日曜日のフルコース



休日の朝、前日の夜に散々体力を消費した秋山が起きる時間は遅い為、この日ばかりは金剛も秋山より早く起きる。

秋山が着衣の状態である事を確認し、肩まで布団をかけ直すと、金剛はベッドを下り部屋から出ていった。
















それから一時間が経っただろうか。
秋山の腕がモゾモゾとシーツの上を這い、何かを探すように動き出したかと思えば、探しものが見つからないのか目を擦り、欠伸を零した。


「…………焦げ臭い」


鼻先を掠めた臭いにポツリと呟きつつ、ボリボリと頭を掻きベッドから下りる。
昨夜の名残か、腰のあたりがダルい。
独特な倦怠感に眉をハの字にひそめるが、顔に集まる熱は逃がせないようだ。
ペタリペタリ、素足が奏でる音を耳にしながらも、部屋のドアを開ければより濃度の深い焦げ臭さが鼻についた。


「あ!兄ちゃんおはよう!」

「兄ちゃんご飯ー!」


次いで、弟妹達からの朝の挨拶と悲鳴混じりの懇願。
苦笑いが浮かぶのは仕方がなかった。
キッチンに顔を出せば、無惨にも割れた卵の殻と床を汚す黄身。それからブスブスと煙をあげるフライパンには玉子焼きと思わしき黒い塊があった。
予想通りと言ったら悪いが、予期していた惨状と落ち込む男の背中、そしてそれを励ますように男の足元にまとわりつく弟妹達を見ると、いつもは一人で立つ広いキッチンも、定員オーバー気味で狭く見える。


「優兄ちゃんおはよう!」

「おはよう、兄ちゃん!」

「ん。おはよう」


元気な弟妹に笑顔で返すと、男が背中越しに振り向いた。


「おはよう、金剛」

「………………おう」


やはり見事に落ち込んでいるらしい。
おう、と返したきりまた見えなくなった顔に、溜息はどうにか堪えて弟妹達に目配せすれば、晄兄ちゃんあっちで遊んでと子供達の声が響く。
そこまで現金でなくとも、晄兄ちゃんの肩車高くて好き、と子供が無邪気に言えば行かない訳にはいかないのだろう。
申し訳なさそうな顔をこちらに向けながら、キッチンを出ていった。


「…………にしても、派手にやったなァ」


とりあえず、床下の片付けは後回しにして、先に弟妹達のご飯を作らなければならない。
個々にそれぞれ友達の家に行くとか、友達と約束があるとか言っていたから、なるたけ早く作ってやらなければ。
焼け焦げた玉子焼きを皿に移し、さてやるか、と袖を捲った。



















行ってきます!と口々に言って家を出ていく弟妹達を、あまり遅くならないようにとの注意は忘れずに見送れば、時計を見上げると朝食には遅く、昼食には早い時間である。
今日は天気が良いので洗濯物に取り掛かりたい所だが、とりあえず空腹を諌めるのが先決だとキッチンに戻り自分用の朝食と、未だ居間で落ち込んでいる金剛の分をテーブルに運んだ。


「金剛、ご飯だよー」


無視などする男ではないので呼べばその内来るだろう。
二人分のカップに紅茶を注いでいると、重い足音が近付いてきた。


「緑茶切らしちゃってるから紅茶で良いよね?」

「……おい、それ」

「紅茶嫌?でも君、珈琲嫌いじゃなかった?」

「違う…それだ」


金剛の皿には自分で言うのも何だが綺麗に焼けただし巻き玉子。
自分の皿には金剛の作った、焦げた玉子焼き。
言いたい事を察しながらも、制止をかけられる前に一つ口へ放り込む。
砂糖の入れすぎか異常に甘ったるい。しかし焦げが苦く、複雑な味にジャリッとした殻の欠片はトッピングか。


「……今すぐ吐き出せ」


いかにも深刻そうな面持ちで大真面目にそう言うから思わず吹き出しそうになってしまう。
どうにか堪えて飲み下し、今にも異常が出やしないかと心配する金剛ににっこりと笑いかけた。


「原型を留めてる分、先週より上手くなってるよ」


先週は火の通しが甘くてグチャグチャだったのだから、箸で掴めるようになったのは大した進歩だ。
今度はどうやら焼き過ぎてしまったらしいけれど。


「僕だって最初からできた訳じゃないんだし。ね?」

「…けど、結局お前の負担になってちゃ意味がねぇ」


少しでも負担を軽くしてやりたいのだと、何の惜しげもなく真っ直ぐに告げられて、嬉しいやら照れくさいやら複雑な所だ。
現実的に考えるのであれば、確かに負担にはなっているかもしれない。しかしその気持ちが嬉しいとは思う。
思うのだけれど、何と言って返したものか、言葉に詰まって箸を噛んだ(あァ、行儀が悪い)


「…あー…うーんと…ゆっくりで、良いと思うよ…?」


卵を無駄に消費されるのは少々困るけれど、努力しているのが解るからそこは敢えて言わない。
厳しくした方が、良いのかもしれないけれども、傷ついた顔はなるたけ見たくないし、させたくないと、そう思うのは明らかな私情でしかないけれど。
しかし、段々上達しているのは本当の事なのだ。


「あと、そんな急に上手くなられると、僕の立つ瀬が無くなっちゃうじゃないか」


茶化すように肩を竦め、そう言えば、やっと金剛が頬を緩めた。
やや苦味を交えたその笑みはけれども一応笑顔なので安堵する。


「ホラ、僕の作ったのも食べて食べて」

「……美味ぇ」

「まだまだ金剛には負けられないからね」

「…何笑ってんだ?」

「んー?ふふっ、内緒」


多分に、彼がどれ程腕をあげたとしたって、彼の笑顔が無ければどんなフルコースも美味しく感じはしないのだろうな、だなんて気障な事を考えたら、不覚にも笑えてしまった

























日曜日のフルコース

(あ、悪いと思うならキッチンの片付け手伝ってよ)
(任せろ)
(それから後で洗濯物干すからそれも)
(…あァ)
(そうそう、買い物の荷物持ちもよろしく)
(……本当は怒ってるのか?)
(嫌だなァ、卵3パック無駄にしたからって怒る訳無いだろ?金剛ってば疑い深いんだから)
(っっ………!(来週は気を付けよう…!))

























5555番を踏まれたはいなん様に捧げます

リクエスト内容
『金剛×卑怯(秋山でも可)二人でご飯』




あきゅろす。
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