エゴイストの涙



要らない。欲しくない。

望んだ所で喪うだけなら。

要らない。欲しくない。


僕には背負いきれないんだ。










君はかわいそうだね。


僕みたいな人間を好きになってしまって。
僕みたいな人間に好かれてしまって。


本当に、かわいそうだ。


そう言ったら、君は僅かに傷ついたような顔をしてみせたから。

僕はそれ以上、何も言えなかったのだけれど。




同性という事を抜きにしても自分の人間性は好かれるようなものじゃないと思う。
卑怯の限りを尽くし、他者を踏みにじっては、笑い続け。
事情があるからと言って許される事と赦されない事があると知っていて。
知っていた上で自分の中の大義名分を言い訳にしてきた。

心が痛まなかったかと問われれば、迷いなく頷く事はできないが、それでも、譲れないものがある事を思えば、見ないフリも感じないフリも簡単だった。




あァ、けれど。

けれどもそれはただのエゴでしかなく、ただ自分が生きていく為の理由にしているだけだと解っているのだ。






弟妹達とて、大きくなれば恋をして結婚だってするだろうし。
生き甲斐を見つければそれしか見えなくなる。
その時自分に残されるのは一人では広すぎるこの家だけかもしれない。
いやもしかしたら、この家すら無くなっているかもしれない。

そうなった時、僕は一体何の為に、誰の為に生きれば良いのだろう。そもそもこんな僕を必要とする人間が弟妹達以外に居るだろうか?居ない。居る訳が無い。どうしよう、僕はひとりだ。嫌だ、どうしよう、暗くて周りが見えなくなる。怖い恐いコワイ…!






「―――い、おいっ」


「っ……ぁ、…」





目を開けたら、金剛が居た。
あァ、そうだ。金剛が居る。



まだ、居る。





「魘されてたぜ。怖い夢でもみたのか?」


普段なら頭にくるような子供扱いも、今はただ心地良い。
みっともなく叫び出しそうになる口をどうにか噛み締めようとしたが上手くいかず僅かに嗚咽が零れた。
金剛が顔を覗きこもうとするより早く彼の胸に飛び込む。

其処には確かな温もりと確かな感触があり、漸く震え出した身体を金剛の太い腕が抱き締めた。




(…足らない、)




もっと強く抱き締めてくれたら良い。骨が折れそうな位に強く。
けれど彼は優しいから、どれ程願ってもそうしてくれる事は無いだろうと解っている。


その優しさは、自分にとって甘い毒だとも。



(だってそうだろう)



彼の優しさを享受するのは何も僕だけに限った話じゃないのだ。そんな事は解っているさ。
それでも僕は、その優しさに甘え続けてる。


「…酷い、男だ」

「?今…」


それはどちらの事か。
掠れた声は彼に届き切らなかったらしい。
拘束が緩まり、隙間からこちらを覗きこもうとする金剛の顔を見る気にもなれず、胸板に顔を押し付けた。



(ねぇ、僕らは)



一体いつまでこうしていられるのかな。
相手の体温を感じて、相手の声を聞ける、そんな距離で、当然のように過ごしている、この時間は一体いつまで続くのか。考えても仕方ない事を延々と考えては切望して絶望する。

掴んだその掌を離す準備だけはしておかなければならないと。
そう言い聞かせてはみても、喪くす恐怖に慣れる事はないのだ。
捨てる側になら何度だってなった。けれど捨てられる側にはたった一度しかなっていない。


なのに心には大きな傷痕がいまだに燻っているのだ。



(触れているのに、僕らはこんなにも不確かで、不安定で頼りない)



未来なんて、そんなもの、明日すら解らないのに信じられる筈も無いだろう?
信じたいと思うのに現実の厳しさだとか重圧だとかを知ってるから道は見えないまま。


「…君が、かわいそうだ」


僕は金剛の人生に於いて彼の支えにはなれなくてどれ程頑張ってみても障害以外のものにはなれないのだと。
解っていても、それでも、金剛は優しいから、それに甘えて僕は知らないフリをする。



かわいそうに
かわいそうだ



僕なんか好きになって
僕なんかに好かれて




「そんな事言うんじゃねぇ」



僕がそう言って笑うと、彼は決まって傷ついたような顔をする。

傷つけているのは間違いなく自分だと知りながら、それでも覆す事のできない事実に笑うしかない僕は無力だ。








「かわいそうだ。君が」








歪んだ視界の中でも、君の傷ついた顔はよく見える。

それでも僕は、ただ笑うしかないのだ。


例えば視界が涙で歪もうと。
ここで泣く事すら、僕のエゴでしかないから。












君への想いすら、エゴでしかないのだと、気付きたくないから気付かないフリをする僕は傲慢なのだろうね。











ねぇ金剛。
君は僕を好きだと言うけれどその『好き』は一体いつまで君の中に在るのだろうか。

少なくとも僕が爺になる前には消えてしまうのだろうと思うのだけれど。



ずっと一緒に、とか。
永遠の愛、とか。



そんなものは不確か過ぎて、僕みたいな臆病者には信じられないような、綺麗過ぎるものだから。


どうせいつかは消えてしまうなら最初から無ければいい。





だってもう、自分から要らないだなんて言えないんだ。













エゴイストの涙

((ごめん。ごめんね))











卑怯は同性ってのを凄く気にすると思います。だからいつかは金剛にちゃんと幸せになって欲しいとか、金剛にしてみたら見当違いな事を考えてる。
ホントにかわいそうなのは、幸せを幸せだと受け入れられない卑怯なんだって金剛は解ってるといい



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