恋とはどんなものかしら










「総長、最近その男の話多くないですか」


それは、ある舎弟の一言からだった。
総長になってからも数え切れぬ程起こした集会の最中、舎弟の一人はそう言いながら、どことなく笑っていたように思う。
その男にホの字でしょう総長、と現代日本にしてみればやや古臭い表現をして笑う舎弟を、馬鹿な事言ってんじゃないよと一発どついたのは、妙に照れくさかったからだ。
愛子さんの事があってから、自分は絶対に男なんか好きになりはしないと思っていたのもある。
男なんかに惚れたってロクな事にはならない、磊は自分一人で育てていくんだと、そう思っていた。
だから、今物凄く心臓がバクバクと煩いのは、舎弟とそんな会話をしたからだ。















いつも米を注文する酒屋に顔を出したのは、たまたま近くに用事があったからである。
別に、舎弟と話した事で相手が気になったという訳ではなく、本当に我が家の米が切れかけていた事と、近所だからついでに貰って行こうという気持ちになっただけなのだが、妙に構えてしまうのはやはり数時間前の会話の所為だ。
五月蠅い心臓を叱責しながらも酒屋の扉を潜ると、店番をしている店主と目が合い会釈する。
こんにちは、いらっしゃい、と返される声はやはり店主のものでしかなく、内心僅かに落胆したのは自分でも驚くべき事だった。
別に、期待していた訳ではないのだから、彼の姿がなくても良い筈なのに。


「お米、貰えるかい」

「はいよ、コシヒカリね。何だい児玉さん、一人で持っていくのか」


女の子じゃ大変だろうよ、と店主の気遣いには笑って平気さと返す。
本当に、平気なのだ。
店主はその存在すら知らないだろうが、自分は「番長」であるのだし、それなりに腕力も一般の女子よりはずっとある。
けれどもやはりそんな事など知らない店主は、ちょっと待ってなと人のいい笑みを浮かべて奥に顔を向けた。


「おーい優、児玉さん家に配達行ってくれるか」

「はーい」

「!?」


奥の方から聞こえてきた声に、おもわず肩が跳ねた、ついでに言うなら心臓も、最初の勢いを取り戻したように騒ぎ出す。
それだけでもその声の持ち主が知れるというのに、奥からひょっこりと顔を出したのは、やはり秋山さんであったものだから、カァァァッと物凄い勢いで顔が熱を持つのが解る。
此方に気づいた秋山さんは、あ、どうも児玉さん、と人の良さそうな笑みをゆるりと浮かべた。
あ、はい、どうも、とうっかり自分らしくない歯切れの悪い返事が出たが、秋山さんは気にしていないようだ。


「これ、切れかけてましたよ」

「おう、じゃあちょっくら取り寄せとくか」


互いの手を行き交った紙は、どうやら在庫の明細らしく、奥の方にある倉庫で秋山さんは在庫の整理をしていたのかと今更ながらに気づく。
店主と幾らか会話をしてから米俵を配達用のバイクに積んで、じゃあ行きましょうかと秋山さんが歩き出すのを慌てて追いかけた。
やはり寄らない方が良かっただろうか、こんな風に手間をかける位なら、寄らない方が良かったのかもしれない。
そんな風に考えながらもちらりと秋山さんを横目に窺う。前を見ていた黒い目が同じように此方を見て、目が合えば微笑むものだから、顔の熱さも心臓も落ち着きはしなかった。
けれども、隣を歩けるだなんて思いもよらなかった事態であって、落ち着かないのは当然だが、どこか嬉しく思うのは何故だろうか。


「……あ……あのっ!」

「はい?」

「し、仕事っ、お疲れ様。何だか悪いねっ」

「いぇいぇ、児玉さんにはいつも御贔屓にして頂いてますし。それに…」

「……そ、それに?」


言葉が途中で切れて、妙な間ができた。
つい言葉をなぞって首を傾げれば、秋山さんは穏やかだった笑みをほんの少しだけ意地悪げにしてみせる。


「児玉さんみたいな美人と一緒に歩けるなんて、役得ですよ」


ね?と微笑む秋山さんに、はいともうんとも応えられず、言葉を理解する事に脳みそはフル稼働するものの、結局理解できる頃には顔どころか全身が茹で蛸状態だった。
ぷしゅぅ、と湯気すらあがってもおかしくはない状態になってしまって、つい止まった足にも秋山さんは微笑みながら振り返る。
児玉さん?とかけられる声にも、どう反応したらいいか解らない。
え、あ、う、その、と日本語として形を成していないそれに、秋山さんは微苦笑した。


「トマトみたいになってますよ、児玉さん」

「だ、そ、それは、秋山さんがっ」

「何か変な事言いました?」

「ぇ、ぅ……」


変な事というか何というか。
普通の事のようにさらっと言ってくれるものだから余計に気恥ずかしい…のだと思う。
けれどよく考えてみれば、こういった手合いの事は商店街で付き合いのある店の人にもよく言われる事であるし、こんなものは本来社交辞令だという認識ができる筈なのだ。
だというのにこんなにも、秋山さんの言葉にはこんなにも、過剰な位反応してしまう。
秋山さんと話しているとやけに落ち着かないのも、不思議だ。
どうしてだろう、と考えた奇妙なタイミングで舎弟の言葉を思い出した。


『その男にホの字でしょう、総長』


「っ……!」


違う違う、何故こんなタイミングであの言葉を思い出したのか。
内心で否定を繰り返すが、考えついた事柄を思ったまま秋山さんの顔を見るとやけにくすぐったい。
愛子さんの事があってから、男なんて恋愛対象にはしまいと思っていた。
男なんて居なくとも、自分一人で磊を育て上げる自信があったのもある。
それでも、秋山さんは他の男とは違った所があった。
とても、優しい人なのだ。
表面だけのものではない、芯まで通った優しさを持っている人なのだ。
それを自分は知っている。酒屋の店主から聞いた話ではあったけれど、見せかけだけの優しさで、自分と血の繋がりのない子供達を育てる事などできやしない。
血の繋がりが全てではないと、自分の事も理解してくれる優しい人だ。
この人なら、そう思ってしまう。いいや、今もう既に、思っているのかもしれない。
考えながら歩き続けて、あっという間に家に着いてしまった。
部屋までお米を持って貰って、悪いからと見送りに外までまた一緒に歩く。
見慣れた景色も、秋山さんが居ると思えばやけにキラキラと煌めいて見えた。


「こういう重い物がご入り用の時は、是非僕を呼んで下さいね」


児玉さん、女の人なんですから。
それじゃあと手をあげて、バイクに乗って去っていく秋山さんの言葉を反芻する。
女として扱われるのは久しくて、それが嫌だと思わないだなんて初めての事で。


『その男にホの字でしょう、総長』

「…………そうかも、ね」


次に思い浮かんだ舎弟の言葉を、否定する事はできなかった。





























恋とはどんなものかしら

(磊、おにぎり沢山食べて良いからね)
(すげぇおっきい!うまそー!)
(明日は炒飯にしようか)
(…何か、最近パン出ないよな母ちゃん)
(そ、そうかい!?でもほら、お米美味しいだろ?!)
































33333番を踏まれたしいな様に捧げます

リクエスト内容
『サソリが秋山に恋心を抱いていることを初めて自覚したとき』

姉御が偽者過ぎる気がしないでもない(人はそれをするという)
もうホント申し訳ありません秋山さん下手なナンパ師みたいだ(苦笑)




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