ずるい大人達の会話










気づかないフリをするのはいけないこと?

知らないままの方がいいことがあるでしょう?

変わらないままでいた方がいいことだってあるでしょう?






























薄っぺらなパンフレットは大きな掌には玩具にしか見えない。
不意にローテーブルへ放り投げられたそれはパサリと僅かな音をたてて閉じた。


「そうか、やはりあれが犯人か」

「原作をアレンジしたっていうから期待してたんだけど。トリックはお粗末だし動機も弱い。まァ、観に行かなくて正解だったんじゃない?」

「で、一緒に行った奴は?」


ティーカップをソーサーに置いた所でそう問われ、つい間が空いてしまった。
目の前の男は常日頃から自身の強さに対してしか固執しない(まぁ一部の人間に対しても気は配っているようだが)
そんな男が連れ立ちを気にするとは、何とも珍しい。


「聞いてない?磊君と、」

「それなら聞いた。だが、この内容はあれには少しつまらんだろう」

「だね。豪快に寝てたよ」


まぁ、おかげで退屈はしなかったけどね。と笑う。
何ともつまらない内容には欠伸こそ漏れるが隣で鼾をかく少年の鼻を摘んだり、本を顔に被せてやったりと、構っていれば時間が過ぎるのも早かった。
その後の食事中では終始沈んでいた少年を思えば、つまらなかったよねと話を振るのもわざとらしくて躊躇われたけれど。


「君には似なかったんじゃない」

「そうだな」

「随分とアッサリ認めるね」

「俺には男を好きになる趣味など無い」


カチャリ、とソーサーがずれカップが音をたてた。
腰掛けたソファーはそれなりに値が張るだろうに、真向かいで腰を落ち着ける男の規格外の体格にありえない程へこんでいる。
しかし、この家ではそこが彼の定位置なのだろう。
ずっしりとした圧力を纏い、こちらを見やる顔は『父親』のそれだった。


「……何のことかな」

「あれはお前に惚れてる。それに気づかない程、鈍感な男でもないだろう。諦めるように言ってやるのがあれの為だ」

「何も言われてない内から?それじゃあ勘違いも甚だしいじゃないか」


気づいては、いる。
あれは何時だっただろう。
あぁ、確か身長を追い抜かされた頃だ。
ふと振り返った瞬間、あの子の目が真っ直ぐにこちらを見下ろしていた。
それは本当に真っ直ぐで、そして、異常な熱を宿して。
言葉よりも雄弁に語る瞳は、真っ正直にそこに在った。


あんな熱烈な視線、気づかない方がどうかしている。


「言いづらい雰囲気にでもしてるんじゃないか」

「失礼しちゃうな。誰が好き好んで若い子を弄ぶと?」

「言わないならけしかけろ。無駄に色気でも振り撒け」

「……君、自分の息子を同性愛者か犯罪者に仕立てあげたい訳?」


昔ならばともかくとして、小さかった少年は随分と逞しくなった。
体格はよくなったし、腕力もそれに伴い増している。
十年前ならばともかくとして、今では腕力も落ちてきた自分では若い性の暴走から逃げ切るのは難しいだろう。
そうなれば、受け入れるか拒絶するかだが、受け入れた場合は漏れなく同性愛者の、拒絶した場合は最悪で犯罪者のレッテルが貼られるのは必定である。
そもそも男の自分に、男をけしかけられるような色気がある筈も無い。
相も変わらず無茶苦茶な提案をする男だ。


「…まぁ、お前とあれがくっつくこと自体は然して気にもならないのだが」

「…そこに関しては少し気にして欲しい所だけどなァ」

「聞け。今のままで、進みも退りもしない状態を続ければ最悪な事態になるんじゃないかと心配なだけだ」


最悪な事態。
考えるだけでも眩暈がしそうだが、それはきっと、あの少年が『進みも退りもしない状態』に耐え切れず行動を起こす事を言っているのだろう。
例えその行動に対し、自分が許しを与えても、あの少年は心根が優しいからひたすらに自分を避ける事など想像するまでもない事だ。
そうして関係は恐ろしい程に悪くなり、児玉一家との関わりも真向かいで座る男と顔を合わせる事も無くなる。


「……何、意外と君って僕のこと気に入ってたりする訳」

「ふん、映画やら小説やら、くだらん話をわざわざ振りに訪ねてくるのはお前位だからな。弟の方は薄情にも顔を見せに来ないし、お前でも暇潰し位にはなる」

「ふーん?…金剛に会いたいなら、伝書鳩でも出せば良いのに。意地っ張り」


変なもので、男の弟は未だに携帯電話という文明の利器を扱わない。
そして児玉家でも、母親代わりをしている女性と彼の息子は持っているのに彼自身は持っていないのだ。
いつまでも原始的であるが、しかしそういった融通の利かない所もそれなりに気に入っている。


「…出した所で返っては来ない」

「出したのかい?」

「…出してない、が」

「出さなくとも解る?君の悪い所は、頭でっかちな所だ」

「…………………今は俺の話じゃないだろう」


むすっとした顔が笑いを誘うが、今ここで笑うのは懸命ではない。
第一、自分とて笑えるような状況ではないのだから。
大好きだと全身で表現するあの少年が、いつかいつか自分にそれを言葉にして伝えてきた時、自分はどうするべきなのか。


「…………大人は、ずるいよねぇ」


変化は求めない。安寧だけ。穏やかな日常だけ。
今のままでいる事が一番いい状態なのだと、そう考える。
少しの拒絶で落ち込んで、泣きそうな目が嫌わないでくれと懇願して、少しの優しさで浮上して、大好きだとその笑顔が語る。
居心地のいい、自分に恋慕を抱く少年には残酷で、けれど健全なまま。


「……今のままじゃ、駄目なのかな」












気づかないフリをするのはいけないこと?

知らないままの方がいいことがあるでしょう?

変わらないままでいた方がいいことだってあるでしょう?








あぁけれどもあの子は変化を求めるのだろうか。

何も恐れず真っ直ぐに自分を求めるのだろうか。





(僕はそれが――――――……少し、怖い)
























ずるい大人達の会話

(まぁ、精々悩め)
(うわ、他人事?……そっちも、金剛に伝書鳩出したら)
(…………まぁ、追々な)

























気づいてるに決まってるんですよ大人達は(笑)
本人の預かり知らない所で親公認になりましたね。
磊出てないけど磊×卑怯と言い張る!!(埋まって来い)



あきゅろす。
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