偽れざる恋心










いつか
いつか離れる時に




痛みや

苦しみや

悲しみばかりを置いていく


そんな大事なものは

もう増やさない




もうこれ以上は要らない




























「好きなんだ」


ふと零れた一言に、教室中が静まる。
うん、なかなかいい反応。
言われた当の本人は、普段より僅かに目を見開いて、暫く考えた後口を開いた。


「これか」


金剛が、手に持っていた昼食後のオヤツを掲げてみせる。
自分で作って来たのか、市販にしては大きめなプリン。


「うん。美味しそう」

「……やらねぇぞ」

「別に、君の食べかけなんて要らないよ」


そんな会話の後に、教室中に張り詰めた空気が脱力のそれのように一気に緩んだ。
陽奈子ちゃんに至ってはホモの告白現場だと思ったのに…と残念なのかどうか微妙な顔をして構えていた携帯を鞄にしまっている(前々から思っていたが、彼女は度胸がある女の子だ)

それから暫くして、午後の授業を終えて、さぁ帰るぞという時になって。


居合の彼は家で生け花。

念仏番長は自宗教の布教。

白雪宮さんは本人曰く正義の実行(問題がないかどうかはきちんと金剛が確認した)

陽奈子ちゃんは月美ちゃんのお迎えで幼稚園に。


そんなこんなで、金剛と二人きりになったので、僕は昼の時と同じ、何気無いフリをして言った。


「好きなんだ」

「…これか?」


彼が僅かに掲げて見せたのは陽奈子ちゃんから貰った炭酸ジュース。
驚くギャラリーは居ないのでその辺りはつまらないけど。


「うん。期間限定らしいよ」

「……やらねぇぞ」

「愛しの陽奈子ちゃんからの貰い物だもんね」


揶揄の言葉はどうやらお気に召さなかったらしい。
眉間の皺が増えるのをしっかりと見届け、皮肉った笑みを返してみせる。


「傍からはそう見えると思うけど?実際、君は以前彼女の為に身を挺していただろ」


付いて行かなくて良かったのかい?と問う。
自分が卑怯なのは自覚しているから、罪悪感というものは無い。
彼が一度自分の懐に迎え入れた者を、粗悪には扱えないと知りながらそんな事を訊いてどうなる事でもないのに、彼に自分と彼女を選ばせようとしている。


(…勝ち目なんて無いけど)


陽奈子ちゃんは女の子で。
非力で、か弱くて、それこそ庇護欲というものをそそられる対象としては充分だろう。

自分は、彼と同じ男である訳だし。
自分の身は、自分で守れる。

だから別に彼の答に期待している訳ではない。
期待なんてものはすればするだけ、裏切られた時がつらいものだから。


『優』


自分を呼び、優しく微笑んでいた人が、突然雲隠れした、あの日。
大人なんてアテにならないと知った。
他人なんて所詮は他人でしかないのだと知った。
それでも、血の通わない弟妹達は大事な家族だったから。

大事なものは、きっとそれだけで良い。
自分の腕には、それだけあれば。


だから、もう要らない。
だから、もう望まない。


(…そう、決めたんだけど)


欲してしまった。
人を想う心を。

思い出してしまった。
人に焦がれる心を。

家族以外には決して持つまいと、決めた筈の情けすらいつのまにか拾われて。
捨てた筈のものが、拾い集められていく感覚が。


少しだけ、怖い。

少しだけ、嬉しい。


「…おい」

「何?」


彼の手から水滴に濡れた缶が渡されるのをどこか夢見がちな気分で見る。
ご丁寧にも、手袋はいつの間にやら彼の手の中だ。
自分の手の中で、ヒンヤリと存在を主張する缶ジュースの冷たさと重みが現実を教えてくれるようにも思えた。
それでもボンヤリとしていた自分の、缶ジュースを持たない方の手は、自分のそれより大きな掌に掴まれて。
無理矢理ではなく、ゆったりと引かれるままに歩き出す。


「スーパー、寄るんだろう」

「は?」

「セールで一人二パックまで100円の卵。昨日チラシに丸つけてただろう」

「ちょっ…み、見てたの?」


高校男子が所帯じみている所なんて、あまり見られたくはない。
特に、彼には。


「あぁ」

「……あっそ」


誰かに見られないように授業中ノート下に隠してまで見てたのに…意外と目聡い。
人に見られるのが嫌なら家で見ればいいのだけれど、家でチラシを見ているとチビ達がついて行きたいと駄々をこね出すのだ。
そして何人かだけとなると、後々残された方が拗ねるし、全員なんて連れて行ったらやれお菓子だの何だのと余計に出費が嵩むし迷子になんてなったらと心配で買い物なんて気が気じゃなくなる。


「…って、付き合ってくれるって言うの?君が?」

「…そういうつもりで、俺は残ったんだがな」


それは、つまり。
先程のいやみな質問に、答を貰ったような、そして、その答は自分にとってとても嬉しいもののような、そんな気分になって次の反応が遅れた。


「俺も、好きだぜ」

「…………返そうか?」


たっぷり黙って、それからまだ開けていない缶ジュースを掲げる。すっかり温くなっていそうだが、目の前の男はそんな事を気にするようにも見えなかった。
あっさり受け取って終わりになると思われた会話は、しかしながら彼が立ち止まった事で方向を見失う。


「……」

「…金剛?」


繋いだままの掌が、じっとりと汗ばんできて気持ち悪い。
というか、高校男子が手を繋いで歩くのはちょっと…いやかなり異様だ。


「それの事じゃない」

「…えぇっと、」

「お前も、もう少し解り易くしろ。まぁ、捻くれてるのは知ってるがな」

「……」


何それ。
開いた口が塞がらないとはこの事だろうか。
ポカンと口を開いたまま、また歩き出した金剛に引かれるまま暫し歩を進める。
つまり、つまりそれは。


「っ……!」


カァっ、と擬音がつくんじゃないかって言う位に瞬間的に熱くなった顔を、必死に隠そうとしても、片手には缶ジュース、もう片方は金剛の掌に握られていて叶う訳も無い。
いやそれよりも帽子とマスクでほとんど隠れているのだから多分隠す必要はあまり無いのだろうけれど…どうやら随分と混乱しているようだ。

…………あぁ、もう!!


「……金剛」

「何だ?」

「……好きなんだ」


ピタリと立ち止まった彼は、肩越しにこちらを振り返り、普段の鋭い目つきをゆっくりと緩ませ。


「俺もだ」


と、言ったのだ。

あぁ全くこの男は。
僕の心臓を、いくつ潰したら気が済むのだろうか。


「…一回、家に戻るよ。帽子とか置いて来ないと買い物の邪魔だから」

「解った」


とりあえず、目下の仕返しは子守りという事で良いかもしれない。
実はプリンも安売りしているって、チェック済みだったりするから仕返しにはなりきれないかもしれないのだけど。










偽れざる恋心

(…そういえばさ、いつから気づいてた?)
(一番最初からだ)
(……君ってさ、意外といい性格してるよね)









卑怯に好き好き言わせたかっただけだったりします(マテ)



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