05






夢を見ていたんだ
甘くて、優しい

夢を




ただ二人で笑っているだけ
それはなんて穏やかな






夢を見ていたんだ
暖かくて、でも悲しい

夢を


















夢は所詮、夢でしかないのに














それは最初で最後の


























幾度となく自分の預かり知らない所で実験台にされた猛に対し、流石にやりすぎたと表面上は反省を示そうというのか、優は珍しくお茶でも煎れてくると席を立った。
手持ちぶさたになった猛は、とりあえずと椅子に腰を落ち着け、ぼんやりと白い天井を見上げる。


猛が優と出会って、二ヶ月が経った。


今彼が腰掛けているのは、猛が部屋を訪れる度に座る場所に困る為、優が手に入れてきた特注のものだ。
カリキュラムを終えた後に、こうして優を探し歩き、顔を見に来るのは猛にとって無意識下の習慣となっていたが、優はそれを咎めるでもなく彼がいつそれに気付くのかと予想を立てたりしている。
それはきっと、猛が知ればまた怒号が飛ぶであろうタチの悪い思考なのだが。
けれど、それはもはや二人の日常でもあった。


「……」


二ヶ月が、経ったのだ。
計画を始動し、実行に移すまでの期間は約一年。
候補者から23人を選出するのは半年後。
残り半年は選ばれた有志の為に設けられた準備期間。
それは全ての候補者が知っている事であり、猛も優も例外ではない。
だがこの二ヶ月の間、優が猛に対して敵対関係を明らかに匂わせたのは出会った時の一度きりだ。
その一度以外、優は猛をまるで友人のように扱っている。
いつか、ではなく、数ヶ月後には潰し合いをするというのが解りきっているのに。


(…掴めん男だ)


一体何を考えているのか。
ただの馬鹿ではないと解っているだけに余計にその思考が予測できない。
それだけに、惜しくもある。
もしも優が候補者に選ばれ、此処に居なければ、いつか計画の最中に出会い舎弟にする事もできただろうに。
23人の有志に選ばれない者は計画を知ってしまった為に消されてしまうのだから。






選ばれれば潰し合い。


選ばれなければ消える。






どちらにしても、優が猛の舎弟になる事はない。






「機嫌、治った?」


ガチンッ、と重厚な音と共に開いた扉に次いでにっこりと笑った優が入ってきた。
思考に没頭していた猛は一瞬反応が遅れたが、優は何かを言う事もなく、部屋の隅でおざなりに鎮座している小さなローテーブルを引っ張り出すと、持ってきたティーセットを置いた。


「待たせたかな」

「…別に待ってはいない」

「そう。あ、珈琲と紅茶どっちにする?」

「……日本茶」

「うん解った」


選択肢に含まれていないものを言ったというのに、予想されていたのか咎める事なく急須に茶葉が落とされる。
見れば元々珈琲や紅茶の道具はなかった。
すっかり好みを把握されている事に、猛は内心苦虫を噛み潰す。
その感情の正体が解らずに、また解りたくなどないと思うからか、余計に居心地が悪かった。
そんな猛を見て、優は困ったように苦笑する。
それは常に笑顔しか見せない彼の、数少ない表情だった。


「…なーに?怖い顔して」

「元からだ」

「あはは、それもそうだね」

「……おい」

「自分で言ったんだろ?」


小さい事は気にしない気にしない。
そう言って笑う優は、互いに敵として相対した時、どのような顔をするのだろう。
おそらく、笑ったままなのだろうなと、猛は思った。
それは確信にも似た推測であり、未来でもある。


「…お前は小さいな」

「そりゃ、君に比べればね」


笑った拍子に揺れる、自分のものに比べて、遥かに華奢な肩を何かを考えるでもなく、ただなんとなく眺める。
黒い衣から覗く、地下という環境下で白いままの肌は妙に異質だ。


「…生っ白い」

「まァ、此処は地下だし」

「外に出るような試験は無いのか」

「んー、その内ね。今はまだ中でも充分なのばかりかな。それに君と違って、僕はまだ組織に信用されてないみたいだからさ」


23区計画は日本という国のでは最重要機密事項だ。
此処を出た先には山々が続いているが、下れば勿論街がある。
候補者の中には、途中で逃げ出す人間も居る為、滅多な事では外に出るような実習も無いのが現状だ。


「まるで、鳥籠みたいだね」

「此処がか?」

「…君にとっては、違うかもしれないけどさ?」

「どういう意味だ」


確かに此処には太陽が無い。
同じような事を繰り返す日々に飽いているかと問われれば躊躇いはあるが頷きもするだろう。
だがそれは、全てこれからの日本の糧となる。
だからこそ、と思えばつらい事など何も無い。
しかし優の言い方は、引っ掛かるものがあった。
例えばそれは揶揄のような、憐憫のような。


「……逃げたいのか」


それは、問うにしても答えるにしても危険なものだ。
優の返答次第では、猛は上に報告しなければならない。
そうなれば、優は勿論始末される。未来など、無くなる。


「逃げたいって、何から」

「…此処からに決まっているだろう」


それしかないと言い切れば、優は目を丸くして、それから声をあげて笑った。
幼い表情と高らかな笑い声はこれまでの空気を打って変わって穏やかにさせる。


「は、あははっ、まーさか。大体、逃げてどうするのさ。始末されるのが解ってて逃げ出す奴は馬鹿としか言えないし、逃げ出す位なら最初から此処には来なかったよ」

「……なら、何が嫌なんだ」


猛が感じていた重苦しさはナリを潜め、代わりにいつもの空気が流れる。
言葉の応酬は軽やかで、優はいつものように笑っていた。
それはただの言葉遊びで、自分はまた優にからかわれたのだと、猛はそう結論付ける。


「僕は此処があまりに閉鎖的だから鳥籠って言っただけ。深い意味は無いよ」

「……解らんな」

「そりゃそうさ。君は僕じゃないんだから」


他人の考えている事が何でも解れば、多少は世の中も平和になるかもしれないけど起きなくてもいい争いだって起きてしまうかもしれないだろ?
だから解らなくて良いんだと優は笑う。


「まぁ疑心暗鬼になる事も、そう無駄な事じゃないけど?特に、僕は気まぐれで嘘つきだから」

「…ふん、お前は一々講釈が長い」

「でも君、納得できる理由が無いと嫌だろ」

「……ふん」


自分を知った風に言われて、苛つかないなど珍しい。
だが、こいつならそれもありかと。そう考えて、猛は苦笑した。
湯飲みからはすっかり湯気が消え失せていたが、猛は何も言わず一息に煽る。



















優は、そんな猛の背中をどこか寂しそうに見ていた。












例えば逃げたいと言った所で何処へ行けると言うのか。

例えば逃げたいと言った所で何から逃げると言うのか。

答があるなら、きっと間違えなかったのに。




















時間が進んでいけば終わりも近づいてくる。
猛は気付きそうでいて肝心な事には気付いてないんです。

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あきゅろす。
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