いた刃物を全て投げつけたが、全部まな板で防がれる。
余裕ともとれる発言が余計にムカついて、出来立てのカレーをぶっかけてやろうと鍋を掴んだ瞬間、念仏番長と爆熱番長に取り押さえられた。


「お、落ち着け卑怯番長っ!口でなかっただけマシではないかっ!」

「そういうの気休めって言うんだよ!離してくれる!?」

「夫婦喧嘩はいくらでもすれば良いが貴重な食べ物を粗末にするのは熱くねぇ」

「夫婦じゃない!そんなに熱いのが好きなら君も一緒にカレーかけてやろうか!?」

「カレーか…悪くないかもしれんな」

「ちょっとそれこいつのプリンと同レベルだよね!?」

「おい、堂々と他の男にくっつくな」

「くっついてるように見えるなら眼科行ってこいよっていうか脳味噌看て貰ってくれば良いんじゃないの?!」


キッチンが戦場と化した頃、真っ白な皿を前に白雪宮さんを筆頭として弟妹達が空腹を訴え始める。
目の前の変態はともかくとして、可愛い弟妹達を放っておく事などできないので渋々力を抜こうとした…ら、


「まァ落ち着け。血圧があがるぞ」

と、いけしゃあしゃあ言うものだからやっぱりここで殺っておくべきかと本気で思った。
















step 6
夫婦喧嘩勃発

(っ〜〜!…幸太、手伝ってくれる?(後で絶対殺る…!))
(こ、金剛番長は我らと共に席で待とう)
(あ、終わった?じゃあ私達も手伝うわ)
(………とりあえず…包丁、片付けるわね…)
(ありがとう…(やっぱり女の子って良いなァ))




















金剛優勢…かと思いきや(笑)
人前での過剰なスキンシップは控えた方が良いですね。
あと一回位はろばろの家編やる…かな(遠い目)




あきゅろす。
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