恋というもの
授業中、不真面目な態度をとる事はあっても居眠りなどした事がない卑怯番長の頭がコクリコクリと揺れている。
机に伏すでもなく、時折大きく揺れては目を覚まし、またウトウトする姿は何というか珍しかった。
「寝不足なのか」
昼休み、天気が良いから屋上で、と昼食をとっている間もどことなく箸の進みが遅い卑怯番長に問う。
わざとらしくないように、それとなく聞いたつもりだが多分にこの男にはバレているのだろう。
「ん。ちょっとね」
「…ふん」
卑怯番長は、謎の多い男だ。
素顔を見た事も無ければ、プライベートの事は何一つ匂わせない。
そのクセこちらの事ばかりはよく知っているのだから不愉快になるのも仕方なかった。
今この時とて、理由を言おうとはしないのだ。
「…何、そんなジッと見て。あ、卵焼き欲しいの?」
「…要らぬ」
綺麗に詰められた弁当の中身は彩りも良く、家庭的な母親が想像できる。
以前一つ貰った時はしつこすぎない甘さの卵焼きにおもわずもう一つとせがんだ程だ。
「遠慮しなくて良いのに。僕塩っぽい方が好きだからさ」
「そう作ってくれと言えばよかろう」
「はは、そうだね」
また、軽く流された。
ムッとしたのが顔に出てしまったのだろうか。
子供にするように頭をグリグリと撫でられた。
手袋をしたままなので、少しばかり痛い。
「君ってホント、甘ちゃんだよねぇ」
「よし、その喧嘩買おう」
「売ってない売ってない」
楽しそうに笑ってごめんね?と首を傾げる姿は謝る気があるのか疑わしい所だが、何故か許してしまうのだから本当に自分はこの男に甘い。
「ねぇ、お弁当あげるから、代わりに膝貸して」
「は?」
何事かと目を丸くしている間に、卑怯番長は猫のようにスルリと入り込み膝の上にゴロンと寝転んだ。
抗議の声は前触れもなく外された帽子により止まる。
僅かに外にはねた癖毛は本当に猫のようで、見事な黒髪が風に揺れた。
「…」
「帽子、預かってて」
押し付けられるまま受けとると不審げに見上げる黒い瞳。
普段は帽子やマスクで二重に遮られているものだから、つい顔が熱くなった。
「なーに?」
「…黒髪だったのだなと思っただけだ」
「日本人なら大抵は黒だよ」
クスクスと笑って、横になりながらも差し伸ばされた掌が頬を掠める。
手袋、とって。と囁きにも似た声に従って抜き取ると、いい子、と撫でられた。
もう反論する気も起きやしない…溜息をつくと卑怯番長も欠伸を一つ。
「昼休み終わる前に起こしてね」
「…よく男の膝枕で寝る気になるものだ」
「だって、君の膝だもん」
だから良いんだよ、と言い逃げして卑怯番長はアッサリと眠りについてしまった。
残されたのはおそらく顔を真っ赤にした自分だけで。
とりあえず、と周囲を見回すも人が来る気配はない。
「…」
卑怯番長の黒髪をそっと触ってみる。
スルリと指をすり抜ける髪質はなかなかに心地良いが、この男の事だから手入れなどはしていないのだろう。無造作に帽子を被っているのだから、きっとその通りだ。
「…卑怯番長」
名前すら知らず、髪の色すら今知った。
卑怯者で、意地が悪く、自分をからかってばかりで本心なんて欠片も見せやしないこの男は。
君の膝だもん、とか。
だから良いんだよ、とか。
時折、期待をさせるような事を言って自分を振り回す。
振り回されている自覚はあっても、口では文句を言っていても、離れないのは自分の意思だが。
「……お主のどこがそんなに良いのだろうな」
それは自分にとって、果てなく続く迷路のように思えて。
考える事は止め、とりあえず押し付けられた弁当を食べる事にした。
「寝不足なのか」
心配そうに聞くから、つい反応が遅れてしまった。
「ん。ちょっとね」
「…ふん」
曖昧な返答はお気に召さなかったらしい。
扱いやすく見えるけれど、実はちょっと扱いづらいのがこの男だ。
変な所で鈍くて、変な所で鋭くて。
本当はバイトが立て続けで寝不足なんだけど、そんな事話したら深い部分まで突っ込んでくるのは目に見えている。
できるなら、家の事情は君にはずっと隠しておきたい。
「…何、そんなジッと見て。あ、卵焼き欲しいの?」
「…要らぬ」
「遠慮しなくて良いのに。僕塩っぽい方が好きだからさ」
「そう作ってくれと言えばよかろう」
「はは、そうだね」
当たり前のように、君には家族が居るのだろう。
当たり前のように、君は僕の『親』がこれを作ったと思ってるのだろう。
環境からしてきっと君と僕は対極に位置している。
甘い男だ。
でもそこが愛しくて、頭を撫でると少し嫌そうに顔を歪めたけれど、何も言わない。
文句位言えば良いのに。
ホント、甘い男だ。
「君ってホント、甘ちゃんだよねぇ」
「よし、その喧嘩買おう」
「売ってない売ってない」
ごめんね?と笑いかける。
君は存外優しいから、誠意のない謝罪でも許してくれるでしょう?
「ねぇ、お弁当あげるから、代わりに膝貸して」
「は?」
いよいよ本当に眠気が凄い。
天気も良いし、君と話してると何でか凄く穏やかな気分になるから余計に。
膝の上に落ち着いて、邪魔な帽子をとると、これでもかとばかりに目を見開いた顔が見えた。
「…」
「帽子、預かってて」
うん、一言で言うならば…アホ面?
押し付けるようにした帽子をぎゅうっと握り締めてる。
…何をそんなに驚いてるんだか。目が合うと、カッと赤くなった。
「なーに?」
「…黒髪だったのだなと思っただけだ」
何だ、そんな事か。
そういえば、彼に素顔を見せた事は無かった。
何も教えてない。これからも何も教えない。
「日本人なら大抵は黒だよ」
クスクスと笑って、誤魔化した。
だって君は甘ちゃんで、存外優しい男だから。
きっと僕の事情を知ったら同情するよ。
同情なんて要らない。
欲しいのは君だけ。
あァ、触りたいな。
そう思って伸ばした掌は手袋に覆われていて。
手袋、とって。と囁けば従順に行動するから、いい子、と撫でてやった。
自分とは別の体温に触れると余計に眠くなって欠伸が零れる。
「昼休み終わる前に起こしてね」
「…よく男の膝枕で寝る気になるものだ」
「だって、君の膝だもん」
だから、良いんだよ。
瞼を閉じて言い逃げしてしまえばそれ以上の文句は聞こえない。
あァ、本当に甘ちゃんの上に優しいんだから。
「…」
彼の指が僕の髪を撫でる。
男の膝枕でも、男の指でも、君のものなら何だって良い。
「…卑怯番長」
君が僕を呼んでくれるなら、それで良い。
「……お主のどこがそんなに良いのだろうな」
奇遇だね、僕もどうして君なのか解らないよ。
それでも多分、そういうのを恋っていうんだろうね。
恋というもの
(………今何時)
(………17時)
(…何で君まで寝てた訳?)
(……す、すまんっ!!)
相互御礼にコベル様に捧げます!
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ほ、ほのぼのか…?
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