奥様は番長










ある所に、金剛晄という男が居りました。

ある所に、秋山優という男が居りました。





二人はごく普通に出会い
(こら待て結婚詐欺師!)
(さ、詐欺っ、そいつは聞き捨てならねぇ!)

ごく普通に恋に落ち
(こっちの台詞だよ!籍入れてないのに入れたとかさ!)
(……それは、悪かった)

ごく普通に付き合い
(からかうにしても限度があるよ?!僕は君のオモチャじゃないんだからね!)
(からかった訳じゃねぇ!)


ごく普通に結婚しました
(じゃあ何なの?冗談にしたってタチが、)
(好きだから一緒に居てぇ。それだけじゃ駄目か)

しかし奥様には秘密があったのです
(……………………は?)
(好きだ)

なんと、奥様は
(好きだ)
(……)




奥様は、番長だったのです
(………ふーん。あっそう。へぇー)
(…優?)
(か、勝手に名前で呼ばないっ!)




…始まります。
(……顔が赤いが風邪か?)
(っ〜〜〜〜〜!ついてくるな馬鹿っ!)










爆熱番長の手を借り、最終的には離婚を持ち出してまでどうにか金剛を追い出す事に成功した(何だか本当に後戻りできない脅し方だったが無かった事にしようと思う)
浸かっていられる程ノンビリもできないのでシャワーだけを済ませて庭で遊ぶ美人姉妹とお嬢様、それからせっかくだしと妹達を風呂へ行かせ、その間に泥だらけの服を洗いにかかった。
最近の家電品は便利なもので乾燥機の機能もついた洗濯機を使用すれば彼女達が出てくるまでには乾くだろう。一応お互いに年頃なので、きちんと断りを入れて下着類も洗濯機に放り込んだ。
ゴウンゴウン、と唸りをあげる洗濯機を一瞥し、タオルを棚から取り出す。


「タオル置いておくよ。着替えは洗濯機から取ってね」


一言残してさっさと脱衣場を出る。
生憎覗きの趣味はないし覗きの容疑をかけられるのも嫌だ。
さて、と意気込んだは良いものの、買い出し組が帰って来ない事にはどうしようもない。
冷蔵庫を覗き込み、野菜室に取り残された食材で簡易サラダでも作るかと思いまな板と包丁を出す。
大鍋一杯にサラダを拵えていると、ガヤガヤと男達の声がした。
兄ちゃん、と自分を呼ぶ弟達の声に、待ってなと返し棚からまたタオルを取り出し玄関まで向かう。
泥だらけの男共は風呂が空くまで待機して貰わなければならない。
家の中を汚されたら困るので粘着番長は念仏番長に言ってネバついていない状態にして貰った。


「卑怯番長、下着が無いんだけどー!」


浴室からそう言って顔だけを覗かせた道化番長朝子は、男達が帰ってきた事に気付いて短い悲鳴をあげて引っ込む…のは良いが、玄関でも居合番長の悲鳴が鼻血と共に吹き出た。見えないクセに何を考えたのだろう…下着という単語がいけなかったのだろうか。


「洗濯機に入ってるよー」

「わ、解ったわ!」


意外と羞恥心があるらしい。
ステージ衣装が大胆な割に、実はウブなのだろうか。


「金剛さ、女の子達が出たら幸太達と入っちゃって…って何、その顔」


不満オーラ全開の顔は、正直どう表現したものか困る。
その背後では念仏番長が疲弊しきった顔をしてみせた。聞きたいような聞きたくないような…微妙な所だ。


「……まさかまだ背中流させなかった事を根に持ってるとかじゃ…ない、よ…ね…?」


冗談のつもりだったのに、念仏番長の顔色が悪くなり金剛の顔が更に歪むものだから声は徐々に小さくなり思わず黙ってしまう。
同性の背中を何故そこまで流したいと思えるのだろう…図らずも目が合った念仏番長もそう考えたのか、同情の眼差しが向けられた。
全くありがたくないが、常識的な人間が一人でも居ればそれに越した事はない。


「……」

「っ…さーて、仕度仕度」


計算だろうとなかろうと、捨て犬のような顔をされると弱い。
話を中断させてキッチンへ向かおうとすれば、また後を追ってくる気配に血の気が引いた。

本気だ。この変態は本気だ!


「ま、待たせたわね、卑怯番長」

「い、いや良いよっ!金剛、ホラ、お風呂行ってきな」


着替えて出てきた女性陣の声に、これはチャンスと風呂を勧める。
風呂あがりの色気でも感じたのか居合番長が顔を真っ赤にして押し黙る。だから何で見えないのに反応するんだ。


「…………」

「…っ、ホラ、僕もう入ったし」

「………………」

「だからっ…」

「……………………」

「っ〜〜〜!……解ったよ、解ったからその顔止めて今度流して貰うから頼むからその顔止めて」


あァ、なんて意志薄弱。
情けなさに眉をひそめると、解った、と現金にも弾んだ声が返ってきたのでいっぺん殴ってやろうかと思った。














「…上手いもんねぇ」


一足先に髪を乾かし終えた道化番長朝子が染々と呟く。
何が、と返すまでもなくその視線は包丁を使うまな板あたりに留められているので包丁の扱い方かそれとも材料の切り口かに対してのものだろうとあたりをつけた。


「長い事やればね。慣れれば誰でもできるんじゃないかな」

「そうだったら楽なんだけどね」


どうやら手品は出来ても料理は苦手らしい。溜息はなかなかに深刻な重みを持ち、こちらへ向けられていた感心の目は羨望へと色を変えた。
トントン、と規則的に包丁が刻む音をBGMに、些か意地の悪い事を考え、にこりと笑ってみせる。


「そうだね、女性は家庭に入って尽くすもの、とか純情番長なら考えそうだもんね?」

「っちょ、な、何よそれっ!私は別に…!」

「隠さなくても良いのに。気になってるんじゃないの?」

「っ〜〜!此処の子達の髪、乾かすの手伝ってくるわ!」


苦し紛れに駆けていく道化番長朝子の、ウェーブのかかった髪の合間から覗くのは赤く染まった耳。
番長、という立場に在ってもやはり年頃なのだから恋もするだろう。


(純情番長にはちょっと刺激強すぎかもだけど、まァいい話だよね)


そして考えるのはヘンタ…じゃなかった。金剛の事である。
外見は少々いかついが、そんなものは個人の好みでクリアできる部分だ。それは特に短所とは言えないし、彼を慕う女性はクラスに何人か居る。
月美は将来有望であるし、陽奈子とて金剛を男として見ている可能性もある。
なのに、何故よりによって自分なんだか…


(友人としてなら好ましいタイプなんだけどねぇ…)


切り終えた具材をザルに詰め水を張った大皿に浸す。
人数に加え、その摂取量を考慮し購入してきて貰った材料は多く、いつも以上に疲れる気がした。
後でまたお風呂に入ろう、と大鍋を取り出しながら考えて、ハッとする。


(……今頃気付いたけど、金剛ってまさか僕の事、本気だったり…?)


嫌がらせか酔狂か変態か、そんな風に思っていたが。
背中を流したいと駄々をこねられれば、それなりの対象として自分を見ているという訳で。
今更ながらに、思い知らされる。


(…いや、その、えーっと、気持ち悪いとかじゃなくて…って気持ち悪くない訳でもないんだけどっ!だから誰に言い訳してるんだ僕は!)


赤くなるべきか青くなるべきか。
赤くなるのは絶対に駄目だ。何か大事なものを失う気がする。
青くなるのは……ああぁああぁもう!何でここで捨て犬みたいなあの顔を思い出すかな!!??

大鍋を抱えて激しく頭を振る姿は、さぞ滑稽だっただろう。




















step 5
そろそろ自覚しませんか?

(卑怯番長さん何をなさってるのかしら?)
(………聞かない方が、良い…と思うわ…)
(…むしろ聞けないわよね、あれ)




















そろそろ金剛も報われたいよね!(笑)
はろばろの家編もう少し続く…かもしれない(明後日の方向)




あきゅろす。
無料HPエムペ!