良き妻、賢き母



高校生とて土日に学校へ行く事はある。

それは部活だったり補習であったりと様々だが、今日は中学生の為に開催される雷鳴高等学校公開日なのだ。
そういう訳で、今日は全校生徒が登校していた。












昼休みの時間帯になれば、雷鳴高校の学生に中学生が紛れて廊下はいつもより混み合っている。


「やだやだやだやだーっ!」


そんな中、限り無く幼い声が廊下に響き渡った。
声の源はU−Aからである。
通りがかりの生徒がチラッと中を覗くと、水色の園児服に身を包んだ幼女がブンブンと首を振っている。
幼女の名は桜月美。勿論高校生ではない。
在学している桜陽奈子の妹である。彼女の家は両親が海外赴任の為留守にしており、休日に学校へ行くと月美が一人になってしまうので担任に無理を言って連れてきているのだ。
そんな姉妹が何を揉めているのかと思えば、理由は単純明快。子供特有の好き嫌いである。
小さな弁当箱の中には、アルミホイルの隅に細かく刻まれたピーマンが取り残されていた。


「やだじゃないの!ピーマンなんて食べた事無いでしょ」


食べた事も無いのに何が嫌なのかと陽奈子は困り顔で言ったが、月美にはそれなりの理由があるらしい。


「ヒロシ君がピーマンなんか食べたら死ぬって言ってたんだもん!」

「ヒロシ君って………」


おのれヒロシめ余計な事を…と陽奈子が思ったかどうかは定かではないが。


「死なないから食べなさいっ!」

「やーだーっ!」


こんな調子で食べず嫌いが続いていけば、将来嫌な思いをするのは月美自身だ。
陽奈子としてはなるべく食べさせたい所だが、食べなさいと口で言うだけでは利かない…と言って実力行使に出ればぐずるのが目に見えている。
あぁどうしよう、と陽奈子が困り果てていた時、


「ねぇ、月美ちゃん」


自分の昼食を終えたらしい卑怯番長が、屈み込んだついでに頬杖をついて椅子に座る月美との目線を合わせた。
それは正に流れるような動きと言うか保育園の先生の如きこなれた感が凄くある。


「月美ちゃんは金剛お兄ちゃんの事好きだよね?」

「うん、大好き!」

「どこが好きなのかな?」

「えっとね、力持ちで、かっこよくて、おっきい所!高い所が見えて楽しいの!」

「じゃあ月美ちゃんも大きくなりたい?」

「うん!月美もおっきくなって高い所見たい!」

「僕も金剛お兄ちゃんみたいに大きくなりたかったんだけどね。好き嫌いしてたからもう大きくなれないんだ」

「…好き嫌いすると大きくなれないの?」

「うん。だからヒロシ君は小さいでしょう?」

「うんっ!ヒロシ君ちっちゃい!」

「このままじゃ月美ちゃんも小さいままだよ?」

「えーっ!やだ!月美おっきくなりたい!!」

「じゃ、はい。あーん」

「あー…」


パクッ

あ。


「はい、噛んだらゴックンしてねー」


いやゴックンってアンタ…というクラスメイト達の心の声が一つになる。
正に神業と言える自然な食べさせ方は好き嫌いの多い子供をもつ世の奥様方がレクチャーを望むであろうものだ。
何度か噛んでから飲み込んだ月美は、ピーマンの独特の苦味に小さな顔をクシャリと歪めた。


「っ…苦ぁい…」

「よく食べれたねー。はい口開けて」


しかしそれすら読み通りなのか、卑怯番長はどこに隠し持っていたのかいやむしろ常備しているのかと聞きたいような聞きたくないようなイチゴ柄の包装紙に包まれていたピンクの飴をすかさず月美の口に放り込んだ。


「甘ぁい!」

「ちゃんと食べれたからご褒美だよ」

「ありがとー」


言葉にするならホノボノ。
仲のいい兄妹に見えなくもない空気に、実の姉である陽奈子は敗北感に打ちひしがれている。


「うちの幸太も同じ手で食べてくれれば良いんだけど……って、あれ?」


ニコニコと常に無い爽やかな笑みが突如固まる。
気まずげに泳いだ視線には、生暖かく見守るクラスメイト達…そこで漸く、卑怯番長は此処が学校の教室であり自分は今卑怯番長として其処に居た事を思い出した。
食べず嫌いでごねてばかりの月美を見ていたら、ついつい自分の弟妹達を思い出し勝手に身体が動いてしまったのである。


「えーっと…………す、好き嫌いは良くないからね…?」


言い訳を考えているのだろうけれど、口走るのは墓穴のような事である。
どうやら混乱しているらしい卑怯番長に、金剛が歩み寄りその肩をポンッと叩いた。
何かフォローをしてくれるのかと、普段ならばまずありえないと断言できる卑怯番長本人が期待を胸に振り返る。


「…良い母親になれるな」


期待した自分が馬鹿だった。
一気に肩を落とした卑怯番長の心の声は、まるで形となって見えるかのようにその背中にのし掛かる。
何に対しての慰めなのか、そもそも慰めになっていない言葉は、金剛にとって最大限に気を使った結果らしく、肩を落とした卑怯番長に今更慌て出した。


「いや、だから良い母親になれるというのは、つまり俺なりの誉め言葉であって…」

「…ごめんこれ以上追い打ちかけないで」


皮肉や貶しならともかく良い母親になれるというのが誉め言葉だなんて男としたら全く嬉しくない。
卑怯番長は『良い母親』という石文字が加速して勢いよく背中に叩きつけられたかのようにフラフラとよろめく。


「そんな言い方はあんまりではありませんか!」

「…白雪宮さん」

「卑怯番長さん、落ち込む事はありませんわ」


そんな卑怯番長の手をとり、にっこりと微笑みかけたのは剛力番長だった。
あァ、きっと彼女ならばこの苦しみを取り払ってくれるのではないか(というか背中にのし掛かる石文字を叩き割ってくれそうだ)と卑怯番長はそこに天使の姿を見たとばかりに剛力番長の手を握り返した…が。






「卑怯番長さんは、元々良妻賢母ですもの!」






良 妻 賢 母






その四文字は追い打ちとなって卑怯番長を襲った。

しかしながら、以後も引続き彼の世話焼きな性分は改善されなかったとか…されようとしたとか…












良き妻、賢き母

(母はともかく妻って納得いかない!)
(……まぁ、何だ。俺はいつでも構わねぇぜ)
(うるさいよ馬鹿っ!)












1234番を踏まれたろうき様に捧げます

リクエスト内容
『うっかりして、番長の姿なのに秋山優の性格で行動しちゃった卑怯番長』




あきゅろす。
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