03




自分の中には沢山の自分


例えば一人は笑い
例えば一人は泣き
例えば一人は怒り




けれど気づけば


自分の中には
もう誰も残っていなかった





笑いも泣きも怒りもしない
ただ其処に在るだけのモノ





でも顔の作り方は覚えていた
それで充分事足りていた






一人の男と出会うまでは











隣を歩く意味






















「……」

「やァ」


目の前でにっこりと笑う顔はとっくに見慣れたもので、猛は疲れきった重い溜息をついた。
人の顔を見て溜息をつくだなんて失礼だなァ、とは口ばかりで、男は気分を害した風もなくにこにこと笑っている。


「…またお前か」

「お前じゃないってば。秋山優だよ」

「小せぇことに拘るんじゃねぇ」


以前の発信機騒動から、リアクションが気に入っただとか意味の解らない理由でこの青年、秋山優は事ある毎に近づいてくるようになった。
優曰く、猛とはカリキュラムの都合上、使用箇所で擦れ違う機会が多いという事だが、おそらくそれは嘘なのだろうと猛は考えている。
それが本当の話ならば、猛はもっと以前から優の事を知っているだろうし、優とてもっと早くに接触を計ってこようとしたはずだ。
それがただの暇潰しに対しての誤魔化しだとするならば猛にとってはいい迷惑だろう。
彼には、他人と必要以上の関係を築くつもりは毛頭無いのだ。
此処は、日本政府が『23区計画』の為に作った地下施設であり、猛と優は計画の遂行候補者である。
友達ゴッコをやる場所でも、状況でもなければ、その必要性すら猛は感じなかった。


「君って人の名前も覚えられない訳?」

「…お前はどうしてそうペラペラと煩いんだ」


だが、猛がはっきりと拒否しないのは彼もそれなりに秋山優という人間に興味があるからだろうか。
彼の父が組織の創設者である事は周知の事実である。有志候補はともかく、施設の職員は軽々しい態度を取りはしない。ご機嫌伺いばかりの脆弱な大人達に対し、時には苛立つ事も多々あった。
猛の容姿がお世辞にも普通とは言いがたい事も一つの要因と言えようか。
だが優の場合は、猛に対して恭しい態度を取る所か見下されればそれなりの反撃さえしてみせた。
これには猛も驚き、そして、珍しくも苛立ちを得たのである。
ただただカリキュラムを消化していく日々は機械的で、そんな色の無い日々に、その苛立ちが猛の中で鮮明に残ったのは無理も無い話と言えた。


「…どうでも良いが、その箱は何だ?」


故に、彼らの間では未だに会話が成立しているのである。


「あァ、これ?」


優の腕には大きな箱が抱えられていた。
両腕で抱え、ぎりぎり優の顔が出る位の、大きな箱だ。
猛の質問に、優はそれを抱え直すように揺らすと、にこりと笑って見せた。


「ワイヤーとかその他色々。ちょっと今武器作ろうかなと思ってて」

「武器?」

「僕も一応鍛えてはいるけど君みたいに鋼の身体はしてないから」


だからこういう方面で努力しとかないとね。
そう言って笑う優に、似合わない台詞だと猛は思った。
知り合ってから間もないが、この秋山優という男は、ヘラヘラと笑い軟弱な体を装ってはいるものの、裏腹にとんでもない切れ者だと猛は認識している。
そもそも、出会い方からして馬鹿か切れ者かのどちらかでしかないだろう。


「何を作る気なんだ?」

「現段階はまだまだ試行錯誤中だけど、まァ凡そは決めてるかな…何、気になるの?」


優がニヤニヤと至極楽しそうに笑うものだから、今更無関心ぶるも逃げるようで後味が悪いと猛は一旦閉口した。
しかし素直に頷く事も負けを認めるようで気が向かない。
そんな幼稚な葛藤を見透かしたかのように、優は声をあげて笑った。


「ふっ、あはは、君って意外と子どもっぽいよねぇ」

「…やかましい。勿体ぶらずに教えろ」

「あァ、ごめんごめん。苛めすぎちゃった?」

「…お前は俺を怒らせるのが上手いな」

「それはどうもありがとう」


優の軽口の所為でなかなか話が核心に進まない。
おもわず怒鳴りそうな自身を猛が自制に努めていると、優が再び箱を揺らした。
それは先程と同じ、抱え直すような所作である。
何が入っているのか、内訳までは知らないが、箱の大きさから見るに結構な重量があるのは確かだ。


「どこまで持っていくんだ」

「ん?開発部。空き部屋一つ貸してもらってるんだ」

「貸せ」

「は?」


何を?と、優にしては察しの悪い切り返しに、まさか聞き返されるとは思わなかった猛の方が目を丸くする。
優にしてみれば、部屋を貸して貰っていると言った事もあり、猛が言う『貸せ』とはその部屋の事と認識したに過ぎない。そしてその部屋を、猛がどのような理由で使いたがるのか見当がつかず聞き返したのだ。
猛は、言い直すのも面倒だと思ったのか、それとも柄ではない考えに気恥ずかしさを今更感じたのか、優の問いに答を返す事も無くその腕にある箱を取り上げ、片腕で軽々と持つとさっさと歩き出した。


「あ、」

「……何だ」

「成程。持って行ってくれる訳か」


数歩歩いた所で優が声をあげたが、振り返らずに訊いてみる。
どことなく弾んだ声が現状を再確認し、遅れて小走りに駆けて来る音が後を追いかけてきた。
おそらく、優は笑っているのだろう。
振り返らずとも容易に想像がつくあたり毒されているな。と、猛はおもわず溜息をついた。

他人とは、必要以上の関係を築かないと決めていたのに、と。


「あァ、そうだ。参考までに聞きたいんだけど」

「何だ?」

「TiとCrどっちが痛そうだと思う?」

「……何だって?」

「だーから、22と24の、どっちが痛そうかな」

「…内容が変わっているぞ。元素記号だの原子番号だの、俺を馬鹿にしてるのか」

「あ、解ってるんだ。意外と冗談通じるね」


ヘラヘラ笑いながら小ばかにしたような台詞ばかりを紡ぐその横っ面を殴ってやろうかと思いつつ、ムキになればなる程優を喜ばせると漸く学習したのか、猛は内心でのみいつか覚えて居ろよと呟いた。
気を取り直して、会話を戻す事にする。


「……で、チタンとクロムがどうかしたのか」

「んー、武器にどうにか組み込みたいんだけど」


どことなくつまらなさそうな優はともかくとして、会話の内容は意外と真面目なものらしい。
そういう事ならばと、猛も真剣に検討する。
作るものにもよるがチタンの方が実用的ではある筈だ。


「チタンじゃないか。軽量で耐熱性もある。腐食もしにくいぞ」

「クロムと合わせちゃうのもどうかと思ってるんだよね」

「合金か。だがそれだと少し重くなりすぎると思うがな」

「だよね…やっぱりチタンかなァ」


そもそも、優がこれ位の事を自己判断しきれない訳が無いのだ。
それに思い当たって、猛は自分は試されたのだろうか、と僅かに自意識過剰にも思える考えを浮かべた。
だが、原子だの元素だのでは試すにしたって何の判断基準にもなるまい、とすぐ頭から追い出して。
例え試されたのだとしても、もう今更だと、諦めた部分がある事は否めないが。


「…ところで、お前は本当に何を作る気なんだ」

「とりあえず、当面の目標としては防刃チョッキ位は楽に切り裂けるようにしたいなと思ってるけど」

「……聞かなかった事にしておこう」


にっこりと、造詣の整った顔が優しげに笑いながらぞっとするような事を言うので、猛は溜息をついてみせるしかなかった。


「あーぁ、溜息つくと幸せが逃げるって知らないの?」


しかしそれも、意に介さない優の挑発染みた言葉にすぐ怒号へと変わったのだけれど。





















とりあえず前回から数日後の話です

我慢しても結局怒る兄と
それをいじって遊ぶ秋山

基本はそんな感じで

※チタンとクロムは実際に合金で使われていますが余計に重くなるかどうかは解りません
チタンは軽量性に優れているのがある種のメリットなので重くなるのはデメリットかなと思い文章に使用しました

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