月が綺麗ですね




自己満足だと笑うならば笑うがいい
最後まで気づかれなければ僕の勝ち

だってそうだろう?



こんな陳腐な想いは

それこそ自己満足でしかないんだから
































「金剛」


夕日も隠れて暗くなった時間帯。
家に招いた彼を駅まで送るという名目で家を出たのは数分前だ。
日中は暖かくとも、夜になれば日差しも無くなり、辺りを包みこむ空気も冷える。
それでもマフラーや手袋などの防寒具をつけるにはまだまだ早く、少々の重ね着をして歩いていると、月が空に昇っていた。
声をかけると、一歩先を歩いていた金剛がピタリと止まり振り返る。
まさかわざわざ立ち止まるとまで思っていなかったので、僅かに追い越してしまった。
おっと、とあげた声は本当にうっかりしていた事もある所為で何とも気恥ずかしい。


「何だ?」

「いや、わざわざ止まらなくても良いよ?」

「で?」

「うん、月が綺麗だなって」

「…そうだな?」


解らないって顔をしながら、空を一瞥して頷く鈍感な男。
笑っちゃ悪いと思いながら、ね?と首を傾げてみせた。
構わず歩き出すと、追いかけてくる足音。
すぐに横へ並んでまた一歩先を行ってしまうのは体格上の問題で仕方がない。
歩調を合わせたとしても、体格が規格外だからどうしたって歩幅の違いで抜かしてしまう。
別に気を使わなくても構わないのに、時折肩越しからチラリと振り返ってくるからくすぐったいやら嬉しいやら。


「金剛」

「……何だ?」


今度は立ち止まる事も無く、声だけが返ってくる。
追い返す事を考えて、今度は自分の足が止まってしまったというのは何とも滑稽な話だ。
一拍置いて振り返った金剛が、立ち止まった自分を申し訳無さそうに見た。
立ち止まらなくて良いと言ったのは自分なのに、何ともお人好しな男だ。
ごめんごめん、と笑ってまた歩き出す。
追いつくまで待つ金剛が、また歩き出せば一歩先を歩いていく。
駅までの道のりがいつもよりも何となく早い気がするのは金剛が一緒に居るからだろうなと考えた。
それは好きな人と居るからだとか、そんな恋する乙女のような発想ではなくて、単純な理屈の元に構成される現実というやつだ。


「月、綺麗だね」

「……あぁ」


解らないって顔。
あぁ楽しいなと質の悪い事を考えながら、でも少しのつまらなさも感じて。


気付かないで欲しいような

でも気付いて欲しいような


足元で転がる小石を気まぐれに蹴りつけると、コロコロと転がって金剛の踵に当たった。
立ち止まる要因では無いというのに、ピタリと止まった金剛は空を見上げる。


「……秋山」

「ん?」


自分を呼ぶ声に、まさか小石が当たった位で怒るような男では無いと知りながら、けれどそれならば一体何が不服なのかと疑問に思い首を傾げる。
空へと向けられていた目がこちらに向けられて、月と同じように、けれどキラキラだなんて生易しいものじゃなくギラギラと輝いた目におもわず固まった。
別段そこに怒りなどという負の感情は見えず、だからこそ解らない事が余計に不安を感じさせて。


「金剛?」


耐え切れず、声をかけた。
吐いた息は未だ白くはならない。
不安から零れた呼びかけは見事にか細く、頼りなく、なんとも情けない。
それを聞いた金剛はギラギラと輝く目を僅かに見開いて、ふっと穏やかな笑みを象る。
それが一体何を言われるのかと身構えていた身体から力が抜けさせた。
その瞬間を見計らったかのように、金剛が動く。




「…月が、綺麗だな」




冷気に晒されていた頬へ触れた掌は、暖かいを通り越して熱い位だ。
暫くしてからその掌を熱いと感じなくなって、次いで己の頬が熱を持っていく事を自覚し、何をどう言うべきかと考えながらもこういう時になって達者な口は回らず、唇を噛み締める。
あぁ、なんて情けない恥ずかしい全く。


「…今日は、やっぱり泊まっていっても良いか?」


それは問いであって問いではない。
答など解りきっているとばかりの顔。
してやったりと笑う顔。
そんな顔を見れば素直に頷いてやるのも癪に障って、あぁそうだね勝手にすればと投げやりな返事をしてやった。
にも関わらずそれに堪えた様子は無いようで、いつもの鉄面皮のまま手を取る姿が憎らしいったらありはしない。




駅に向かっていた足が元の方向へ戻ろうと動き出す。

さっき通った道。

さっき見上げた空。

さっきは前を歩いていた君。

さっきは背中を見ていた僕。


それでも今度は隣を歩こうと、内心で必死になっているのか妙な歩き方になる金剛を、今度は耐える事なくおもいっきり笑ってやった。


別れる為に歩く道よりも傍に居る為に歩く道の方が暖かく感じるだなんてそれこそ恋する乙女のよう。
それでもやっぱり、好きなものは好きなのだから仕方がないと言ってしまえばそれまでの事。

























自己満足だと笑うならば笑うがいい
最後まで気づかれなければ僕の勝ち

あぁでもいやでも恥ずかしいね
君って奴は最後の最後で気づくんだから


負けてもそれでも嬉しいなんて
それこそ自己満足、でも幸せだなんて






月は雲に隠れたけれど


それでも消えない月が此処に在る


































月が綺麗ですね

(知らないかと思ったんだけどなぁ…)
(あぁ、途中で思い出した)
(意外と博識だよね、君ってさ)



























短い話…これぞ短編!!(開き直りか?)
月が綺麗ですね、っていうのは…えーっと、気になる方は夏目漱石で調べれば解ると思いますです、はい。
秋山は絶対尽くすよ。駅まで送るよ毎回。
金剛は、そんな秋山を一人で帰ってる間心配してればいいよ。



第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!