可哀相なジャック






暗い暗い闇の中に浮かぶ小さな小さな明かりは。

与える者には救いでも。

与えられる者には何の気休めにもならない。









ただ立ち止まらないでいるには、歩き続けるしかなく。

けれど道々に続く明かりは、儚い希望にしか見えず。



その先に行けば誰かが居るのかと、期待させておいて在るのは小さな明かりだけだなんて、なんて、酷い仕打ち。






















「Trick or treat?」


突然やってきて掌を前に広げてくる男はかぼちゃに彫られた顔のようににんまりと笑っていて。
何だ突然、と聞き返そうとすれば先手を打ったのは相手だった。


「ねぇ、ジャックオーランタンの伝説は知ってる?」

「………種火のウィル。ウィル・オー・ザ・ウィスプとも言うな。それがどうかしたのか」

「なーんだ、知ってたの」


つまらない、と言わんばかりの顔で更に突きつけてくる掌を押し返す。
鬱陶しい、と全身で訴えているのだが、直接口で言っても利きはしない男には全くもって無駄な行動である事を悟った。
そうなればあとは無視をすれば良いだけの事だが、それをしようにもできない状態なのだから致し方が無い。
何度目になるのか、味を占めた優は猛を実験台に発信機やら盗聴機やらと本人には黙ってくっつける事が増えた。
己が未熟だから致し方が無いと思えばまだ良いのだろうが、流石に何度も繰り返されれば警戒心も濃くなる。
優と出会った直後には必ず服を調べ自分が届く範囲に触れて確認しているというのにいつのまにかくっついているのだ。
そんな繰り返しの一部、と言えるのだろうか。
今現在、猛には秘密裏に付けられた発信機は優の手によって外される予定である。
無視をして話を拗らせるのも堪らない、と猛はどうしたものか室内に目を走らせた。
研究員の一人でも何か食していれば救いになるが、生憎そんな不真面目な人間が猛を前にして現れる訳も無く(ならば普段はどうなのかと問われればまた別の話だが)また、甘いものなど持っている筈も無い猛本人は苦々しい目を優に向ける。


「……甘いものなんぞ持ってないぞ」

「そりゃ、君が持ってるって言ったらそれはそれで怖いから遠慮するけど」

「…最初から悪戯をする気だったのか?」


悪戯、といっても相手が優では可愛げの欠片も無い悪戯である事が目に見えている。
出来る事ならば、というかむしろ喜んで遠慮したい所だ。


「そうだなぁ…ジャックのお話してよ。子供に聞かせるみたいにさ」

「…………」

「うわー、心底嫌そうな顔」


おもしろーいと笑う優の遥か後方では研究員達がハラハラしたように見守っている。
だが猛はそれに気づかず優をジトリと睨み、優は気づいていながら素知らぬフリをして笑っていた。


「……昔、ウィルという、口は巧いが卑怯で素行が最悪な鍛冶屋の男がいた」

「昔々、でしょ?」

「っ調子に、」

「発信機、取らないでおく?」

「っっ…………昔々、ウィルという、口は巧いが卑怯で素行が最悪な鍛冶屋の男がいた」

「うんうん」


優とてその話を知らない訳ではない。
ある種、これが悪戯に等しい行為ではないだろうかと思ったが、猛には選択の余地など無いのだからと仕方なく話し続けた。


「男は―――――…



男は死後に死者の門へ着いたが、そこで聖ペテロという天国と地獄の選択権利を有す者を騙し、現世に生き返った。

しかし生き返った後も男が反省する事は無く最悪な素行は変わらなかった。

その為に再び死者の門を訪れた際、聖ペテロから「お前はもう天国へ行くことも、地獄へ行くことも許されない」そう言われ、男は暗い闇の中を漂う事となってしまった。

その男を哀れんだ悪魔は、地獄の劫火から轟々と燃える石炭を一つ取り、男に明かりとして渡した。

……ジャックというのは、男の一般的な名前として使われているものだからジャックオーランタンとつけられた…これで満足か?」

「んー…子供に聞かせるには淡々とし過ぎ。40点」


誰も高得点を狙ってなどいないが、あんまりな言いように眉を寄せる。
カシャン、という音と共に肌から僅かに離別する感触がして、猛はすぐさま席を立った。
何度も実験台にされていながら、猛はいつも装置を外す度すぐに退室する。
優を詰るでも殴るでもなく、研究員達を睨むでもなく。
だから調子付くのだと、優本人は内心舌先を出して笑いつつその背中を見送るのだが。


「あ、ちょっと待って」


今日は些か勝手が違っていたようで、優が猛を呼び止めた。
面倒そうな素振りを見せながらも、内心は常と違った展開に違和感を感じつつ振り向いた猛に、優が何かの袋を押し付ける。


「あげる。話の御礼?みたいなものかな」

「…………俺は甘いものは好かない」


透明な袋の中にはクッキーや包装紙に包まれた飴が詰め込まれていて、口ではそう言いながらも突き返す事無く猛はそれを受け取った。
それを満足そうに眺めて、優は笑い、そして口を開く。


「…知ってる?ハロウィンにランタンをつけるのは、皆がジャックを哀れんでるからだよ」


でも明かりなんて何の救いにもならない。

甘いものでもあれば、少しは気が紛れたかもしれないのにね。




















* * *


















「……古いものほど残っているものだな」


口に入れるには気が引ける、受け取ってから一年も経った菓子を見下ろし、猛は呟く。
言った通り甘いものがあまり好きでは無いので、食す事は無く、だからと言って捨てもしなかった袋を、今度は躊躇い無く部屋の隅に鎮座する屑篭へ放り込んだ。


「…………」






『…知ってる?ハロウィンにランタンをつけるのは、皆がジャックを哀れんでるからだよ』






優があの日何を言いたかったのか、猛には一年が経った今でも解らない。






























この場合ジャックは優か猛のどちらなのかな。
この二人だと明るい話って書けない……!(汗)



あきゅろす。
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