ああ、いたんだっけ、










白学ランが次に狙う拠点を確認し、すぐさま全員で向かった先は霧厳島であったのだが、日本最長といわれる大豪大橋にて、彼らは既に敵襲を受けていた。

正直、鮫にどうやって白学ランを着せたのかという疑問は当然湧くだろうが、それを口にした者は漏れなくサソリ番長に怒鳴られる事となるので約一名を除き、もはや何も言うまいと口を閉ざす一行である。

むしろもっと言うのであれば、と。
鮫、もといムカシオオホホジロザメ、もとい、海原番長の脳の容量が人間の十倍以前に食欲にしか頭が行っていないあたり人間よりも残念なのではないかとか、彼の舎弟であるマカジキがやけに的確にサソリ番長の胸の谷間に目掛けて行ったよなとか、言い出せばキリがないように卑怯番長は思っていたりする。


とにもかくにもただでさえ緊迫した状況下、タイムリミットまで猶予はあると言っても、実際爆破がどのような過程で成されるか解らない以上出来得る限り近くで過ごすに越した事はないだろう。

























そんな状況の最中、別の事象に悶々としている男が、一人。
その男というのは、番長達の中でも中枢を担っている金剛番長であるのだが、彼は今非常に焦っていた。外見上はいつもの如く動かぬ顔つきで島内へ至る階段を上っているのだが、その胸中はもはや平常心とはかけ離れた所に存在していたのである。
その焦りの原因というのが、これもまた番長達の中では参謀役ともいえる程情報収集能力に長けた男、卑怯番長だった。彼は至極いつもの通り、飄々とした体でメンバーの最後尾を歩んでいる。
これがまた、金剛番長にとっては酷く辛い仕打ちであった。
そういった諸々の理由さえなければ、この時点で彼は自分達を見下ろす数々の視線に気づいていたに違いないのだから、やはり彼は焦っていたのである。


(……何日だ?)


誰に問うでもなく、金剛は内心で浮かび上がった疑問に自身で数を数えた。
1、2、3、と数えたあたりでもう嫌になったのは御約束ではあるが、とにもかくにもここ数日、金剛は卑怯番長こと秋山と大したやりとりすらしていなかったりする。それは、ただ単に友人や仲間としてという事では絶対になく、恋人同士がする甘やかなやりとりの事であるとここで補足しておこう。
金剛番長と卑怯番長は、周囲にこそ知られていないが、驚く事に恋仲であった。
ただ、色々な…そう、本当に色々な事情があって彼らが二人きりになれる時間というのは世間一般のカップルに比べて遥かに少ない。
ただでさえ少なかったその時間は、マシン番長との死闘以降更に少なくなってしまったのだから、金剛にしてみれば痛手どころの話ではなかった。
最初こそ傷に障るから、と夜毎の逢瀬を控えていたのだが、この世に舞い降りた天使ではないかと疑う位愛らしい妹に会いに行ったり、二十のクセに学ランコスプレ願望があるのだろうかと疑わしい兄との邂逅があったりと、金剛の私用が重なった果てに、今回の白学ラン騒動があった為、それこそ本当に一切合財全く以て会う時間がなかったのである。
実を言うと某マスクに帽子の卑怯が名に含まれる番長が、身体の負担が減った事に味を占めていたが故に避けていたという事は、流石の金剛も知り得ない知られざる真実というやつなのだが。
とにもかくにも、金剛は枯渇していた。今にも卑怯番長を引っ掴み、路地裏にでも連れ込んでしまおうか、と暴走の果ての発想に至らないあたりが彼の人徳というか損な性分というか、この場合には後者でしかないのだけれども、とにかく飢えていた。


「ここが霧厳島か。思った以上に深い霧だな…」


あわよくば、霧に乗じて卑怯番長への接触を試みる事位はできないだろうか、と考えているあたりもはやこの男、末期である。


「人の姿もまるで見当たらないし、気味が悪いね」

「空港利用客のための宿泊街だから、観光客がいなければこんなものさ」

「ところで番長カーはあのまま放置してよろしいのですか?」

「もしもの時の脱出用にね」


そんな金剛の考えにも気づかず(気づく訳もないのだが)至って普通に会話をするのは、サソリ番長に剛力番長、そして金剛の思考を埋め尽くす卑怯番長だった。
浮かびあがる疑問に優しく答える声を、常人を遥かに凌駕した聴覚を持つ耳に届く。
せめても会話に混ざれればそれに越した事はないのだが、元来必要な事以外は口にしない金剛であるので「えー、なに、なんの話してんのー?」などという軽口を叩くのは至難の業でしかない(そもそもそんな事を金剛がそのまま言えばこの場の空気は凍りつくに違いないのである)
仕方無く黙して歩いていると、念仏番長が宿泊施設まで歩いて行くのはなぁ、と難色を示した。


「ここはやはり車で行くが吉と仏のお告げがあったような…」


そんな言葉を聞き入れたのかは知れないが、成程都合よく、タクシーがやってくる。
後続がないのを見るにつけ、金剛は常識がなくとも雑学の多い脳をフル回転させた。
タクシーは一台のみ、となれば全員でどうにか乗るしかない。タクシーの座席は前に一人分、後ろに三人分である。
こちらの人数は五人、一人が乗れない計算だがどうにか詰めれば良いのだ。
つまり肩と肩がぶつかる、というだけでは済まない、密着というのが相応しい状況。というよりもそれが必然。
ここは是非とも卑怯番長の隣に座りたい金剛である。むしろ本人はすっかりその気でタクシーを引き留めた……のだが。


「金剛番長が一番でかいから前に座れよ。念仏番長はこっち」


当の卑怯番長本人が、それをさっくり阻止してしまった。
狭いのは少しのう、とごねている念仏番長に、卑怯番長は「だったら歩けば?」とつれなくしてどうにか乗る事を承諾させたようであるが、金剛にとってそんな事はどうでもいい。


(何故だ秋山…!!)


カッ、と。
言うなればガ○スの仮面での「恐ろしい子…!」といわんばかりな顔が一瞬浮かびあがったものの、生憎とそれを目にした不幸な人間はタクシーの運転手だけである。
運転手は一瞬ビクリと肩を揺らし、今白目になったっていうか背景が黒くなかったか?と首を捻ったものの、いやいや今のは何かの間違いだろうと気を取り直して口笛を吹き始めた。
実はこの運転手というのが暗黒生徒会の一員などという事に気づいている人間はこの場には居ないのだが、むしろこの場合可哀相なのはこの運転手もとい暗黒生徒会の番長であるのやもしれない。
携帯電話が突然熱を持ち、壊れてしまったと騒ぐのは後部座席のみである。金剛は携帯電話を持っていないのだから当然その騒ぎには参加できない(こういう表現をすると参加したそうに聞こえるが正しくその通りであるのだから致し方がないだろう)
胸元を押さえる卑怯番長は、火傷でもしたのだろうか、というかそもそもどこに携帯電話を忍ばせていたのだろうか、火傷をしたのなら俺が今すぐ直してやるのに…と、金剛が考えていたかどうかは定かではないがその目はやや据わり始めている。
そんな不穏な空気を察せない程鈍くもない卑怯番長は、金剛の視線に気づくなり、変な所を見ているものだなぁと僅か照れくさくなりそっと微笑む事で誤魔化そうとした。
それが正に金剛のドストライクを突くとは知りもせず、である。


(あっ…秋山……!!)


カカッ、と。
本日二度目のそれも、バッチリ見たのはこれもまた哀れかな運転手だけだった。
だけれど正直彼にしてみればこれは任務の一環であるし、現在偽装の真っ最中な訳であるのだから無闇やたらに相手を刺激したくないというのが幸いにも本音だった(下手な事を言えば今や決壊寸前のダムの如き金剛は文字通り破裂した事だろう)
つまり金剛の奇行を完全にスルーした上で、タクシーは彼らが目指すシー・フォッグホテルへと辿り着いたのである。
このすぐ後に、運転手もとい偽装番長は、共に任務へあたっていたドリル番長と顔を合わせた途端言った。


「あいつずっと後部座席の男を見ていたんだが、その目がやけに生々しくて気まずかったぞ…ん?」と。































ああ、いたんだっけ、
(忘れてた)
(っ……!!)
(ウソウソ、ジョーダンだよジョーダン。泣くなってば。大丈夫ちゃんと好きだよ君のこと)
(…秋山…!)





























■リクエスト内容
金剛*卑怯
鮫→偽装あたりの皆で行動中なんとか恋人的接触を計ろうとして結局さらなる欲求不満に陥る金剛
ギャグ

と、言う訳で。企画第十弾です!
よくよく深読みしてみると卑怯からは一切話しかけてないんだよなぁ、とか。しかも部屋隣じゃないんだ?へぇ、とか。
いや夫婦なやりとりはありましたよね満載でしたよねあの単行本は!
ギャグと言う事でしたが……ギャグ、かな?これ(汗)
リクエストありがとうございました!

title/確かに恋だった
※「ああ、いたんだっけ、忘れてた」が正規タイトルです。




あきゅろす。
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