僕の平穏を返して

※サンデー40号ネタバレ含


黄昏時の教室で。

硝子細工のように透明な瞳が見下ろしてくる。

一体何がどうなってそうなったのかはともかくとして。







帽子とマスクを剥ぎ取り、腹部に跨がって動きを封じ、自分を押さえ付けるのは無表情の男だった。






















彼はマシン番長と言って、以前に一度金剛と戦い、決着寸前になって躯体損傷が激しいとか万全の状態になったらまた戦うとか言って最近金剛に付きまとっている男だ。


「網膜スキャン…卑怯番長、確認。本名秋山優。現在心拍数上昇中」

「無表情でマウント取られればそりゃ上がるよ」

「笑ウナラ問題ハナイノカ」


マシン番長がそう言ってニタリとあまり質のよろしくない笑みを浮かべる。


「ごめん、やっぱり無表情でお願いします…」


あァ失言だった。
マシン番長の笑顔は何を基準にしたものなのか。
せめて、もう少し位爽やかなデータは無かったのか。
ニタリ、だなんて絶対トラウマになる今夜夢に見る!


「…で、何なの」


23区計画に参加して、ビックリ人間ばかりと知り合うからか大概の事には慣れた。
仕留めるつもりならマシン番長の性質上、問答など無く殴打されているだろうし、今は未だそこまで危機感はない。
ただまぁ、心臓には悪いが。


「…何故顔ガ赤クナラナイ」

「は?」

「昨日、金剛番長ニコウサレテイタ時ニハ顔ガ赤カッタ」

「は?!」


思わず声をあげると、マシン番長の能面みたいな顔が僅かに動いた…ような気がした。
何度も同じ事を言わせるな、と平淡な声が咎める。


「貴様ハソウ馬鹿デハナイト思ッテイル。私ヲガッカリサセルナ」

「ぇ、あ、うん、ごめん」


ぇ、ここ謝る所?
あァもう訳が解らない。
昨日って言ったら、金剛は僕の家に来ていて、それから夜には……いや、まぁ、マウントとられたけど、けど何でマシン番長がそれを知っているのかって話な訳で。
そもそも、このマシン番長という男は、以前に一度金剛と戦い、決着寸前になって躯体損傷が激しいとか万全の状態になったらまた戦うとか言って最近金剛に付きまとって……付きまとって?
まさか、と嫌な予感に血の気が引く。
いや、まだそうと決まった訳じゃないぞと自身を宥め、未だにマウント状態のマシン番長を見上げた。


「…な、何の事かな」

「心拍数上昇。瞬キノ回数ガ通常状態ヨリ約0.5倍。事実隠蔽及ビ虚偽ノ可能性92%」

「っ〜!…ひ、人の家を勝手に覗くのはプライバシーの侵害だと思うんだけど」


というか、彼の場合は壁とか窓とか関係無いような気もするが、この際そんな事はどこかに放り投げておくとして。
見ていたとして、一体どこまで見ていたのかが問題だ。


「っ…あー……い、いつまで見てたの?」

「朝、太陽ガ上ルマデ」

「………あーそう、要は全部って事か」


よくもまぁ職務質問をされずに済んだなぁ…と、的外れな感想が浮かんだのは現実逃避の表れか。
とにかく、見られてしまった以上その事実が覆される事はない。
…頼めばデータ消去とかしてくれたりしないだろうか。
いやいや、諦めが悪いぞ。
しらばっくれようにも、嘘が通じる相手ではない事が先程証明されてしまったし。


「何故顔ガ赤クナラナイ」

「?…さぁ?」

「昨日ト同ジ事ヲスレバ赤クナルノカ」

「…………えーっと、マシン番長?何の話を…」


一体何が言いたいのやら、マシン番長を見上げると、その怖い位美形な顔が近付いてきた。


「ぁ、ぅわっ」

「……何故邪魔ヲスル」

「邪魔をしないっていう選択肢がこの状況で思い付かないから…ってそうじゃなくて何しようとしたの今!?」


掌で反射的に顔を押し退けると、また平淡な声が咎める。
しかし今度は謝らない。
むしろ咎めるのはこちらの筈である。


「…貴様ノアノ顔ガ見タイ」

「あの顔?」

「顔ヲ赤クシテ心拍数ハ上昇シ、常ニ無イ緊張状態ニ置カレテイタ筈ナノニ笑ッテイタナ…私ノデータニハ無い表情ダ。ダカラモウ一度見セロ」


今度は保存する、と無表情な男は淡々と述べたが、要は行為中の顔を撮影されるようなものだと思い至り、漸くこの状況に危機感を覚えた。
待て、それはいくら何でもありえないし冗談じゃない。
マシン番長の下から抜け出ようとは思うものの、上手い具合に体重をかけられていて動けない。
しかもしかも、利き手は無防備にも先程防御に使った所為でマシン番長に握られてしまっていた。


(…もしかしてもしかしなくても…絶体絶命?!)


無意識に引き吊った唇の端をそっと撫でるのは、マシン番長の冷たい掌だがその撫で方といい箇所といい、全てが昨晩の金剛をなぞるようで。
一瞬流されかけたが、相手は金剛じゃない。マシン番長である。
男同士でなんてあの男だけでも一杯一杯なのにこれ以上相手をしてられるか。
そもそもマシン番長って下に付いてるんだろうか…ってそうじゃなくて!!
だがしかしどうしたら良いのだろう。


『どうしようもないから諦めちゃえば?抵抗したらボコボコに殴られるかもしれないじゃん』


自分の心の声は、長いものに巻かれろ主義なのか、痛いのやだよ、と人として最低な選択を勧めてくる。
しかして理性はといえば、


『後で金剛にバレたらすっっっごい事になると思うよ…』


暗い声でそんな事を言う。
いや確かに凄い事にはなりそうだけど考えるだけでも気が滅入りそうだけどっ!
でもどうしようもないんだし…ってあぁ!僕人間失格?!


「卑怯番長…」


とか何とか一人でやってる内にマシン番長の顔は正に読んで字の如く目と鼻の先になってるし!
ぇ、ちょっ、わっ………や、やっぱり…無理…!


「っ〜〜〜!」


ゴォッ! バリィンッ!!


「………へ?」


思わず目を閉じると、凄まじい轟音と旋風が肌を掠めた。
そっと目を開ける。と…




「………えーーーっと、」




まず、マシン番長が居ない。
次に、教室の窓ガラスが割れてる。
しかも何か大きな…そう例えば人間が貫通した感じに。
で。


「…こ、金剛……」


すっっっごい不機嫌オーラを纏った野獣…もとい、金剛が立っていた。


「ま、マシン番長は…?」

「…蹴り飛ばした」


蹴り飛ばしたって…あの、ここ一階じゃないんだけど。
…いや、何でもない何でもないですよ、はい。心臓に悪いから睨まないでほしいな。


「…ありがとう。助かった」


多分マシン番長も生きてるだろうから素直にお礼を言っておく。


「……何もされてねぇか」

「……何かされてたら生きてられないね、マシン番長」

「………気をつけろ」

「ん。ごめん」


ポフッ、と落ちていた帽子を被せられ、これもまた素直に謝る。
今回は、僕にもちょっと落ち度があったと思うし。
あァでもホントに怖かった。
マシン番長って何であんな無表情なんだろう…いや、ニタリって笑われるよりはずっと良いけどさ。

とにもかくにも、よく解らない日だった…そう。一日、の筈だったんだけど。






「卑怯番長」

「無理」

「私ニアノ顔ヲ、」

「無理」

「………ナラバ、実力行使ニ出ルガ」

「金剛!ちょっとーっ!」


それから暫くは、金剛でなく僕に付きまとうマシン番長であった。











僕の平穏を返して

(ちょっと、あいつ君の追っかけだろ!)
(…追っかけとは違うんじゃないか)
(いっそ高層ビルの上で蹴り飛ばせば良かったのに…)
(卑怯番長、私ニ…)
(だから無理!!)















マユミカ様から頂戴しましたネタですv
「マシン番長に馬乗りされてパニックになった卑怯を助けようと渾身の力で廻し蹴りを放つ金剛」
反省点は…廻し蹴りを生かせなかった事…かな(汗)




あきゅろす。
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