本当に欲しいもの




欲しいもの、欲しいもの。

会いたい、会いたい、早く。




ついつい貧乏揺すりしてガタガタと鳴る机。
チャイムが鳴り響き、担任が話している間に鞄に教科書を力任せに詰め込んで。
その拍子に、鞄の底でメール着信用に設定した色のランプがチカチカと灯っている携帯電話に気づく。
鞄の中に腕を突っ込んだままなるたけ音をさせないように携帯電話を開いて、メールを見れば有力な情報提供者からのもの。


『今買い物に出た』


了解、ありがとな。と送り返してパチンと閉じる。
担任が終了を告げた途端、日直の号令を待たずして教室を駆け出せば「児玉、まだ終わってないぞ!」という怒声が響き渡った。











時計を確認しながら右に曲がって左に曲がって右に曲がって真っ直ぐ行った所をまた右に曲がって、その先に見えるT路地を前に駆けていた歩調を緩めてゆっくりとした歩みに変える。
一歩、二歩と進んでいけば伸びた影が曲がり角の向こうから見えてきた。


「……あれ、磊君」

「こ、こんにちはっ!!!!!!」


勢い余って大きすぎる声が出たらしく、相手は僅かに眉を寄せたが、あ、と慌てて口を押さえる自分を見て柔らかく微笑む。
それは苦笑にも似ていたけれど、怒られなかった事に対しての安堵の方が大きくてホッとする。


「偶然だね、今日で4回連続かな」

「そ、そ、そそそうですねっ」

「高校、終わるの早いんだね」

「あ、まァ…」

「それで、今日もこれから行く先は偶然スーパーなのかな?」

「えっと、あぁ、うん、じゃなかった!はいっっ!」


そこはかとなくばれているような気がしないでもない口ぶりに些かしどろもどろになりながらも頷くと、相手はさっさと歩いて行ってしまう。
怒らせた?と硬直していると、数歩先を歩いていた相手が背中越しに振り返った。
それから、にこりと笑って、




「一緒に行かないのかい?」

「っっ……い、行く!!じゃない、行かせて頂きます!」




餌を与えられた犬じゃあるまいし、喜び勇んで駆け寄ればよろしい、と肩を叩かれる。
自分よりも低い所にある黒髪のつむじを見ていると、ついつい手を伸ばしたくなる衝動に誘われながらもぐっと我慢。
がっついて嫌われたくはない。
大人の男である相手に、少しでも子供じゃないと思って欲しいから、慣れない我慢に我慢を重ねて。


「あァ、それから敬語だけどね。面白いけど無理しないで良いよ?」

「お、面白い……」


…ちょっと、というかあまり上手くはいっていないようだけれど。
密かにへこんでいると、クスクスと笑う年上の人。


「だって、こーんな小さい頃から知ってるのに敬語なんて使うような堅苦しい関係じゃないでしょう?」

「……い、いつまでもガキじゃねぇ、ですよ」

「うん?ふふっ、そうだねぇ」


こんな小さい頃、という言葉から大して大人のように見られてはいないと思い落ち込み、かと思えば堅苦しい関係じゃない、という言葉に親密な、と勝手に付け足して喜ぶという複雑な心境。
つい反抗的な口調になってしまったのはともかくとして、自ら子供でないと主張するのは子供の証だと笑われているようで居た堪れなかった。
敬語なんて、本当に無理をするものじゃない。
微笑む横顔をそれとなく見やると、不意にこちらをチラリと見上げた。


「いつの間にか随分と大きくなったし、また伸びた?」

「ぇ、あ、うん。金剛の兄ちゃんよりはまだ小さいけど」

「いつか追い越すのかな。やっぱり血なのかもね」

「どうかなぁ。愛子母ちゃんは小さかったらしいから」

「男の子はね、育つのが仕事。いやぁ、でも大きくなったもんだ。これじゃあ、小さかった頃の話なんて失礼だったね?」

「そうだよ!俺だってもう子供じゃないんだから」

「小癪にも幸太と通じてるみたいだしね?」

「そうそうっ!……っっっっっっえ!?!?!?!」


あ、と思った時にはもう遅かった。
ピタリと立ち止まった相手に自分の足も自然と止まる。
穏やかに微笑んでいた顔がニタリと歪なものになったかと思えば纏う空気さえ重いものとなった。


「っあ、いや、そのっ!」

「やーっぱりね……大体、4日連続の偶然なんて偶然とは言わないんだよ?幸太を使う事を考えたのは褒めてあげるけどね」

「……ご、めん…」

「………………はぁ」


溜息。
それから沈黙。
あぁ駄目だ今度こそ嫌われた…そう思ったら、何も言えなくなる。
そこから余計に広がった沈黙に、暫くしてからまた相手が溜息をつく気配。


「………そう落ち込まないの」

「…だって…怒ってるんだろ」

「誰も怒ってるなんて言ってないよ。ホラ、そんなしょぼくれないで」

「ほ、本当……?」


嫌わないで嫌わないでと念を込めて相手を窺う。
苦味の混じった笑みと共に、額に指先が勢いよく叩きつけられたが大して痛くもない。
可愛げが無いから少しは痛がりな、と叩かれた所を相手の指が先程とは打って変わって優しくなぞった。
カッと身体中に熱が灯ったみたいになって、おもわずその掌を掴んでしまう。


「……………………あ。や、ごめっ」

「懐かしいねぇ」

「へ?」

「昔、何度かこうやって手を繋いだよね」

「あ、う、うん」

「何だか懐かしいから、スーパーまで繋いでいこうか?」

「へ…………………」


何気なく零された提案に対し、自分は相当なマヌケ面をしたと思う。
嫌なら、と言いかけた相手の手を、答えるよりも早くギュッと握り締めた。
そんなに力入れなくても大丈夫だからと苦笑されて、胸の奥の方がほんわか暖かくなる。
『偶然』出会った路地からスーパーまでの道のりは、僅か数分で着いてしまうけれど。
それでも、繋いだ掌は、自分が昔当然のように握っていたもので、そして今は躊躇して握れないけれどずっと欲しかったもので。
嬉しさに緩んだ頬は、伸ばされた手に抓られた。






「変な小細工なんてしなくたってね、手くらい何時だって繋いであげるよ」












欲しいもの
欲しい物

欲しい、者。






本当は、掌よりも彼自身が欲しい、と。

伝えられる日は、もう少し遠いかもしれないけれど。
























本当に欲しいもの

(…でも普通、30間近の男と高校生が手を繋ぐのっておかしいかな?)
(俺は気にしねぇよっ!!)
(……(いや僕が気にするんだけど…ま、良いか))

















やってしまった……!
いやあの試験的にというか……!!!!(汗)
この後スーパーからの帰り道荷物持ちを申し出てご飯を食べていけばいい!
そして幸太は兄ちゃんにコッソリ小言を言われてから磊にバレたごめんと漢謝りされればいい!!(幸太可哀相)
さりげなく愛子さん出しましたが父ちゃんとサソリさんと住んでます(いいよそんな裏設定)



あきゅろす。
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