情けなくも笑える話



朝からダルかったのは認めよう。
熱なんて計ったが最後、動く気もしなさそうだったのでいつも通り弟妹達を送り出し、学校へ登校したのは生活上で仕方の無い事だ(欠席なんてして万が一寝込んだりなどしたら、弟妹達も含めて心配性の恋人がどんな行動に出るのかなど考えるだけでも大事になるのは見えている)

6時間目、最後の授業に至るこの時まで徐々に体内を蝕み始めたのは何の菌か(まァ、間違いなく風邪だろう)




(……頭、痛い)




黒板に連なる白い文字はボンヤリとしていて、境界こそ曖昧だが教師の声を聞いてミミズが這った様な字を手元のノートに記す。
鈍い働きしかしない頭は、小さな溜息をつくだけでも僅かに痛み、明らかな熱を訴えてきていた。




(……眠い)




眠ってしまおうか。
別にノートなんてとらなくても、教科書を読めば大抵の事は理解できる。それに、後で写させて貰う事もこのクラスでは可能だ。
そう決意したが最後、力の入りきらない瞼は呆気なく陥落してしまう。
ジクジクと頭の中が真っ赤になったような、真っ白になったような。
熱さに、クラクラした。





























次の瞬間、広がるのは暗闇ばかりで目を開けているのかいないのかそれすら解らない。
ふわりと身体を包む浮遊感に、あァ、これは夢かとボンヤリ霞む思考が言葉を形成したがだからといって何がどうなるというものでもなく。


夢にしてはあまりにも色彩に欠ける世界。

面白みなど欠片も無い一面の暗闇には、自分一人きり。


けれどそれを寂しいだとか悲しいだとか思う事もなく。
慣れきった孤独は今更としか言えずさて何処へ行こうかと妙な思考が浮かぶ。
これは夢なのに。
けれど夢ならば。
思う通りのものが見れるなら良いのに、夢のクセに小癪なと些か理不尽な事を考えた。
何処へ行こうか、と懲りずにまた妙な思考が浮かぶ。
何処へ行こうかと言っても、何処へ行けるつもりなのか。
夢の中の自分は夢想家だ。
いや夢想家になるのは夢の中だからか。
どちらでも良い。


「……おーい」


誰に対してか間延びした声をあげる。
何処までも続くかのように見える暗闇では反響すらせず吸い込まれるだけ。
何とも空しく、惨めったらしい行為ではないか。
そう思い当たって、口を噤んではみたものの、やはりこの一人きりの世界で無言を貫くのは多少の居心地の悪さがある。


「……誰も、」


誰も、ダーレも居ない、世界。
けれども自分は、こんな世界を望んでいるのではないかとも思う。
一人きりで、無音、何も、感情も、感傷も、ない、世界。
けれどもそんな世界を望む者など自分以外にはありえず、だからこそ自分はいつまでも一人きりなのだろうかと。


「……馬鹿らしい」


一人きりだと、嘆くのは弱い人間のすることだ。傲慢な人間がする事だ。
悲劇の主人公になりたい訳じゃない。
救いたい、守りたい者達が居る。
その為ならば何だって、何だってできる。
そう、思った。昔、決めた事だ。
だから後悔なんてしていないし、これからもしない。


『………本当に?』

(え?)

『本当に、後悔してない?』

(何、言ってるの)


頭の中に直接響く声は、聞いた事の無い声。
子供のような単純極まりない質問に、理知の欠片も見えない単純極まりない言葉を返す。


『どうして、あいつ等とは違うんだって思ってるクセに』

(……『違う』か)

『どうして、自分だけこんな風に?って思ってるクセに』

(……そうかもね)

『本当に欲しかったものは、あれだったのにって』

(……そうだよ)


本当に、欲しいもの。
知っている。確かに、自分はそれを知っているのだ。

(けれど、言葉を飲み込む事はそんなにいけない事?)
(無駄だと解っている事を、言わないだけなのに)
(どうしてお前なんかに責められなきゃならない)

(言っても言わなくても惨めでしかない事に変わりなど無いのなら、口にしないで一人で傷口を広げている方がずっと楽だし、ずっと正しい事じゃないか)


『……それで、良いの?』


声、が。
いつの間にか、声は形を作って。
暗闇に突然浮かび上がった白いものは、徐々に輪郭を作り出す。
小さな小さな少年が、その黒い瞳に雫を溜めて、けれどもその雫を流さぬようにと目を見開いて。


『…それで、良いの?ねぇ、「僕は、」』




















サ ビ シ イ






























「卑怯番長」


不意に開けた視界に、真っ先に浮かび上がったのは念仏番長だった。
何となく、難しい顔をしている事から、あァ怒っているのだなと察したは良いものの、何に対して怒っているのかが解らずに目をパチパチと瞬かせる。
教室には、彼以外には誰も居ない。
ズルリ、何かが背中から落ちた。


「……?」


肩越しにノロノロと振り返ると、何とも見覚えのある花柄の風呂敷。
普段から持ち歩いているというには、和風と表すよりもやや女性的なそれは、歩く銃刀法違反の物ではなかったか。


「…一応訊くけど、これ、誰の?」

「居合番長のものだ」


喉に何かが詰まったように、声が上手く紡げない。
本格的に風邪の兆候が出てしまっている。
向かいの、彼自身のものではない席に腰を落ち着けていた男は難しい顔のまま端的に言葉を返してきた。
やはり、怒っている。
席を立ち、風呂敷を拾い上げた念仏番長はそれをまた自分の肩にかけた。
何だろう、この状況は。


「……今、何時?」

「4時…半だな」


あァ、道理で教室に誰も居ない訳だ。
って、暢気に納得している場合でもない。
スーパーに行かないとならないし、弟妹達の迎えにも行かないとならないのだ。
慌てて立ち上がろうとすれば、グイッと肩を押さえ込まれてしまった。
押さえ込んだのは、勿論念仏番長である。


「…何、かな?」

「金剛番長が戻ってくるまで大人しくしていろ。馬鹿者」

「……起き抜けに随分と酷いことを言うね」


というか、いつもの彼ならば自分に対して真っ向から暴言など吐く筈も無いのだが。
不快に思うよりも不審に思って、ボンヤリと目を瞠る。
金剛が戻ってくるまで、というのはどういう意味だろう。


「体調不良で、何を生真面目に授業など受けている」

「……はぁ」

「家庭の事情は深く聞いていないが、買出しには居合番長と桜殿が行った。家族の迎えには剛力番長と金剛番長が行っている所だ」

「……はぁ?」


一体全体、何がどうしてそんな事になっているのだろう。
深くは聞いていない、と言うけれど、深く聞いていないと言うのならどうしてそこまでしてくれるのだろう。
お人よしも度を越していると思うのだが。


(僕ならまず体調管理が出来ていないと嘲るだろう。そして、見捨てる。他人の面倒をみる程、僕はお人よしじゃない。彼らとは、違う)


「…何にも御礼なんか出ないよ?」


こんなにも、僕と彼らは違うんだ。
何故だか無性に悔しくて、皮肉を言ってはみたものの、何か変なものを見るような訝しげな眼差しで返されてしまった。


「何を言っているのだ?仲間が困っている時には、助けるのが当然だろう」

「…………仲間ねぇ」


聞き慣れない単語と、それを本当の事のように言う男に、ウッカリ反応が遅れた。
仲間。仲間だって?


「……お主、変な顔をしているぞ」

「……ウルサイよ」


仲間。仲間だって。
何だか一気に疲労感が広がったのは、まさか安堵したからか。


(仲間、だってさ)


良かったね、と誰に対してかは知らないが内心で呟く。
うん、と誰かが答えたような気がしたが、熱に浮かされた思考では深く考え込む事は難しくてまた机に顔をつけた。
ヒヤリとした机は案外居心地が良くて、瞼が落ちそうになるのを留める理由など無いのに念仏番長が肩を揺すってくる。
面倒だったが目だけを動かし念仏番長を見上げると、些か焦ったような顔をしていた。


「……なーに」

「眠るなら薬を飲んでからにしろ」

「薬ー…?」


そんな物が何処に、と言おうとした鼻先にミネラルウォーターとラベルのついたペットボトルと錠剤が押し付けられる。


(何ともまァ、至れり尽くせりって感じだねぇ)


なんて馬鹿なお人よし集団なんだか。


『嫌いじゃないクセに』


笑みの色を浮かべて、またあの声が言った。
そうだね、そんな彼らを嫌いではないのだから、随分と自分も甘くなったものだ。
けれども今更素直になるのは難しくて、薬キライ、と返してやれば馬鹿者、と帽子越しに頭をポスポスと撫でられた。


擽ったいような、むず痒いような、そんな感覚。
こういうのを『嬉しい』って言うのかな、なんてらしくない事を考えて、笑った。


















情けなくも笑える話

(…そういえば、金剛戻って来るって?)
(自分が運ぶと言って聞かないのでな)
(………あっそ)
(………卑怯番長、熱が上がったのか?顔が赤、)
(ウルサイよ早く薬っ!)










5454番を踏まれた結理様に捧げます

リクエスト内容
『番長同盟の面々とどこか一線を感じている卑怯番長を番長同盟自身が(念仏番長や居合番長など)が「そんなことはない」と受け入れ、壁を取り払う。CP有無はお任せ』
CP前提で書かせて頂きました!



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