なんて立派なバカップル




大体さ、両想いになって日も浅いのに。

世に蔓延るバカップルみたいな事ができる訳ないだろ。


あァ、もう、馬鹿。
















「おい、卑怯番長」

「……」

「秋山」

「……、」

「……おい、優」

「…っ〜…何」

「何怒ってるんだ」

「別に怒ってない」


そう、怒ってはいない。
ただ、無尽蔵に湧き上がってくるこの激情をどこへやれば良いものかと迷っている。
放課後の時間帯で、周りは社会人や学生で溢れているというのに、この男は注目を浴びる事も厭わず大きな声で自分を呼ぶ。
卑怯番長、だなんて23区計画を知らない一般人からしたら笑える通称でしかない。


「とにかく、話は帰ってからにしよう。今の僕の状態だと冷静に話せないから」

「………やっぱり怒ってるんじゃねぇか」


そこ、小声で言ったつもりだろうけれど聞こえてるんだからね。
だから怒ってないってば、といつもなら口をついて出る怒鳴り声も噛み殺してツカツカと家路を急ぐ。
こっちが必死に早歩きしているというのに、後ろから追いかけてくる男の歩調は変わらないのだから余計むしゃくしゃした。
弟妹達を幼稚園に迎えに行くにはまだまだ冷静な状態では無いから、仕方なく先に家に入って帽子をテーブルに投げつける勢いで放り投げる。
どちらにしても、この格好では迎えになど行ける筈も無いのだからそれは良いとして。


「前々から思ってたんだけど君って常識が足らないと思うんだ。むしろ人間として備えているべき羞恥心ってものが無いんじゃないの」

「…やっぱり怒ってるだろ」

「あァ怒ってるよ!」


嘘つきだからね僕は。
簡単に信じる君が悪いんだから僕はみっともなく言い訳をしたりはしないよ。


「信じらんない、君って奴はホントに…っあぁもう!明日からどんな顔して学校に行けっていうの」

「ちょっと待て。俺にも解るように話を進めろ」

「っは、進めろ?進めて下さいって言ったら考えてやっても良いけどね!」


マスクも適当に放り投げて、とにかく着替えようと自室に向かう。
ズシンズシンッと重い足音が追いかけてきたが、無視して部屋に入る。彼がそれに習う前にドアを思い切り閉めると僅かに苛立ちの色を帯びた声が「おい」と言った。


「言っとくけど開けたら浮気してやる。入ってきたら別れてやる。ドア壊したら一生口利かない。つまりそこで何もしないで待ってる事が君のすべき事だ。オーケイ?解ったら返事」

「……解ったから、こっちに聞こえるように話せ」

「話せ?この期に及んで命令する訳か。君って自分の立場解ってないの?僕は凄く怒ってるんだけど。それとも人に物を頼む事を生きてきたこれまででした事が無いの。自分一人だけで生きてきたって?あーそう、そいつは凄いや」

「……話してくれ」

「………それは頼んでるんじゃなくて下手に出るって言うんだけど。あァもう良いや。君にそういう要求したのが間違いだった」


短ランを脱ぎ捨て、アンダーもベッドの上に放る。
箪笥から適当にシャツを出して着てから、さてどんな顔をして出ようかと指先でトントンと勉強机を叩いた。机上にあるのは、絶版してから日が経っている古びた本である。
そもそもの原因は、その本にあったのだと考えて、思わず舌打ちした。
















絶版したばかりのその本は、大変興味深くて、倫理的で、且つ現実的な思想家の自叙伝だった。
弟妹達を寝かしつけてから家事を片し、その後になってやっと就寝の時間を迎える生活のサイクルでは、読書は就寝前にするしかない。
しかしながら、ついつい読み耽ってしまい、夜更かししたのは自分の責任だ。
責任だが。


「…、ふぁ……」


帰り際のホームルーム中、溜息とは少し違う、明らかな欠伸に近くに居た念仏番長が、珍しいものを見るようにこちらを窺ってきた。


「寝不足か、卑怯番長」

「ん。すこーしね………ふ、っ…」


おもわず漏れた二度目の欠伸に、白雪宮さんが「夜更かしはいけませんわ」と神妙な顔つきで見上げてきた。
U-Aの担任がホームルーム終了の声をかける。どうでも良いが、この二人は教師の話をちゃんと聞いているのだろうか?
起立、礼。
と、日直の声が響きガヤガヤと人が騒ぎ出したが二人は相変わらずこちらを見ていて。
欠伸を二度しただけで二人の人間がリアクションを返してくるのだから、自分はそれなりに気にかけられているのだろうか。
具合が悪いとか、顔色が優れないとか、そういったものではなくただの欠伸なのに。
何とも気恥ずかしい心地に、曖昧に笑う。
どうにも自分の周りには最近お人よしが増えてきた。


「うん。だ、いっ!?」


大丈夫。と最後まで言い切る事無く顔が重力に逆らって、仰け反るように上を向く。
頬を包むのは他人の温もりで何事かと瞠目していたら視界一杯に金剛の真顔がドアップで迫っていた。
何だ何だ何事だと混乱していたら、金剛がジィっとこちらを見下ろして。


「……赤いな」

「っぁ、?…何、ちょっ…」


充血しているのだろうか。
しみじみと赤いなと呟いたかと思えば、次の瞬間更に顔が近づいてきた。
帽子の鍔を邪魔だと言わんばかりに僅かに上げ、グッと顔を寄せてくるものだから至近距離も至近距離。
むしろ下手をすれば口と口が触れ合ったっておかしくない距離である。


「…夜更かししたのか」

「っ、そ、うだけ、っど」

「…………気をつけろ」


離れろ離れろと心の中で念じていたものが通じたのか、前触れも無い接触は、前触れも無く離れた。
ほっと息をついたのもつかの間、クラス中の視線が自分達に釘付けになっていたのだからとんでもない。
いつもなら生真面目に掃除当番をしていく金剛を待っていたりして意外とのんびり学校を出るがこの時ばかりは脱兎の如く逃げ出してしまった。














………そして、冒頭に戻る訳なのだが。
あァ、思い出すだけで恥ずかしいやら何やらで頭の中がグチャグチャになりそうだ。
大体目が赤いかどうかなんて何もわざわざあんなに接近しなくたって解るじゃないか。
馬鹿じゃないのか阿呆じゃないのか信じらんない!


「……優?」

「っ……名前呼べば絆されると思ってるの」


うんまァ大抵絆されているのは自覚しているけれど。
で、でも今回は話が違う。
クラスの男子や女子が見ていたのだ。
ただでさえ彼との交際が明るみに出てしまって日も浅いというのに。
ただでさえ彼は色んな意味で規格外な男だというのに。
最低最悪。穴があったら彼を埋めてやりたい。


「…結局俺にどうして欲しいんだ」

「ぅっ……ひ、人目のある所であんなに近くに寄らないで欲しい」

「あんなに……?」

「っだから…!」


ドア一枚越しの会話は、酷くじれったい。
そうしたのは自分なのだが。
机上の本をベッドの隅に追いやって、ドアをそぅっと開ける。今更ながらさっきは少しやりすぎた気がしてきた。
やはり絆されているのは否めない。
ドアを開けて、隙間から顔を覗かせると、金剛が立っていた。
そりゃそうだ、自分が待っていろと言ったのだから。


「…さ、さっき、教室で目が赤いって…」

「…………あァ、あれか」

「っあ、あぁいうの、嫌だ。は、恥ずかしいし……人前でする事じゃないだろ…」


世の中のバカップルならやるかもしれないが、僕と金剛は違う。
そもそも交際が成立したのだってこの前なのに、そんなにすぐ堂々とイチャイチャしていられるものか。


「…悪かった」

「……素直に謝るんだね」

「……お前が昨日泣いたのかと思ったんだ」

「………………は?」


マヌケな声が出たのは仕方が無い。
だっていきなり泣いたとか。
むしろ、どこからそんな発想に結びついたのか聞いてみたいものだ。
首を傾げると、金剛がまた顔を寄せてくる。
今度はさっきよりは落ち着いているもののやっぱりソワソワしてしまった。


「目が赤いから、何かあったのかと思ったらつい手が出ちまった」

「な、何かって…」

「だから、何かだ」


じゃ、じゃあ何。
彼は僕を心配して、おもわずあんな行動を取ったと?


(っ〜……立派なバカップルじゃないか!)


顔がどんどん熱くなってくるので、見られまいと俯く。
するとそれをまだ不機嫌であると受け取ったのか、金剛が僅かに前傾姿勢をとった。


「…まだ、怒ってるか…?」

「…………君って、ホント」


馬鹿なんだから、と。口には出さずに近い所にあった金剛の首に腕を回し、その頬へと口付ける。
夜更かしした僕が馬鹿で心配性の君も馬鹿なら、やっぱり僕らはその辺に居る世のバカップル達と一緒なんだろう。

















なんて立派なバカップル

((…あれ、根本的な問題は解決されてないような…))
((……とりあえず、機嫌は直った…のか?))






















こんなのが近くに居たら私は嫌だな(コラ)
この二人なら別として(笑)
卑怯って切れたら淡々と詰め寄るかヒステリックになるかどっちかだと思います



あきゅろす。
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