笑顔の違いに

※サンデー38号ネタバレ含



その違いに

何故か、苛立った












「和気藹々としてるねぇ」

不意に聴覚に触れた声の方を見ると何処と無く疲れた雰囲気の卑怯番長が立っていた。
結局、この人数に加えてボロボロの外見だからかどこの店も拒否された自分達は、剛力番長の提案によってバーベキューを敢行する事にしたのだが、場所は剛力番長の邸宅なのでどうやって入ってきたのか疑問である(そもそも場所をどうやって知ったのか)


「卑怯番長」

「やァ、君もボロボロだね」


まぁでも結果オーライかな。
そう言って向けた視線は、食材が底を尽くのではないかという勢いで食べ進む剛力番長や、そんな彼女から食べ物を確保しようと奔走する粘着番長と念仏番長。それから、治療を済ませたものの包帯を処置され目が見えない居合の代わりに皿へ肉や野菜を取り分ける道化番長朝子と夜子に注がれている。


「さっきまで戦ってたなんて到底思えない光景だ」

「不思議な男だな、金剛番長という奴は」

「…その当人は?」

「中で手当てを受けている」


剛力番長の御抱え医師が言うには既にほとんどの傷が塞がりかけているらしいが手当てを受けろと他の番長にせっつかれていた事を伝えると卑怯番長は呆れたように溜息をついた。


「相変わらず化物並の回復力だなァ…で、君は包帯まみれな訳か。ご愁傷さま」

「熱き男と戦えたのだ。これ位は構わん」

「…あっそ。僕もご飯貰ってこようかな」

「卑怯番長」


何故声をかけたのかは解らない。ただ、言わなければならないと思った。


「話がある」

「君が僕に?それは珍しい」


擬音にするならばニタリ。
ニコリとは程遠い、人を小馬鹿にしたような笑みに眉をひそめる。
番長同盟は皆熱い者だと思うが、この卑怯番長という男は少し毛色が違っていた。
それでもここで踵を返すのは熱くねぇ、と思い直し、一歩卑怯番長に歩み寄る。


「礼を言いたい」

「は?」

「カブキ番長の事だ」


間の抜けた声に、間髪入れず言うと、何の事かな?と首を傾げてみせる。
とぼける気なのだろうか。見解的には、この男ならば恩に着せそうなものだが。


「仮とは言え、仲間だった奴の不始末だ。ケジメをつけるのは俺達の役目だったが…」

「…君ってさ、馬鹿みたいにお人好しだねぇ。あんな事になったのに、仲間とか言えるんだ?」

「一度は手を組んだからな」

「…君って意外と甘いよね」


誰かさんソックリ、と笑う。
マスクと帽子の所為で確かな事は言えないが、その『誰かさん』を思い浮かべたのか、先程の笑みとはどこか違っているように見えた。
その違和感に疑問を抱いていると、手袋をつけた掌がヒラヒラと揺れ動く。


「気にしなくて良いよ。あれならただの私的制裁だしね」

「私的制裁…?」

「ケジメとかじゃなくてさ…何て言うのかな。ちょっと、ムカついたから」


上手く言えないや。とにかく良いんだよ。
そう言って、揺り動かしていた掌が引いていく。
いつもなら温い喋り方をするなと苛立つ所だが、この男の言い方は本心だと、何となくそう思ったので閉口してしまった。


「一度でも奪われたのがムカついたんだよね」

「奪われた…?」

「……君と金剛番長が、生き埋めになっただろ」


和やかな輪に加わりに行くのかと思えば、結局立ち尽くしたままの卑怯番長は答を思案しているのかやはり歯切れが悪い。


「金剛番長は、何しても死なないって思ってた。正直の所過信してたよ」

「…何が奪われたんだ?」

「んー……解らない」


でも、奪われたと思った。
でも本当は、何も奪われなかったけどね。


「だから、結果オーライ」

「…言葉遊びは温いから嫌いだ」


ごめん、と素直に紡がれた言葉に返すものは浮かばない。
奪われたと言うからには、自分のものなんだろう。
そう考え、大事なものなのかと訊いてみた。


「……大事、なのかな」


口元に指先を当てて、トントンと数回叩き思案顔。
向こうの方では剛力番長が食材を食い尽くし新たな材料が運ばれている。
まず最初に肉から確保しようとしている念仏番長と粘着番長の頭を道化番長、朝子が叩いて夜子が横取りをし居合番長の為に焼いていた。


「…怖かった」


ポツリ、と溢された声に横を見ると、卑怯番長は口元に指先を当てたまま。


「………怖かった、かな」


と、呟いた。


「怖い、だと?」

「大事なものかって君が訊いただろ?そういうの考える余裕もない程度には怖かった」


奪われたと思うだけで、その事実だけで、怖かったと言う卑怯番長は、それ程に大事なものをそうと認識する事もできないのだろうか。
それは人として、何かが欠落している証拠だ。


「、…卑怯番長」


ふと、カブキ番長が生きているのかと考えて寒気がした。
欠落した人間は、こんな風に笑いながら人を殺せるのではないかと。


「……カブキ番長の事だが」

「生きてるよ」


問う前に提示された答。
そんなに解りやすいかと眉を潜めれば、クスクスと笑われてしまった。
今にも足場が崩れそうな、不安定で危うい笑みだ。


「…犯罪に手は出さないって約束したから、殺さない」

「……貴様も甘いな」


約束など、この男にはあってないようなものではないだろうか。
それを従順に守っているのは約束が大事なのか、約束した相手が大事なのか。
大事だと認識はできずとも、まだ、大事にする事ができるならば。
甘いと、そう言う事で何かを感じれば良い。


「…甘いのかな」


笑う。
先程とは違った、どこか安堵したような、嬉しそうな笑みだと思った。


「人の事は言えんなっ!」

「うるさいよ」


声がでかいと注意され、見れば向こうの番長達がこちらを見ている。


「卑怯番長!何処へ行っていたのだ!」

「ちょっとねー」


念仏番長が叫ぶのを聞いて、卑怯番長が至極面倒そうにヒラヒラと手を振る。


「お帰りなさい!卑怯番長さんもお食べになって下さい」

「ん、ありがとー」


距離を取った番長達には見えなかっただろうが、そう言って手を振る卑怯番長の顔は泣き笑いにも似た表情だった。


「…甘い連中ばかりだなァ」


それは蔑むと言うより、羨望にも似た声。
横に居るというのに、何か距離を感じるような、そんな声色だった。


「………貴様も、金剛番長の仲間だろう」


柄にもない事を言ってやる。
自分だけは奴等と違うとでも感じているのだろう。
卑怯を戦闘スタイルとするこの男は、しかし自分の中に人間的な甘さを求めて。
それを、手に入らないものと諦めているように見える。

それでも、奴等と共に金剛を助けてきたのは事実であるしそれを成したのはこの男の甘さなのではないだろうか。

少なくとも、自分はそう思うのだ。


「………柄じゃないクセに、よく言うよ」

「っ俺はただ、貴様があまりに温い事を言うから、」

「ありがと」


図星をさされ反論すれば、最後まで言い切る前に、小さく感謝の言葉。


「さて、お腹空いたし。ご飯ご飯」


そして、卑怯番長の足は漸く動き出し番長達の輪へと加わりに行く。
と、折を見たように金剛番長が数ヵ所に絆創膏を貼られただけの姿で帰ってきた。


「やぁ、元気そうだね」

「…何処へ行っていた」

「…まァ、ちょっと」

「…無茶はすんじゃねぇぞ」

「ちょっ、やめっ…止めてってば…!」


ボフボフと帽子ごと頭を撫でる金剛番長に、口先だけ抵抗する卑怯番長。


「ふふっ、仲がよろしいですね」

「全く、何処かへ消えたと思えば…」

「そう言うな念仏番長。誰にでも事情がある」


そこへ剛力番長が加わり、他の番長達も集まり出す。


(…馴染んでるじゃないか)


何だかんだその輪に溶け込む卑怯番長は、やはりまだ甘いのだろう。


「爆熱番長、君もおいでよ」


金剛番長の横で、邪気のない笑みを浮かべる卑怯番長は、年相応と言うべきか。

その笑顔が曇らない事を祈りながら、何故か、胸の奥底が熱く苛立った。












笑顔の違いに

(僕野菜で良いや。はい、白雪宮さん肉)
(わぁっ!ありがとうございます!!)
(肉も食え(ヒョイヒョイ))
(あぁ、ありがとう。金剛)
(俺のもやろうっ!)
(へ?うん、ありがとう?)











卑怯が好きな訳じゃなく、金剛みたいに卑怯を笑わせられたのが一瞬なのが悔しいだけ…だと良いけど(アレ)



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