君にあげるよ恋心










そもそも、ガラじゃないんだよ。

だなんて、ただの苦しい言い訳だろうか。















「バレンタインデーだな」


ぽつりと零された言葉に、ふと相手の視線の先を見れば、幸せですか?はいとっても!と言いたげに連れ添い歩くカップル、もしくはこれから幸せになるんですとばかりに頬を染めてははにかみがちな女性。
そんな光景の中にはよくよく見ずとも綺麗な包装袋が隠れ見えて、それでもって余計な御世話だと言いたくなる程、これから通るであろう商店街の通りはバレンタインデーフェアなどというものを開催してくれているものだから、秋山はそういえば今日はバレンタインかと一足遅れて思い出す事に成功した。
考えてみれば昨日のバイトの時にはやけにパートやバイトの女性からチョコレートを貰っていたが、家族と一緒に食べてね、という一言が添えられたものだからいつもの差し入れと勘違いしていたのである。
バレンタインとしてくれたのならば来月が大変だな、とお返しを考えては己の浅慮を今更ながらに実感しながらも、唐突に今日という日が一体どのような事をする日なのかを考えさせるきっかけとなった男を見上げれば、じっとどこかを見つめていた。
そこにあるのはやはり変わらず幸せそうなカップルとバレンタインフェアのやけに赤を基調とした旗であって、もしや相手が欲しているのはチョコレートだったりするのだろうかと笑えない思案に至った秋山は、つい頬肉が引き攣る感覚にいやいやまさかと僅かに頭を振る。


「…意外だな。君もそういう事に興味を持つのか」


苦し紛れに吐き捨てた言葉はかなり感情が篭っていた事だろう。
だって誰が想像できるというのか。
前述した通り、自らは今日という日に関してチョコレートを貰う側、つまり男であって、隣を歩く人間も見間違いようなく男である。
けれども互いに関係は友人ではなく、恋人であるのだがそれはこの際置いておいて…って、それが置いておけないから今こうして奇妙な事態に出くわしているのだが。
恋人。そう、恋人なのだ。
同性ではあれど、いつの間にか恋愛関係とやらを築き上げた自分達は今もそれなりにうまくやっている。
世間的には恋人ならばバレンタインという行事が大きな意味を持つ事は理解できるが、しかしそれが自分達同性のカップルに適応されるとは誰が思うだろうか。
事実自身はすっかりバレンタインなどという行事は失念していた訳だから、相手の発言に驚くのも無理はないだろう。


「……まぁな」

「…ふうん」


その不自然な間が非常に気になるがわざわざ地雷を踏みに行くほど馬鹿にはなれない。
それに聞くまでもなく不満たらたらな眼差しが此方へ向けられているから余計に目を逸らした。
さて困ったな、と一人こっそりと息を吐く。
勿論チョコレートの用意などしていない訳で、しかしそれなりに好いた男の欲しいという訴えを無下にできる程非情にもなれない訳で、けれどもあの、幸せですか?はい以下略な空間に飛び込むのは非常に躊躇うものがある訳で。
隣を歩いていた男よりも先に一歩踏み出して、本来通る筈だった商店街ではなく一本向こうの道へ脚を向けるあたり本心というものはもう解りきっている。
女の子ばかりな空間に一人で入る勇気はないのだ、非常に申し訳ないとは思うが。
全く関係ないが今日は随分と冷え込む。今夜は鍋…いや、おでんにでもするか。などとチョコレートとは程遠い思考に男が物申す。


「バレンタインデーだな」


男の発言は重複していたが、それを、さっきも言ったじゃないかと言い返す事はしなかった。
流石にその対応は酷いかなと思ったのと、さっきも言っただろうと掘り返す事が至極面倒な展開を思わせたのである。
どっちにしたって酷いというつっこみはなしだ。
さて困ったな。
どうやったら円く収まるだろうか。


「ぁー………そうだね」

「それだけか?」


とりあえず、と。
一拍どころか数秒遅れた返答は当然の如く男の気には召さなかった。
自分がその立場でも同じように嫌な思いをするだろうが、かといってそれは求める相手が女性である場合なので男の心情には気づかないフリをしておく。
それだけか、という問いにはもはや言葉もない。
何か、あれなのか、もしや此方が用意していると思っているのだろうか。
それでもってまさか照れとか恥じらいだとかで此方から渡せないだろうから助け船をと思っているのだろうか。
どれだけ深読みしたらそうなる、いつもの、限りなく受け身な彼はどこへ行ってしまったのだろう。
いやただ単純に欲しいと言うに言えないだけなのかもしれない。
どちらかといえば、最後の方である事を祈るが手元にチョコレートの用意が無い事に変わりはなかった。


「……バレンタインっていうのは女の子から男の子にあげるもので、」

「やる」

「…………………………………は?」


仕方なしに駄目元で説き伏せようとした時、ずい、と無遠慮に顔面に押し付けるかの如く差し出されたものを、つい反射的に受け取ると先程までの不満顔が嘘のように男が笑っていた。
それも今度は至極満足そうで、一体何が何やらと手の中に収まっている物を見れば、おそらく会話の流れからバレンタインのプレゼントなのだろう、それにしてはやたら黒々しい髑髏プリントをした袋。
ピンク色をしたリボンだけが場違いにも可愛らしく巻き付けられている。
正直センスを疑った直後心の中でそっと謝ったのは秘密だ(いやこれはちょっとしょうがないと思う)


「バレンタインってのは好きな奴にプレゼントする日なんだろ?」

「……あー……そういう言い方もできる、かな」


苦し紛れの同意は反して自身の矮小さを浮き彫りにさせられる。
先程自身が言おうとした、バレンタインとは女性から男性へという説などただの言い訳だなんて。
確かに、彼の言う意味の方がずっと確かで正確だ。
正確過ぎて嫌になる位に、彼の言う事はもっともだった。
何だか途端に悔しくなって、目に着いたコンビニに男へは何の断りもなく入る。


「?スーパーじゃないのか」

「良いから。君は外で待ってて」


元々買い出しの為に商店街へ脚を向けていた訳だから、彼はコンビニに入る事に首を傾げた。
とはいえ此方の言い分はちゃんと聞き入れ、行儀よく外で待っている。
コンビニは閑散としていた。
この寒い時期、必要があるならばともかくとして、好んで外に出る人間などそうは居ないだろう。
暇そうに欠伸をしている店員の前にあるだけのものを卓に置き、ついでに在庫も出してくれと頼めば、面倒そうな目で見られたが気にしない。
味気ないコンビニ袋に詰め込まれたそれを手に外に出ると、冷たい空気に一瞬肩を竦めた。
外で待っていた男がのそりと近づいてきたので、手渡されたばかりのコンビニ袋を押しつける。


「?」

「低予算だけど文句言うなよ」


言いたい事だけ言って、彼がそれを受け取った事を確認して歩き出した。
来た道を戻る自身の背中に男が不思議そうな声をかけるけれど知らないフリ。
そのままずっと解らないでいれば良いと思えど、数秒もしない内に袋の中身を見た彼は気づいてしまうのだろう。
その後に呼ばれた上で自分がまともな反応を返せるかどうかを思うと、何だか身の置き場がなくなる程恥ずかしいのだが。

とりあえず、バレンタインデーフェアを行っている商店街を歩く事に引け目を感じる事はなくなったのでよしとしよう。















君にあげるよ恋心
(……秋山!)
(っ〜、やっぱ無理ガラじゃない!!(脱兎))





























コンビニにあるだけのチロルチョコ袋詰め。
在庫までも出して貰えば良いですよ。
素直じゃない優ちゃんとかいいよね…(落ち着こうか)
ちなみにこの後逃亡を図る秋山ですがすぐ捕まります当然です(おま)




あきゅろす。
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