ハッピーハロウィン
昔は何だって欲しいって言えたのに。
今は欲しがるばかりな自分が恨めしくて情けなくて。
少しでも、あの人の笑顔が見たくて見たくて欲しくて。
「と…とりっくおあとりぃと」
発音に問題のある言葉を聞いて、相手の目が僅かに見開かれる。
まさか高校生にもなって、かもしくは発音に関してか。
とにもかくにも居心地の悪い事に変わりは無い、と磊は言うんじゃなかったと内心で己を詰りながら相手を見やった。
はろばろの家では、昔からハロウィンの日には目の前で瞠目している彼お手製のお菓子が配られている。
幼かった頃は現金にも喜び勇んではろばろの家を訪ねたものだが、もうすっかりご無沙汰である。
というか、中学の頃、彼を好きだと自覚する直前に何だか気恥ずかしくて突っぱねてしまったのがいけなかった。
断った時の、少々物悲しそうな顔が忘れられない。
あんな顔をさせるつもりじゃなかったのに、と中学の時から今日に至るまで毎年言おう言おうと思っていた。
そして今年は、長い事言い慣れていなかった言葉をやっと口に出来たのであるが。
「…えーっと、磊君も要るのかな?」
「あ、そ、そう!…あれば、だけど」
もしかして、言うのならば前もって言うべきだったか。
当日に言っても困らせるだけだという事にたった今気づいて、磊は自身の顔から血の気が抜けていく感覚に頬を引き攣らせた。
無い、とはっきり言う彼ではない。
もしも無いのならばと何か打開策を考えてくれているのだろう。口元に手を当てて考え込む姿は邪な思考がある所為か大人の色気というか何というか…じゃなくて。
「…磊君」
「ぇ、あ、何っ!?」
「うん、悪いんだけど磊君にあげられる分が無いんだよね」
「…あー……いや、良いんだ。いきなりだったし、」
「だからね、悪戯で」
「…………は?」
はい、と言わんばかりに両手を僅かに広げる受け入れ態勢をまじまじと見返す。
一瞬何を言われたのか解らなかったので、ついつい妙な声をあげると、柔らかく微笑む大好きな彼。
「だから、お菓子あげられないので、悪戯で我慢してくださいって、こ…と…………」
彼の目がこれでもかという位に丸くなるのと、パタパタと赤い液体が地面に落ちるのはほぼ同時だった。
慌てて鼻先を押さえたものの、大丈夫?と心配して寄ってくる彼には近づきたくない。というか、今は近寄らせてはならないと本能が告げる。
昔ならば、悪戯と言われれば油性マジックで落書きとか、そういう可愛らしい(とも言い切りがたいが)悪戯を思いついただろうに、十代も半ばを過ぎた思春期の男子高校生にはいかがわしい想像ばかりが浮かび上がる。
むしろそれは想像と言うのもおこがましく、妄想と言うのに等しいものだった。
「ら、磊君っ!?」
「だ、だい…ぶ、だからっ……」
「あァ、ホラ、力づくで押さえないでそこ座って。上向くと飲んじゃうから、少し下向いてて」
「わ、わがっだ」
パタパタと部屋を出ていく小さな背中を見送りながら、うっかり鼻血を吹いた自身の情けなさに肩を落とす。
これじゃあ盛りのついたサルのようである。
戻ってきた男の手には脱脂綿とティッシュが握られていた。
受け取ろうと手を出す間も無くティッシュで手についた血を拭き取られ脱脂綿を鼻に詰め込まれる。
「鼻、上から押さえてて。あァでもあまり力を入れすぎないように」
「ふぁい…」
「磊君って鼻の粘膜弱かったっけ?」
「……」
いやあのこれは鼻の粘膜というか妄想が自身には過ぎたものだったというか……。
どうにも答えづらいもので、黙り込んでいるとお大事にねと優しい言葉がかけられる。
あぁやはり情けない…と落ち込んでいると、ポンポンッ、と宥めるように肩を叩かれた。
にこりと笑う彼の顔を見ていると、自分まで笑顔になれるから不思議なものだ。
「Trick or treat?」
「へ?」
「磊君は、僕にくれないの?」
それとも三十間近のおじさんが欲しがったら駄目かな?と首を傾げてみせる姿は本当に三十になるのかと疑わしい位可愛らしい。
「ぇ、俺っ、今日何も…」
「そっか。なら、」
しかし彼にあげられるものなど自分は持っていないので、どうしたものかと困惑していると肩を叩いた時と同じ位自然な動作で頬に彼の唇が触れた。
ちゅ、と。
「………………………………………………………………」
「悪戯ね。奪っちゃった…なーんちゃって」
あはは、と笑い、ごめんね気持ち悪かった?と窺ってくる目の前の可愛い生き物に、頭の中に熱湯を注がれたような気がする位熱くてクラクラする。
「っら、磊君!?!?っちょ、だ、大丈夫!?」
(……今なら俺死んでも良い………………!!!!)
とりあえず、出血は暫く止まりそうにない。
まだまだ片思い。
卑怯はからかうつもりだったのに、あまりにも純情で過剰な磊を見て後に猛兄貴に謝るといいです。
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