相応しく在りたい
朝子と夜子が喧嘩をしたのはつい先程の事だった。
普段、衝突する事のない彼女達が言い争ったのは、年頃の女の子らしい、所謂恋バナというもので。
夜子は今、ひたすらに自己嫌悪へ陥っているのであった。
「……はぁ」
中庭のベンチにてチョコンと座り、沈んだ表情でつく溜息は陰を落とし、ミステリアスな美しさを醸し出すものの当の夜子はそんなもの知らぬとばかりに何度目か解らぬ溜息をつく。
最初は、番長の中で誰がいい男かを話していただけだったのだ。
ただ、朝子が夜子の想い人の名を出したから過剰に反応してしまって。
面白がった朝子の軽口が、夜子には堪らなかった。
珍しく声を荒げた夜子に、だが勝ち気な朝子が黙っている訳もなく…とまぁ、見事に喧嘩をしてしまったのである。
「……はぁ」
一言声を荒げただけの夜子に朝子の反撃は凄まじかった。
『いつも黙ってばかりで好意に気付いて貰えるのを待つだけの意気地無し』
『観客に愛想も振れないんだから好きな男に笑いかける事だってできないでしょ』
(……朝子は、物怖じしないし、明るいからそう言えるのよ)
さっきは最後まで言えなかった言葉を頭に思い浮かべる。
朝子は自分に無い物を持っているから、だから堂々としていられるんだと。
『またそれ?夜子はいつも私と自分を比べてばかりじゃないっ』
(………だって、)
だって仕方がない。
夜子は、出来るなら朝子になりたいとすら思っていた。
明朗で、快活で、堂々としていて、自信もあって。
けれど、何もしない自分に、何もできない自分に、自己嫌悪する。
朝子ならきっともっと上手くやれる事を、自分はスタートラインにすら立てず二の足を踏んでいた。
「……はぁ」
想い人に限らず、自分は話すのが苦手だ。
それこそ朝子にいつも代弁して貰って、甘えていたツケが来ているのだろうけど。
表情筋も上手く動かせず、朝子のように明朗に笑う事もできない。
髪だって、朝子のように明るい色なら良かったのに。
一度でも気が滅入るとドン底まで落ちてしまうのが人の性というものなのだろう。
いつもなら気にしないような小さな事でも朝子と比べてしまう。
「………………はぁ」
「何か悩み事か?!」
「きゃあっ!?」
再び零れた溜息に、今度は誰かの大きな声が返ってきた。
それがしかも想い人で、突然の登場も相俟って肩を竦めると、すまん、と幾分か小さくなった声が返ってくる。
「ば、爆熱番長…」
「驚かせたな」
「……別に」
あまり気にして欲しくはないのに、ふいっと逸らしてしまった目はむしろ悪印象では?と気付いた夜子が内心眉をひそめる。
こういう時ばかりは、動かない表情筋が憎らしいような頼もしいような複雑な気分だ。
何となく座っていた箇所をずらすと、爆熱番長は空いたスペースにドカリと腰を下ろした。
「…………」
「……あの…爆熱番長?」
「喧嘩をしたのだろう。道化番長朝子が不機嫌だったぞ」
「…………そう」
朝子、と爆熱番長の口から紡がれた名前に、夜子は僅かな間を空けてから何でもない事のように返す。
それ以上は何も言わない爆熱番長に内心で感謝しながら、今はもしやチャンスかと夜子は考えた。
告白しようだなんてつもりはない。
ただ、少しでも彼の理想に近付けたらとは思うのだ。
「……あの、爆熱番長」
「むっ、何だ?」
「……お、男の人って、どんな女性が好きなの?」
(っ…爆熱番長の好みを聞きたいのに…!)
これが夜子の精一杯である。
爆熱番長は予想外の質問に目を見開いた。
が、夜子が冗談や気紛れで口を開く人間ではない事を知っているので真面目に考え込み始めてしまう。
「…………」
「…………」
「……っ…やっぱり、朝子みたいに明るくて、話してても楽しくて、地味じゃない方が良いわよねっ…」
夜子は沈黙に絶えきれず、質問をした側だというのに自ら解答を得たように頷いた。
しかしそれは爆熱番長の意に反するらしく、待てと制止の声がかかる。
「考える時間を寄越せ。大体何故そこで道化番長朝子の名が出てくるのだ?」
「…だって、私は朝子のように明るくもないし、男の人が楽しめるような話題も解らないし…髪だって垢抜けてなくて地味だもの」
「その言い方はまるで、道化番長朝子になりたいようだ」
「それは……」
見透かしたような言葉に夜子は目を泳がせた。
こんな時、朝子ならどうするのだろう。
朝子なら……
「お前はお前のままで良いと思うぞ」
「………………ぇ?」
「少なくとも、俺はお前の黒髪が好きだ」
「…………」
「表情もよく見れば解る」
「…………」
「お前の、物静かな話し方は落ち着く」
「……っ…」
「………道化番長朝子になる必要があるとは思えんがな」
涙が、出るかと思った。
そのままで良いだなんて初めて言われた。
羨ましいと思うなら、そうなれるように頑張るしかない。そう思っていたのに。
自分の中の常識を覆す、この男が好きだと夜子は思う。
まだ、伝える事はできないけれど。
それでも、いつかはと。
そう思えるようにはなったのだから。
「…そ、それにっ、」
「爆熱番長」
「あ、な、何だっ?」
「…朝子に、謝ってくる」
「あ、あぁ…いやっ…その、だな……、」
ベンチから立ち上がった夜子に、爆熱番長は何か言いたげにしながらも口を閉じた。
それは、見上げた先、風に揺れる髪を押さえながら夜子がふわりと微笑んでいたから。
「ありがとう、爆熱番長」
「―――、っ…いや」
小走りに去っていく夜子の背中を見送り、その姿が消えてから、先程朝子に出会い頭で言われた事を思い出し、爆熱番長は盛大な溜息をついた。
『そもそもアンタがハッキリしないからいけないのよ!』
夜子が自信を持てるように、男ならハッキリさせて来いと蹴られたのだが…
夜子は吹っ切れたような顔をしていたからもう大丈夫だろう。
ただ今度は一応それなりの覚悟をしていた爆熱番長が自信を失いかけていた。
「……あそこまで言っておいて、俺はなんてぬるい男なんだぁぁぁぁぁっっ?!」
好きだと言えたのは黒髪位。
表情はよく見れば解ると言うのもいつも見ていると伝えたくて。
なのに最後の最後で、お前が好きだとは言えなくて。
「……なぁ、卑怯番長」
「……何かな、金剛」
「…爆熱番長は、何であんな悶えてんだ?」
「……うわー、鈍っ感」
地団駄を踏む爆熱番長を、金剛と卑怯番長が目撃していたそうな。
相応しく在りたい
(…朝子、さっきはごめんなさい)
(良いよ。私もキツかったと思うし…で、爆熱番長は?)
(……あ、あのね、励まして貰ったの…嬉しかった)
(へぇー…(言ってないのかあのヘタレっ!))
朝子は居合とくっつきたくてもくっつけないんだ(近寄ると鼻血吹くから)
だから両想いなのにくっつかない夜子と爆熱に苛々してるんだきっと。
居合は目が…とかはツッコミ無しで!(貴様)
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