騙し騙されも恋の内








金剛番長。
本名、金剛晄。

卑怯番長。
本名、秋山優。


彼らの私生活は、謎に満ちていたりいなかったり。































某日早朝。
アラームの音で目を覚ました秋山は、未だ閉じようとする往生際の悪い目を擦った。
一つ欠伸を零して、自分の身体を抱き込む太い腕を起き抜けの為に力が入らない手でペチペチと叩く。


「………金剛、配達行くから離して」


最初の内は起きた途端真っ赤になって硬直していた秋山だが、既に慣れたのか対応する声は気だるげである。
起きているのか眠っているのか、無言で緩められた腕から抜け出した秋山はまた欠伸をしながら着替えを始めた。
学校までの時間は随分あるというのに彼が早起きをしているのは生活を支える為である。
新聞と牛乳の配達を兼ねているので、通常の配達員よりも早く出なければならない事も理由の一つだが、配達に行く前に朝食の仕込みをしていかなければならない事もまた要因だった。
顔を洗い、エプロンを身に付けて朝食の仕込みを始める。配達用のウェットに着替える頃にはすっかり目も冴えているのだ。
家を出る前に未だ夢の中に居る弟妹達の一人一人の顔を見回し、自室に戻って近頃は殆んどの生活を共にしている男に声をかけた。


「金剛、僕もう行くけど、幸太達の着替えはいつもの所にあるから、ご飯の前にやってあげてね」


秋山の次に年長である幸太ですら小学校低学年であり、一番下となればまだ小学生ですらない。既に毎朝告げられている言葉に、太い腕が些かゆっくりと秋山へ伸ばされ、くしゃりと髪を撫でた。


これが、彼らにとって最近馴染んできた朝の風景である。




















そして、昼。
午前の授業を終え、教室内は昼食をとる者や早弁をしてしまい慌てて購買へ走る者など様々な学生達で賑わっている。


「うわ、貧相なご飯だねぇ」

「ほ、放っておかぬか!」


握り飯三個にお茶しかない来音寺の机を眺めて秋山は鼻で笑った。
来音寺も反論をしたい所だが秋山の昼食は色彩も豊かな弁当なので何も言えない。
これが逆の立場ならば「それで君に何か迷惑がかかるのかい?」と笑って済まされてしまうのだろうが、来音寺がそのようなあしらい方を敢行できる筈も無かった。


「生き仏とか名乗ってた割に食べてるものはそれって…それとも、お供え物か何か?」

「くっ…!」

「…あまりいじめてやるな」


箸を置いた金剛が口を挟めば少々不服そうではあれど、秋山は自身の昼食に再度箸をつけ始める。
金剛と秋山の弁当の中身が同じである事は誰もが暗黙の了解として口にはしなかった。
突っ込んだ所で何のメリットもない上に、損しかしない地雷を自ら踏みに行くなどという勇者は恋愛事に疎い桐雨かマイペースな白雪宮位のものだ(ちなみにその二人は来音寺と悪矢七達以下クラスメートが全力で止めている)


「…………金剛?」


不意に、教室内の温度が急降下した。
原因は鬼も裸足で逃げ出しかねない冷たい声を出した秋山である。
ギクリッ、とあまりに古典的な擬音がまるで目に見えそうな程大袈裟に肩を震わせた金剛にいち早く来音寺が桐雨と白雪宮を連れ避難した。
秋山の手が掴むのは金剛の弁当箱…の蓋である。金剛もそれなりに力を入れて蓋をしようとしているが後ろめたい気持ちもあるらしく中途半端なそれは秋山の力と拮抗して蓋を震えさせる。


「…大人しく開けないなら、二度と作らないよ?」

「っっ……!」


金剛にしてみれば脅しになり得るのか、恐る恐る開けられた蓋の向こう側には仕切りの役割も兼ねたアルミホイルの中に本日のおかずがポツンと取り残されていた。


「……」

「こーんーごー?」


いっそ清々しい程の笑顔と間延びした呼び掛けが逆に恐ろしい。
徐々に降下していく室温に、逃げ遅れた生徒が哀れ悲鳴をあげる。


「残す気だった?」

「っち、違う」

「じゃあ何で蓋しようとしたの隠そうとしたの残す気だったでしょうというかこの前もこれ残したよね上手い事誤魔化せたつもりかもしれないけど洗い物で一緒に出したら僕にバレるに決まってるじゃないか全く馬鹿だなぁ君ってばアハハハハハハ」


息継ぎ無しのワンブレスで言い切って笑う秋山に金剛の顔色は相当な色になってきた。
一度ならず二度までも貴重な食べ物を粗末にするんじゃない、と些か所帯染みた秋山の説教は、それから昼休みの終了を告げる鐘が鳴るまで続く事となる。


金剛が珍しく青ざめ、一時は教室が立ち入り禁止になる…というのがここ最近U―Aで見られる日常と化していた。




















それから、夜。
昼間の事を未だ根に持っているのか秋山が夜のバイトへ向かう前に出された夕食は金剛の苦手なもの尽くし。しかもバイトから帰ってきた現在すら秋山は一向に口を開かずその目はテレビへ向けられている。
大袈裟な笑い声ばかり流れるテレビとこの現状はあまりに不似合いで、人一人分のスペースを空けて秋山の隣に座る金剛はチラチラと秋山へ視線を送っていた。
何とも情けない姿だが、惚れた弱味と言ってしまえばそれまでの事だ。


「………………秋山」


沈黙に耐えかねた金剛が何度目になるか解らない謝罪をしようと声をかける。


「……」

「……」

「……っっ、」

「……………………何?」


ジッと待ち続け、しかし返らない声に挫けかけた瞬間、秋山の視線が向けられた(ちなみに、お笑い番組だと言うのに秋山は一度として笑っていない)
当て付けがましく溜息をつかれようが、ジトリと睨み付けられようが、金剛にしてみれば漸く掴んだチャンスである。
言葉を間違えないように、と意気込んだものの。


「ま……まだ、その…怒ってるのか…?」

「…怒ってないように見えるなら眼科に行ってきたらどうかな?」


早速間違えてしまった。
薄ら笑いを浮かべる秋山に、金剛は思わず閉口した。
ダラダラと冷や汗が流れ、どうにかしなければと考えるものの気の利いた台詞が言えれば苦労しない。
黙り込んだ金剛に、秋山は溜息をついた。


「別にね、僕は食材が勿体ないとかそれだけで怒ってるんじゃないよ?」


君は解ってないみたいだけどね、と呟く秋山はどことなく寂しそうである。
秋山の言う通り、金剛にはそれ以外に見当がつかなかったのだが、そんな金剛を見て、秋山は仕方ないなと苦笑する。


「君って無駄に頑丈だしさ、それ以上大きくなる必要もあまりないけど、好き嫌いして偏食したら病気になる事もあるんだよ?」

「……そう、だな?」

「……解ってないよねぇ」


テレビを消して、席を立った秋山の後を金剛が追いかける…浴室の手前で足を止め、振り返った秋山は切なそうに笑った。


「好きな人には、長生きして欲しいじゃないか」

「……」

「でも、嫌いだって言うものを無理に食べさせるのは良くないよね…ごめん」


微笑み、控えめに謝る姿のなんと健気な事か。
金剛は浴室に入ろうとする秋山の腕を掴み、己の腕の中に閉じ込めた。


「金剛…?」

「悪かった。次からは残さねぇから」

「ホントに…?」

「あぁ」

「……嬉しい。ありがとう」


秋山は自分の事を考えてくれたのだと感激している金剛は気付かないが、抱き締められたのをいい事に、見えない角度を狙って、秋山はニヤリと笑っていた。




















金剛番長。
本名、金剛晄。

卑怯番長。
本名、秋山優。


彼らの私生活は、謎に満ちていたりいなかったり。


覗くのならば、火傷の覚悟をしてください。


一部歪みはあるけれど、彼らの恋は見てるこちらが熱い位なので。



















騙し騙されも恋の内

(じゃ、お風呂入るから洗い物よろしく)
(あぁ、任せろ)
(洗濯物も干してね)
(あぁ)
(あと、アイス食べたいから買ってきてくれる?)
(……あぁ(何か変だな))




















3333番を踏まれたぷーたろー様に捧げます

リクエスト内容
『秋山くんの一日』





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