目指すのはあの人の隣






目の高さが同じになって驚いたのは中学の時。
何で驚いたのかなんて解らない。

ただ今までずっと見上げていた人の目が、いつも伏し目がちにこちらを見下ろす目が、真っ直ぐに自分を見た事に驚いた。


それから時が過ぎて、それと共にまた身長も伸びて。
見上げていた人を見下ろせるようになって。
その背中が実は小さかったことや、その気になれば折れそうな位に頼りないと、初めて思って。

多分、あの人をそういう意味で好きになったのは、中学の時だったんだろう。



















「児玉君」


冬も目前に控えた十月の日。
クラス委員の女子が怒り顔で腕を組み仁王立ちしている。
何かしただろうかと帰り支度を一旦止めて向き直れば、小さな箒が押し付けられた。
そういえば、今日は掃除当番だったっけ。


「……あー…み、見逃してくれねぇかな」

「駄目。昨日もそう言ってたでしょ」


ジト目で見据えられればそれ以上反抗もできない。
解った、と降参して掃除を始める前に待ち合わせの相手へ遅刻のメールを送っておく。
あぁでもあっちはせっかくの休日なのに俺がちょっと観たいかもと言っただけの映画の為に時間を割いてくれているのに、と申し訳ない気持ちで一杯になりながら携帯電話をポケットに押し込むと、女子が困ったように笑った。


「彼女?」

「か、彼女っ…!?いや、違ぇけど……」


そうだったら良いな、とは思ってる。
けれどそれを言うには躊躇いがあり、曖昧に誤魔化す。
一方的な片思いに等しい感情は、行き場を無くし常に自分の中をさ迷っているから。


「でも、好きなんでしょ?」


見透かしたような言葉におもわず詰まった。
好き、ではある。この想いはとうの昔に認めていたからそれを肯定するのに対しての抵抗はあまりない。ただ、問題はそれが押し付けになっていないかどうかだ。
いつも笑って許してはくれるけれど、どこまで解っていて受け入れてくれているのかは解らなくて。
そんな事を気にするのは、自分が子供だからなのだろうか。年の差、とか、性別、とか、そんなものは小せぇ事だと思っているのは多分に自分だけで。
個人の価値観、なんてものは難しすぎて自分には解らないけれど。


「他校なの?いつも急いで帰ってるけど」

「他校…っつーか。年上、で」

「いくつ?」

「あーっと…確か、あと1、2年で30歳…?」

「……随分年上ね!」


意外だわ、と言われて何がどう意外なのかと首を傾げる。
彼女が言うには、何でも月美と付き合っているんじゃないかと周囲は思っていたらしい。
月美は確かに可愛いが、昔からの親友みたいなものであるし、月美自身も自分の恋に対しては協力的である。
そういった意味では他の女子よりも随分と親密な関係であると言えるだろうが。


「年上かぁ…大変だろうけど頑張ってね」

「あ、あぁ」

「あ、でも掃除を終わらせてから帰ってね」


しっかり釘を刺されてしまった。
泣く泣く箒を動かし始めて、大した間も無くポケットに突っ込んだ携帯電話が震える。
小刻みに震えるバイブはメール用のものだ。
クラス委員に見咎められないように(何となく気恥ずかしいので)そっと開くと、


『僕も今家を出た所だから遅れます。多分調度いいと思うし、気にしないでゆっくりおいで』


という文面に、気後れする。
あの人が誰かとの待ち合わせに遅刻することなどこれまで見た事も無い。あぁ、これは自分を気遣った嘘なのだと、気づいてしまえば申し訳ないながらも嬉しいという不謹慎な気持ちに浸ってしまうのはもう不可抗力に等しい。
ごめん、とありきたりな文しか思いつかない自分が不甲斐ない気もしたが、結局そのまま返信した。


(甘えちまってるよなぁ…)


不甲斐ない情けない。
大人のあの人相手に自分はあまりにも子供染みていて。
背格好がどんなに成長したって、中身が成長してなきゃ意味が無いのに。


(……なっさけねぇーの)


いやいや拗ねてる場合じゃない、こうしている間にもあの人は自分を待ってるんだから。
急がなければ、と箒をさかさかと動かし始めた。
































思っていたよりもずっと遅くなってしまったので、掃除場所の確認を担当する教師が来る前に抜け出てきた。
クラス委員は、仕方ないなと笑っていたけれど、多分明日の放課後も仁王立ちしているのだろう。
頑張ってね、と残された彼女の言葉を反芻しながら待ち合わせ場所まで辿り着くと、両手を温めるようにして缶コーヒーを持つあの人が片手を放してヒラヒラと振った。


「やァ、意外と早かったね。映画はもう始まっちゃったけど」

「っご、ごめん……!」

「ははっ、嘘だよ。まだ始まってないし、大丈夫だから」


やはり随分と待たせてしまったらしいと慌てて頭を下げれば後頭部をポンポンと撫でられた。
顔を上げれば、その掌は頭には届かない。
それが勿体無いとは思いながら、いつまでも頭を下げておくのは不審がられる要因になってしまうので仕方なく顔を上げた。


「映画見たら、ご飯でも食べていこうか。高校生はファーストフードとかの方が良いのかな?あァ、でもご両親に言ってきてないんだっけ?」


飲み終えたのか缶をゴミ箱に入れて腕時計を確認しながらもつらつらと述べられる言葉に対し、反応を返すよりも理解するだけで精一杯だった。


「あんまり遅くなると心配しちゃうよね?」

「……」

「磊君?」

「きょ、今日、夜遅くなっちまっても良いのかよ…?」

「うん?夕飯の事とか、幸太達に頼んできたし、もう下の子達も子供じゃないからね」


まさかそう言って貰えるとは思っていなかったので、思わず口を開いたままのマヌケな顔をしてしまった。
磊君?とまた呼びかけられて、慌てて大丈夫だと返す。
映画を見たら足早に帰るのだろうと思っていたが、予想外の事態は嬉しいものであり(何せ二人きりだ!)浮き足立ちそうになってしまう。


「…あ、で、でも俺今日映画の金しか…」

「大丈夫大丈夫。こういうのは年上が払うモンだから気にしないで奢られなさい」


あ、これチケットね。と渡されてしまえばもう反論のしようもない。
洗練された大人の気遣いには、もはやどうしたって脱力するしかないではないか。


「実はね、この映画観たかったんだけど、一人じゃ行きづらくてさー。磊君が観たいって言ってくれて助かったと言うか…だからお礼って感じでさ」


ね?と微笑まれれば降参してしまうのは解りきった事。
そうとは知らなかったけれど、結果的には彼を喜ばせられた訳だからよしとしておくべきだろうか。
あァ、しかし、やはり好きな人に奢らせるだなんて男としてどうなのだろう。


「…あ、のさ」

「ん?」


先を歩く背中は小さくて頼りなくて、自分よりもずっと壊れやすそうで。
守りたいって、昔思ったのに。
まだまだ自分は甘やかされて守られて。
情けないとか、男としてとか、小せぇことばかり気にして、かっこ悪いかもしんねぇけど。










「…俺、頑張るから」

「うん?」












いつか、その隣に立てるように。

























目指す場所はあの人の隣

(わ、まずい。急いで磊君!)
(うん!(今は、追いかけるしかないけど))

















映画は…きっと恋愛物かマイナーなサスペンスもの。
後者の場合、磊は寝ちゃってご飯食べる時に落ち込んで秋山は予測してたから映画の内容には触れないで後日猛兄貴とパンフレット見ながら盛り上がって磊は後々ショックを受ければいい!
月美ちゃんは金剛にひたすらアタックするかちゃっかり彼氏を作ってればいい!!



あきゅろす。
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