不器用なお年頃
「……信じらんない」
心底呆れ返ったとばかりに、頬杖をついた卑怯番長から零れた言葉は、呆然としていた男二人に多大なるダメージを与えた。
事の起こりは、家庭科の調理実習。
好きな菓子を作って良いという事で、男子は浮き足立ち、女子は意中の相手に渡すチャンスとばかりに腕を奮った。
何だかんだといつのまにやら雷鳴高校へ出入りしている道化番長姉妹も、それは同じ事だったらしい(何故他校の生徒が授業を受けられるのか、この学校は少々自由過ぎるが、今は気にしないでおく)
朝子はカップケーキ。
夜子はクッキー。
作った菓子は当然、彼女達の想い人へ捧げられる…筈だったのだ、本当ならば。
「洋菓子は苦手で、とかならまだ解るよ?でもさ、それは人の口にするものではない、なんて言うかな普通」
「うっ…!」
グサリッ、と何かが突き刺さるような音と共に居合番長が呻く。
和を尊ぶ男なのだから、和菓子を好むのは想像に難くない。そこは朝子の選択ミスではあるものの、断り方にも種類というものがあるのだ。
女子に慎ましやかで在れと言うのならば、男として女子への気遣いを持つべきである。
「しかも貰って欲しい相手の前で他の男に食べられて、しかも相手がそれを気にせずに勧めるとかさァ…」
「「うっ…!」」
他の男に食べられて、という行で呻き声が増える。
居合番長の、大してありがたくもない加勢は爆熱番長だった。
彼も色恋には疎い所があり、不要とされたカップケーキを要らないのならばと一つ食べてしまったのである。
しかも、美味いと言う爆熱番長に、何なら全部彼にと居合番長が言ってしまったから大変だ。
朝子は真っ赤な顔をして飛び出して行った。
「あァ、可哀想。普段は強気だけど、朝子ちゃんだって女の子なんだし今頃泣いてるかもね。女の子泣かせるなんて男として最っ低だよねー」
「くっ…!話は後だ!」
ニコニコと微笑みながらも、確実にチクチクと突き刺さる言葉を選んでいる卑怯番長に、しかし反論の言葉もないのか、とにかく追いかけなければと居合番長が飛び出して行く。
さてさて、残るはもう一人の鈍感男である。
「君も、解ってないみたいだけど、朝子ちゃんのあんなに褒めてさ。まさか夜子ちゃんが見えなかったとは言わないよね?」
タイミングが掴めなかったのだろう。
朝子とは少し遅れてだが、夜子も己が作ったクッキーを差し出そうとしていた。
お世辞にも、美味しそうとは言えない、黒く焦げ付いたクッキーを、朝子に比べて引っ込み思案な夜子が如何程の勇気を振り絞って差し出そうとしたのかなんて考えるだけでも健気だ。
なのに、当の爆熱番長はそんな事にも気付かず朝子の(奇跡的に上手くいった)カップケーキを絶讚したのだから鈍感にも程がある。
「夜子ちゃんも、何も言わなかったけど泣きそうな顔してたなァ。女の子泣かせるなんて熱くないんじゃないのー」
「熱くないだとっ…?!」
「追い掛けて、フォロー位は入れないと、愛想尽かされるかもねー」
「愛想尽かっ…!?お、俺が悪かった!!」
「…僕に謝ってどうすんの。ホラ、さっさと行く」
バタバタバタバタ、ガチャンドタン、と盛大な音と共に教室の扉は吹き飛び、嵐の後のようになる。
が、周囲の人間は既に諦めムード全開なので、無言で片付けが始まった。
「…全く、世話の焼ける」
「俺が悪かった――っ!!」
卑怯番長の呟きは、爆熱番長の絶叫…もとい大きな謝罪に掻き消される事となる。
「道化番長っ!」
飛び出すのに多少の時間差があれど、精神を研ぎ澄ましすぐに見つかった朝子の気配へ向け、居合番長は声をかけ慌てて駆け寄る。
朝子は、よもや追いかけてくるとは思っていなかったのか、居合番長には見えないというのにカップケーキを背後に隠した。
「な、何よっ!」
「すまなかった」
上擦った朝子の声とは対極に、居合番長が頭を下げる。
そして、ポカンとする朝子の前に歩み寄ると、その白い掌を差し出した。
「カップケーキというもの、まだあるのならば食してみたいのだが」
「い、良いよ。無理されたって嬉しくないっ!」
「無理などではない」
突っ張ねようとした朝子に対し、居合番長はキッパリと言い切った。
「食べた経験がないというだけの、そのような理由で、道化番長の気持ちを無下にする事の方が、余程無理な事だ」
洋菓子など、と昔から食べずに嫌っていた。
だが、だからといって、想い人の作ってくれたものを拒否する理由にはならない。
それに気付かせてくれたのが卑怯番長だという点が、少々複雑な気分ではあるが。
大事なものを、見誤ってはならないのだ。
「っ……なら、良いけど」
「かたじけない」
手渡されたカップケーキに、そっと口をつける。
柔らかい感触、仄かに甘い味。
見守る朝子の眼差しを受けながら、居合番長はゆっくりと呑み込んだ。
「ど、どう……?」
「……うむ、」
恐る恐る、反応を窺う朝子に、ひとつ頷き、居合番長は優しく微笑む。
「このような美味なものは、初めて食べた」
「……っっ、お世辞なら止めてよね!」
「事実だ」
「そ、そう……」
先程飛び出して行った時とはまた違った意味で顔を赤くする朝子に、居合番長はありがとう、とまた、笑った。
一方、その頃の爆熱番長と夜子はというと…
「…」
「…」
中庭のベンチで夜子を見つけ背後から爆熱番長が盛大な謝罪を叫び、驚いた夜子にまた謝って何だかんだと隣に座ったは良いものの、沈黙が続いていた。
夜子は何も言わない。彼女の膝の上には、先程爆熱番長が手に出来なかったクッキーがある。
謝ったその先を考えていなかった爆熱番長は、やはり性格的なものもあるのかその沈黙に耐えきれないとばかりに貧乏揺すりを始めた。
ガタガタと揺れるベンチに、夜子がそっと爆熱番長を窺う…瞬間。
「…あの、」
「くれっ!」
見事に重なった言葉は、しかし互いに目を見開くものである。
夜子は、言われた言葉を理解しようと努め、爆熱番長はもっと違う言い方があるだろうと自己嫌悪に浸っていた。
くれ、とは何を指してか。
チラチラと向けられる視線は膝の上で、夜子は爆熱番長が何を欲しているのかを察した。
手先は器用でも料理が苦手な為、焦げ付いたクッキーをあげるのは躊躇いがある。
しかし、外見を見ても尚、くれと言ってくれたのだ。
「……よ、良かった、ら」
「い、良いのか?!」
おずおずと差し出された箱をまじまじと見下ろしつつ、ちゃっかり受け取った爆熱番長は、焦げた上にあまり形の良くないクッキーを手に取り口に放り込む。
バキ、ゴリッ、とクッキーとしてはあまり類を見ない音が爆熱番長の口から響き、反応を怖れるように指先を絡めながら俯く夜子は意を決してそっと顔を上げた。
「美味いぞ」
「…っ…嘘、だって、味見、したもの」
「俺は嘘なんてぬるいものは好かん」
真っ直ぐと夜子へ目を向け、そう言った爆熱番長は、やや言いづらそうに口をモゴモゴと動かす。
「お前が…その…俺の為にと作ってくれたのだからな!!美味いに決まっている!!」
多少の苦味もありえない固さも何のその。
美味いと言って次々とクッキーを口に入れる爆熱番長に、夜子の顔から緊張の色は抜け、代わりに嬉しそうな笑みが浮かぶ。
その顔を見て、爆熱番長は顔を赤くしながらも、笑った。
図らずも、二組の恋人達が幸せそうに笑い合う。
そんな二組を一望できる窓辺から顔を覗かせるのは、ウンザリだとばかりに溜息をつく卑怯番長だった。
「…あー、やだやだ」
自分がけしかけた事と言え、あまりにベタな大団円。
「何が嫌なんだ?」
「だって、中学生じゃないんだからもっとこう…あァ、君に話す事でもなかったか」
陽奈子お手製のプリンを食べ終えた金剛に、卑怯番長は肩を竦めてみせる。
「よく解りませんけれど、仲が良いのが一番ですわね!」
「んー…そうだねぇ」
ニッコリと、嬉しそうに、まるで自分の事のように笑う剛力番長の台詞に、初々しくも微笑ましいカップルを一瞥し、まァ良いか、と卑怯番長は溜息混じりながらも笑った。
不器用なお年頃
(あれ、居合番長と爆熱番長は?)
(腹痛で早退したそうだ)
(あー、やっぱりお腹壊したかー)
(…道化番長達に料理教えてやったらどうだ?)
(やだよ、めんどくさい)
4649番を踏まれたもるえ様に捧げます
リクエスト内容
『爆熱×夜子なお話(もしくは朝子×居合な話)』
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