とりあえずは、夜にでも










それはただの気紛れというよりは確信に近いものがあった。


単に目の前でいざこざがあって。

それはいつもならスルーしてもおかしくはない小さないざこざで。

本当にいつもの自分なら普通にスルーしていたもので。

だというのに何故か。




何故かこんな時に、君を思い出して。















「卑怯番長、先日はありがとうございました!」


にっこりと満面に笑みを広げてみせたのは、雷鳴高校の男子生徒。
奇しくも同じ学校の彼は、一年生だとかで、最後の授業が終わるなりすぐにやってきた。
はて一体何の事だろうかと思ったのも束の間、その顔には大変見覚えがあったもので、あぁ、君か、と出てきた声はなんともおざなりである。
同じ教室内に居た生徒達は何だ何だという奇異の眼差しを向けてくるし、同列に並ぶ番長達は一体何をしたのだと声に出して問い掛けてくる始末。
謝礼は嬉しいが、できれば現物で、加えて言うなら人目につかない所で行って欲しいものだ。


「先日僕がカツアゲにあった所を、卑怯番長に助けて頂いたんです」

「まぁ、そうなんですの!卑怯番長さんが正義の執行を!」

「はい!」


説明を面倒くさがった自分を見かねたのか、それとも単に気持ちが先行しているのか、事の仔細を述べたその男子生徒に白雪宮さんは顔を緩ませた。
平均的に言えば小さい部類に入るのだろうその子と白雪宮さんが笑い合う様子は、なんというかとても和む場面だ。
いかにも不穏な事をしたのだろうとばかりに見やっていた居合番長と念仏番長には、何か問題が?とあてつけがましく微笑みかけてやる。
貴様も時には人の為に動くのだな、などという言葉は素直じゃない居合番長のものだった。
まぁね、と言葉を濁す。
別段心から人助けの慈愛精神を持った訳ではなく、一種の下心があってのものだとは言わない。下心といっても、それは男子生徒へ対するものではなかった。
彼は特に何の特技もなければ家柄がいい訳でもない、むしろ苦学生とも呼ぶべき環境である事は調べがついている。
では何が下心なのか、それを語る気は最初からなかった。
大体そんな下心に気づく連中でもない、此処に居るのは大概お人よしの集まりなのだ。


「御礼はそのへんにして、君も教室戻ったら?そろそろ先生来るんじゃないの」

「あ、はい!その前に、あの、卑怯番長、僕お願いがあって…」

「何だい?」

「あの…………僕を、舎弟にしてください!」

「――――――はぁ?」


思いきった発言にはもはや間抜けな声しか出なかった。
周囲に居た人間の反応は言うまでもなく、同様に呆然としている。
当然だ、彼はそれだけの事を言ったのだから。
番長というもの自体、未だこの雷鳴高校では得体の知れないものとして認識されている筈で。
大体「23区計画」自体公的には知られていないのだから、番長の存在だとて同じ事な筈だ。
そういう訳で、番長なんて名乗っている者は奇異の目で見られる事が多い。
その下に就きたいと、彼はそう言ったのだ。驚かない訳がなかった。
とりあえず一日間を置いてもう少し冷静に考えてみるように言い含めたが、どこまで聞いているものやら。
解りました、明日また来ます!と勢いよく去っていた彼は正しく台風一過。


「……良かったな卑怯番長。貴様に舎弟ができるとは」

「何それ皮肉?悪いけどあんな使えそうにないのは要らないよ」


大体カツアゲに合っていた一般人を舎弟にするって、どんな無謀さだ。
ありえないね、と言い切ればそんな言い方はあるまいと念仏番長がフォローしようとする。
けれど、彼だって解っているだろう、あんな一般人を舎弟になんかしたらどうなるか。
ある程度はついてこれないと、舎弟にすらする事はできない。そもそもそんなつもりで助けに入った訳じゃないのだ。
さて明日はどうするか、断るのは決まっている。だがああいった好意満載の申し出を断るのは初めての経験だ。
人知れず悩んでいた僕に構わず、担任がやってきてホームルームを始める。
元からまじめに聞く気などなかったので、ぼんやりと携帯を弄ってゲームをしていれば、突如として目の前が陰った。
何かと思えば、先程のやりとりの中でさえ一言も発さなかった金剛番長の姿。
いつもより早く終わったのか、彼の向こうにもう担任の姿はない。
ざわついた教室の空気からしてもう下校して構わないのだろう。


「行って良いか」

「良いよ別に」


端的なやりとりはいつもの事だ。他の番長達もそれぞれ放課後にやるべき事がある。
お人よしの集まりとはいえど、何も仲良しこよしという訳でもない。学校が終われば皆思い思いに散っていく。
金剛は最近になってよく家に来るようになった、というのも彼とはただならぬ仲というものになってしまった訳で、その上此方の家庭環境をよく知っている彼は、外でよりも家に来る事を望んでくれる。
そう長い事家を空けたくない自分にとっては助かる話だ。
席を立って、教室を出る。
校庭に出た所で金剛がいつもよりも口が重い事に気づいて、どうかしたのかと問おうとした所で頭上から声がかけられた。


「卑怯番長、さようなら!また明日行きますね!」

「…あー、うん、ばいばい」


今から考えるだけでもげんなりしてしまうのは仕方ない。
適当にひらひら手を振って、金剛に早く行こうと急かせば、あぁ、と一言重々しい声が返って来た。
やっぱりいつもと違うなぁ、とは思いつつのんびり校庭に居座るのは如何なものか。
早足で歩けば、後を追ってくる金剛の足取りはいつもよりも遅かった。
そこで、もっと異変に対して疑念を抱いていればよかったのに。


***





家に入ってすぐの事だ。
それまでだんまりを決め込んでいた金剛が、突然僕の腕を引いたかと思えばその腕の中に閉じ込められて。
状況に頭が追いつく前に帽子やらマスクやらを剥ぎ取られて。
激情をぶつけるように荒々しく唇を塞がれた。


「なっ…む、ぅっ……んん、ん」


がたがたと鳴るのは玄関横の靴棚だろうか。
靴もまだ脱いでいない状態で突如受けた奇襲に対応し切る事もできず、肩ごと抱き込まれれば体格差から抗う事も難しい。
様子がおかしかったのはこれの所為か。
呑気に考えている間にも舌の根は強く吸われて、ひくりと喉が鳴る。


「ん、ふ……んむっ…」


つつつ、と肌蹴た学ランの前から掌が滑り込んで鎖骨を撫でた。
まさかこの明るい時間から、しかも玄関で事に及ぶとは思えないが、かといって完全に否定もできない。
熱を持ち始めていた自分を叱責しながらも血の気は引けて、慌てて抵抗の意志を見せる。
ドンドンドン、と握り拳で相手の胸板を叩いた。が、どこまで利くのか、そもそも利いているのか。
離れた唇同士の間は銀糸に繋がれて、焦りよりも気恥ずかしさが先行する。


「な、んだよっ…いきなり……!」

「……すまねぇ」

「っは……はー…謝って欲しいんじゃなくてね、僕は理由を聞いてるんだけど」


此方の訴えを、どうやら聞くだけの理性は未だ残っていたらしく、呼吸を整える間を与えてくれた男はもういつもの金剛晄だった。
それでも僅かにしょげた風に見えるのは、いつもよりもずっと性急な自分を恥じての事だと知っている。
これはあまり追及しては可哀相かな、とも思ったけれど、突然盛られて驚いた此方の気持ちも解って貰いたかった。


「怒らないから、言ってみなよ」

「…………放課後の、」

「うん?」

「……後輩の、」

「……あー、なんとなく解った、かも」


というか、解らざるを得ない。
金剛が言いたいのは、恐らくあの一年生の事だ。断片的でしかない言葉を繋ぎ合わせれば「放課後の後輩の」…事、なのだろう。
中途半端な事をしたと怒っているのだろうか、それとも呆れているのか。どっちにしてもいい類の感情ではない事は知れている。
らしくない事をしたとは、自分でも思っているのだ。
ごめんね、と謝れば、違う、と端的に返される。
ん?と思わず首を傾げれば、違うんだ、とまた一言。


「お前に…舎弟ができるのは、いい事だと思う。負担が少なくなるしな」


頑張り過ぎだと、以前に一度金剛に窘められた事はあった。
それでも一人の方が動く時には都合がいい。烏合の衆になる可能性は根っこから断ち切りたかったのだ。
心を許せる相手なんて、弟妹以外には目の前の男だけしか居ないと思っていたから。
だから、要らない。欲しくない。別に、必要となんて、していない。
それを解っていないのか、こんなにも自分は彼を欲しているのに。
些かむっとした、けれどその後に零された言葉に、そんな感情は露散していく。


「ただ、俺よりもずっとお前に近しい奴ができるってのは…どうにも、な」


こんなんじゃいけねぇとは解ってるんだが、と言いにくそうに口をもごもごと動かす、らしくない金剛の言葉は、紛れもなく自分を喜ばせた。
それは、金剛にとっては不可解な感情なのだろうか、だから戸惑うのだろうか。
他人よりもずっと賢いクセに、どうして単純な事には気づかないのだろう。
けれどそれは、もしかしたらお互い様というやつなのかもしれない。
金剛が解っていないなどと決めつけた自分だって、何も解っちゃいないのだ。
何だかおかしくなって、クスクスと零れた笑みを隠す事は無論しなかった。
訝しむ金剛の、学ランを引っ張って頬に口づけると、鋭い眼が見開かれる。


「舎弟なんて、要らないよ」

「けどな、秋山」

「僕があの子を助けたのだって、君の為だし」


というよりは、君という存在そのものなのかもしれない。僕の言葉を上手く理解できなかったのだろう、金剛は先程の僕のように首を傾げた。体格ばかりはでかい金剛が首を傾げると、何だかやけに可愛く見えてしまって、扱いに困る。とはいえそれも、良い意味で、なのだけれど。


「君だったら、見捨てないんだろうなって。そう思ったら何でかな、助けてたんだよね」


僕の行動の全てが、とまでは言わないし言えない。でも、一端には確かに君が居る。
例えば君ならば、見捨てないだろう。
例えば君ならば、礼を言いに来た相手を無碍にはしないだろう。
君の行動を擬える事で、僕も君のようなお人よしに近づいて行く。
それは多分自分を弱くする行為であるのかもしれないけれど、別に悪い事ではないと、そう、思う。


「君より僕に近しい人間なんて、家族以外じゃ君しか居ないんだよ。金剛」


解らないなら何度でも言ってあげる、何でもしてあげる。
あぁでも、流石にこのまま玄関でっていうのは嫌だから。














とりあえずは、夜にでも
(…というか、お風呂に入る時間と、君が夕飯作ってくれるならすぐにでも)
(……いや、それは止めとく)
(だね。僕も焼け焦げたり調味料過多のご飯をあいつ等に食べさせるのはちょっとなぁ)





















金剛×卑怯で金剛の嫉妬話。微裏、という事でしたが……微裏?(汗)
とりあえず玄関で事に及ぼうとする、という点で裏に認定してやって下さい完全に未遂ですが。
というか金剛が本気なら秋山のいう事聞かなきゃ本番まで行けてしまうのですよね←
卑怯番長の舎弟になって毎日二人の夫婦なやりとりを眺めたいです…って話が逸れた!(殴)
こ、こんなものでよかったでしょうか…?(汗)
き、企画ご参加ありがとうございました!(逃げた)




あきゅろす。
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