晴れの日の雪遊び










前触れなど何もない寒波の報せ。
ブラウン管越しに傘を差したお天気お姉さんが、低気圧がどうのこうのと言いながら天候を口にした。
その晩の内に白いものがはらりひらりと空から降ってきたものだから明日は忙しくなるなぁと額に手をやり息を吐く。

それが、昨晩の事。















毛布の中でもそりと動き、浮上したばかりの意識を奮い立たせようとして数十秒、ベッドから出ようと脚を外へ出した途端、纏わりついた冷気に早くも嫌気が差した。
けれどもこの時期となればこの手の悩みはもはや当然の事であってつまり今更気にしてどうなるものでもない。
今一度改めてベッド下の床に足裏をぺとりとくっつける。
こういう時ばかりはフローリングが恨めしく、いつもならすぐ傍に転がっているスリッパが片方だけ行方知れずなのが余計に精神的なやる気を半減させた。
身を屈めてベッド下を覗き込めば、もう片方のスリッパを発見する。
就寝前の自分が如何に適当な脱ぎ方をしたのか丸解りだ。
部屋から廊下に出ると人が全く居なかった分、部屋よりも寒い。
無意識に肩から腕を撫で擦りながら家族が揃っても充分な広さを持つ居間を覗き込んだ。


「…あーあー…」


もう一つおまけに、あー、と零す。
前日からニュースでも言っていたし予感はあったが、と前置きを一つして、改めて外を見直そうと庭を一望できるように設置された硝子戸を横に引いた。
予期していても反射的に肩を竦める程の冷気は元より、塀の上、庭、物干し竿、至る所を覆い隠す「白」に、秋山は心からうんざりした溜息を吐いた。














庭で遊ぼう、先手とばかりにそう言った秋山に、彼の弟妹達は揃って非難の声をあげた。
普通の公園と同じ位には広いはろばろの庭では、日頃から弟妹達が元気に駆け回っている。
では何故今日に限りそれに対しての異論があるのかというと、やはり原因は外の「白」にあった。
都内にしては珍しく、前日から降り続けた雪である。
弟妹はまだまだ幼い子ばかりで、雪にはしゃぐ気持ちが解らないでもないのだが、家の庭ならともかく近所の公園だなんて行くだけで気が気ではない。
整備された道路は雪の名残に濡れ、しかし乾くまでに至らず冷気にあてられ凍っている。
走って転ぶ、ならばまだ自分が言い聞かせればいい話だが、車や自転車がいつスリップして突っ込んでくるのか。
不測の事態に対応しようにも人数が多い為それも難しい。
だが子供の好奇心から転じた欲求というものは得てして撥ね退け難い何かを持っているもので。


「そういう事で、ケガをさせたら地獄に落ちた方がマシだって位の目に合わせるから心して遊び相手をするように」


結局、優兄ちゃんお願い!と弟妹総出で乞われてしまえば秋山も甘くなるしかなかった。
仕方なく携帯電話を片手に(約一名は鳩に手紙を持たせて)呼び出しをかけた次第である。
明暗は明らかであり、何で俺がこんな事をと半ば怒鳴る爆熱番長の口には容赦なく雪玉が秋山の手によって突っ込まれた。


「ぐむっ、なにをむぐぐぐぐっっ!がはっ!!」

「はーい聞こえない聞こえない。だぁーれも聞こえなーい」


悲鳴?そんなもの聞こえない、皆自分が可愛いのだ。


「このお兄ちゃんの上にカマクラ作ってあげようなー」


にこにこと微笑みながら空恐ろしい事を言う秋山に口を挟む命知らずは居ない。
はーい!と元気よく答えては何の違和感もないのか秋山に足蹴にされている爆熱番長へと子供達が雪を被せ始めた。
相手が秋山ならともかく子供であるが故に爆熱番長はそのまま雪に埋もれていく、勿論止める者は誰も居なかった(鈍感三本角と箱入りお嬢様に至っては楽しそうだな、そうですね、などと微笑んでいる始末だ)
自覚なしとはいえそれは楽しそうに死体遺棄の真似事をしている子供達の将来を心配したのは言うまでもない。


「…何か、他に反論がある人は?」


ゆらり、振り向いて微笑む秋山の顔に陰りがかかった。
頬は緩んでいるものの目が全く笑っていない。
あるなら言ってくれて構わないんだよカマクラ2号にするだけだから、とまたも明らかな殺意を匂わせる秋山に一同は(鈍感三本角と箱入りお嬢様は以下略)揃って激しく首を振り続けた。
本来ならば都内の雪程度でカマクラを作る事などできる訳がない。
だが秋山が今回の話をした際、世間知らず且つ豪快なお嬢様である剛力番長がわざわざ新雪を大量に運搬してくれた為、はろばろの家から近い所にある公園は今や雪だらけなのだ。
正味な話、カマクラなどいくらだって作れるだろう…人を埋められる位に大きなカマクラも、だ。


「うん、物分りが良いって素敵な事だよね。じゃ、各自解散」


秋山によって集められたのは学校でいつも顔を合わせる番長と暗契五連槍のメンバーである(勿論カブキ番長は不在だ)何だかんだと言いながら番長達も年齢的には十代後半、雪にはしゃぐのは何も幼い子供だけではない。
粘着番長は早くも細々とした土台で雪の彫刻をし、念仏番長はその横で弟と一緒に雪だるまを作りながら何やら楽しそうにしている。
あのあたりは創作スペースなのか、更にその横では道化番長姉妹が妹達と雪うさぎをつくっ……ている所へ剛力番長が現れ、なんと雪うさぎに使う木の実を大量に業者に運び込ませていた。
彼女も多分、こういった事が初めてなのだろう、何事も少々スケールがでかい。
残りの男達は揃って雪合戦だ。
居合番長は防御担当なのか投げられる雪玉を居合術で捌いている…どこの怪盗アニメに出てくるキャラだ。
決め台詞はまさか、辞世の句、から、つまらぬものを以下略に変更予定なのか。
ケガをさせたら、とは言ったがそれも女の子に限った話であって男の子には多少ならば良い、というのも猫かわいがりし過ぎて中学校や高校に進学した際イジメに合うような事になるのが不本意だからだ。
遊びの中で逞しさを学べるならそれが一番良い、幸い番長の面々もそのあたりは弁えて加減をしてくれているようだったので、秋山も安心して見ていられるというものだ。


「兄ちゃんの友達って面白いね」


雪合戦には参加しなかった幸太が鼻頭を赤くさせて白い息を吐きながら笑う。
友達と言いきって良いものか、目的は同じだが友達と言える程気の置けない付き合いをしている訳ではない、敢えて言うのであれば…仲間、か。
けれども友達と仲間の違いを、未だ幼い弟が理解できるとも思えず、曖昧に頷いて返した。
ドヒュッ!とんでもない轟音が顔の真横を通過したかと思えば、ゴシャリと嫌な音が背後から聞こえる。
反射的に幸太の肩を抱き寄せながら背後を窺うと太い木の幹が異様な角度で抉れていた。
抉れた部分の周りには白い雪の欠片が纏わりついていてパラパラと落ちていく。
雪玉だ、と認識して前を見るともはや雪合戦は子供のお遊戯レベルではない番長対決となっていた、当然弟妹達はとっくに避難した上で笑顔で観戦している。
但し、金剛が投げる時に限っては番長も弟妹も揃って身を隠すのだが。


「……なーにしてんだか」

「全くよね」


呆れ交じりに漏らした苦笑に返ってきたのは道化番長姉妹の姉である朝子の言葉。
おそらく被害が拡大する前に此方に来たのだろう。
まぁこの場合どこに居ても同じようなものだと思うのだが妹達を守りに行く手間が省けたので言わないでおく。


「悪いね、遊んで貰っちゃって」

「別にいいよ。ねぇ夜子」

「ん…子供、好き…だし」


元々はマジシャンである彼女達は子供の相手をする事に慣れているのか、成程言葉の通りどこか楽しげだ。
悪いとは欠片も思ってはいなかったけれど、そういった反応をされるとなんとなく安堵するものである。


「兄ちゃん、これ!」

「あぁ、ありがとう」


あげる、と満面の笑顔で差し出された少し歪な雪うさぎを受け取り、妹の頭を撫でた。


「卑怯番長さん!私のもどうぞ!」

「うん、ありが……」


そこへやってきた剛力番長の声もどこか弾んでいる。
同じように笑顔で受け取ろうと声の方を見ると途中で言葉は止まってしまった。
それというのも彼女の手には雪うさぎがないからであり、更に当の彼女が指差す先は巨大雪見大福と言われれば納得できてしまえる物体が鎮座していたからである。


「……えーと、まさか」

「雪うさぎですわ!」

「あぁうんそうだよね知ってたそんな展開だって」


納得したと同時に視界の端で道化番長姉妹が微笑ましいと言わんばかりに笑みを浮かべ肩を竦めてみせた。
多分、大き過ぎると忠告したのに持ち前の天然を発揮して聞かなかったのだろう。


「…ありが、とう?」

「どういたしまして!」


言葉はそれしか思い浮かばず、頬が引き攣ってやいないかと懸念したがどこまでも清廉とした笑顔と勢いのある返事からして上手く笑えていたようだ。
そんな彼女の鼻先には雪が僅かに積もっている。
一体どこに顔を突っ込んだのか、常の世話心が顔を覗かせた反射でそれを拭うとしまったと思う暇もなく笑顔でお礼を言われた。
天然って凄い。


「こういう事するの初めてなの?」

「はい!とっても楽しいですわ」

「そう。ならあっちにも混ざってみたら?坊主番長に雪玉ぶつける遊びなんだよ」

「あら、そうなんですか!楽しそうですわね!」


行って参りますわと意気揚々として今や戦場と化した雪合戦、雪玉の飛び交う中へ何の躊躇いもなく飛び込む剛力番長に、此方の話が聞こえていた訳でもないだろうにいつの間にか巻き込まれていた念仏番長が顔面を蒼白にさせて奇声をあげる。
可哀相というよりは滑稽としか思えない光景に、おもわず噴き出した。
道化番長姉妹も、弟妹達も、同じように笑っている。


「兄ちゃんのお友達、面白い人ばかりだね!」


先程幸太が言った事と同じ言葉を今度は妹が口にしたので、秋山は一瞬の間の後、そうだな、と笑って返した。















晴れの日の雪遊び
(楽しかったですわ!また今度もご一緒させて下さいね)
(我は雪なぞ暫く見たくもない…!)
(私も…雪に和の心を感じ得なかったのは初めてだ)
(大丈夫か。念仏、居合)
(…ねぇ、何か忘れてる気がしない?夜子)
(………忘れてる、かも)
(そういや爆熱が居ねぇな)
(((…………あ!)))




















37000番を踏まれたきょん様に捧げます

リクエスト内容
『秋山(not卑怯)+はろばろの子供達と他番長との絡みでほのぼの系』

最後にハモったのは道化姉妹と秋山です(補足しないと解らないという)
忘れ去られた爆熱よりも台詞どころか名称すら出ない監獄の方が可哀相な扱い(貴様)
大人数出すもんじゃないですね…念仏と粘着の合作雪だるまが転がってきてドタバタ…とか考えたんですが収拾がつかなくなりそうなので割愛(充分収拾がついてない)




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