02
何処かで警鐘が鳴り響く
頭が割れるような、音、だ
カン、カン、カン
行ってはならないと
踏み込んではならないと
告げる
警報が
本能が
無くした筈の
『情』が
その先へ、行ってしまったら
警報は始まりを、
本能が終わりを
猛と優が出会ったのは、今から2ヶ月前に遡る。
猛はいつも通りカリキュラムを消化している途中で、地下広場へ移動している時の事だった。
「……俺に何か用か」
通路の端に背中を預ける形で寄りかかるのは、有志候補が着用を許された漆黒の衣に身を包んだ青年だった。
隠そうともしていなかったのか、自分へ向ける視線はあからさまで不躾である。
重量感のある足音や、他者に比べて異常に鍛え上げられた体格に人の目を集める事は多々あるが、その男の目はそれだけではないと、猛はそう感じた。
声をかけると、青年が目を丸くする。それからわざとらしく左右を確認して、あァ僕のことかと笑った。
「いや、君って他人に興味無さそうだから。声かけられると思ってなくて驚いた」
何とも白々しい笑い方だ。
そして、人を食ったような物言いが気に入らない。
常ならば気にしない他者の存在を、時折気にかければこういった人種で、猛は顰めていた顔を更に酷くさせる。
「あ、怒った?」
「……」
こういう輩は相手にしない方が良い。
猛が答える事も無く踵を返すと、青年は気にした素振りも見せずに含み笑った。
「他人に興味が無いっていうのは当たってるでしょ?」
「…随分と知った風な口を利くじゃないか」
これは安っぽい挑発なのか。
それとも、この男はただの馬鹿か。
二つの思考に、猛は青年の方へと向き直り、その姿を見下ろす。元からきつい目つきをしているので、青年からすれば睨み付けているようにも見えるだろう。
常人ならば、恐怖に顔を引き攣らせるような威圧感も感じないというかのように、青年はやはりにこりと笑った。
「やっぱり一回は自分の目で見ておきたくて」
「…何の話だ」
「君、絶対選ばれるだろうから。当たった時の対抗策とか考えときたいじゃない」
選ばれる、というのは。
聞くまでもなくこの計画の有志に、という事なのだろう。
しかし当たった時の対抗策と言うのは、自分も必ず選ばれるという自信に満ちた台詞である。
やはりただの馬鹿なのだろうか。
猛は、自分のものより遥かに細い身体をした青年を見下ろして鼻で笑った。
「あァ、そうだ。僕は、」
「雑魚の名前に興味は無い。それから、自意識過剰は自分の中でのみにしておけ。お前が選ばれるなど、俺は何があろうと信じられん」
「別に君に信じてもらわなくても良いけど。格下に見られた方が動きやすいしね」
「…口の減らない男だな。それとも俺を怒らせようとしているのか」
「もう苛立ってるクセに、見栄張らなくても良いよ?」
にこにこと笑いながらも、悪意が見え隠れする言葉が繰り出される。
それなりの造詣をボロボロに殴ってやろうかと、考えて、そして止めた。
こんな雑魚に時間をかけている暇は無いのだ。
そう言って適当にこの場を離れようと、猛が口を開いた瞬間、白い掌がヒラヒラと揺れた。
「あ、そろそろ行かなきゃ。またね」
一方的に話したかと思えば、一方的に別れを告げる。
それは自分がすべき事であって、青年に先手を取られた事を口惜しく思いながら『またね』という再会を彷彿とさせる言葉が引っかかった。
あんな男には、二度と会うものか。
猛がそう思った瞬間、
「今、二度と会うものかって思ったでしょ?」
小走りに去っていこうとする背中がくるりと振り返り、首を傾げながらしてやったりと微笑む。
でも、またね、と。
「予言しようかな。君から僕に会いに来るよ」
「……ふざけた事を」
癪に障る男だ。
ヘラヘラ笑って、軽々しい。
猛の中で、青年の第一印象はその程度だった。
が。
「ホラね?君から会いに来ただろ」
にこにこと笑う青年を前にして、猛は見解が甘かった事を悟ったのである。
襟に隠された猛の項には、小さな蝶のような形状をした小型の発信機がついていた。
ちなみに、気づけたのは彼の父親が助言したからに過ぎずそれが無ければ彼はきっと長い事気づかなかっただろう。
さてその発信機であるが、無音ならばともかく、一定の時間が経つ毎にピッピ、ピッピと煩いものだからカリキュラム所ではない。しかも何が原材料なのか、毟り取ろうとしても取れず、困り果てていた所でこれもまた父親の助言が字の通り助けとなった。
こういった機器を精製しているのは、開発部の筈だから其処へ行けば取り払えるだろうと。
そうしてカリキュラムに専念できる筈も無い猛はそれらを翌日に回す事を決め、こうして開発部の部屋を訪れた訳なのだが…
「君が僕に声をかける寸前につけたんだけど。急に声かけてくるからばれたと思って、びっくりしちゃったよ」
よくよく考えずとも、この発信機を誰がつけたのか、該当者はそう多くはないというのに。
部屋に入って早々、にっこりと微笑む青年は発信機をつけた際の事を上機嫌で話している。
見下していた人間に出し抜かれる気分はどうだ?とばかりの上機嫌ぶりには、もはや怒る気力も湧かない。
しかしながら、素直に認めるのも癪であるのが心情というもので。
「…お前に会いに来た訳じゃない。これを引き剥がせる奴に会いに来たんだ」
「あ、言っておくけどそれ僕の試作品だから」
どうにか意趣返しをと口にした言葉は見事に墓穴だった。
何でも、青年は開発部にちょくちょく出入りしているらしく、近頃は試作品と称してその技術を学んでいるらしい。
それはカリキュラム内外に問わずだと、聞いてもいないのに語る青年はやはり白々しい笑顔のままだった。
「…とにかく、だ」
「あ、口で勝つのは諦めたんだね」
「……剥がせ」
「それが人に物を頼む態度かな?」
「っこの、」
殴ってやろうかと思った瞬間ピッピ、ピッピとマヌケな機械音が自分の真後ろで鳴り響くものだから、猛は仕方なく振り上げようとした拳からゆっくりと力を抜いていく。
「…剥がしてくれ」
「仕方が無いなァ」
あくまで上から目線が抜けない言い方ではあるが、彼なりの譲歩なのだろうと解釈した青年は苦笑した。
その笑みは青年が始めて見せた僅かな人間味である。
「……おい、名前は」
「あれー?雑魚の名前なんて知らなくても良いんじゃないのかなー?」
再びにこにこと笑った青年に猛が閉口したのは、不可抗力に等しかった。
優は意外と根に持つタイプ
兄貴は知らず知らずで地雷を踏めばいい
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