距離にして、ゼロ










好意を簡潔に表すには好きと言うしかない。
それは解っているのだけれども。

どうしたってその勇気が自分にはない。















「好きです」


使い古しにも思える、けれども確かに好意を伝えるその言葉が聞こえてきて、途端に秋山の身体はピタリと停止した。
危うく刷り足に紛れて土が音をたてそうになったが寸での所で堪える。
旧校舎から親校舎へ至るまでの裏庭には通常人気など全くない。
その為、定番の体育館裏や屋上などよりもそういった告白の場面に出くわす比率は確かに高かった。
告白をしている女子は後姿しか視認できないが、確か隣のクラスで一番人気を誇る女子だったと思う。
差し出された封筒は白地に淡い花が一輪隅に描かれていた。
ラブレターか、成程相手の男にはいい手段かもしれない。
相手の男は自分もよく見知った人物であるのだがその表情は全く動揺も歓喜もしていないようだった。


(もう少し愛想があれば誤魔化せる事もあるのにね)


全く馬鹿に真面目な男だな、と呆れがちに眺めていれば、相手の男、金剛番長こと金剛晄が女子を見下ろしながらも僅かに頭を下げた。


「すまねぇが」

「…あの、読んでくれるだけでも良いんです」


簡潔な拒絶にも引き下がる事はなく、差し出した封筒は女子の懐に収められる事はない。
金剛が受け取ってくれる事を待っているのだろう、見かけによらず芯の強い女子らしい。
けれども相手はあの金剛番長であり、あの金剛晄であるのだ。


「受け取れねぇ」


きっぱりと封筒をも拒絶され、女子はあとは何も言わずに頭を下げてからその場を立ち去った。
残されるのはその場に佇む金剛と一部始終を見ていた秋山、そして微妙に重さを感じさせる空気のみである。
声をかけづらい、だなんて今更思うような殊勝さを持ち合わせていない秋山はそれらを気にする事無く、今度は土をジャリジャリと鳴らしながら金剛に歩み寄った。


「やーい、色男」

「……見てたのか」

「そっちが勝手に始めただけだろ」

「いや、責めてる訳じゃねぇ。ただ」

「解ってる。誰にも言わないよ」


ぽんぽんと進んでいく会話に主語はない。
金剛が、見られていた事に羞恥を感じるでも憤りを感じるでもない事など知っているし、こういった話が他人の口に上って傷つくのは女子の方だ。
その為の口止めは最後まで言わせなかったが、それ位の事など秋山なら察して当然である。
敢えて誰の為とは言わないあたりが金剛らしいなと秋山は笑った。


「まぁ、待たせた僕も悪いしねぇ」

「…誰もお前が悪いなんて言ってねぇだろう」


そもそも金剛が此処に居たのは秋山が卑怯番長の恰好から普通の服装に着替えるのを待っていた為である。
別にいつもこうしている訳ではなく、秋山の家族である弟妹達が金剛に会いたいと言う度にこういった待ち合わせは行われていた。
つまり此処に金剛が居たのは自分が理由の一つになるのだから悪かったと、けれども告白されるような隙だらけの状態で居たのは金剛自身が原因なのだからと、揶揄の意味合いとして漏らした言葉は額面通りの意味合いで金剛に届いたらしく、真面目ったらしい顔でそう返される。
はいはい、と御座なりな声を返しながら歩き出し、向かうは裏門だった。
正門から出るのではわざわざ旧校舎で着替えた意味がない。
人気のない裏庭を歩きながら、秋山はちらりと横に並ぶ金剛を見上げた。


「何で断っちゃった訳?結構可愛かったのに」

「…?」


至極不思議そうな顔に含まれているのは「可愛い?」というものだろう。
金剛晄という男にとって、可愛いというのは子供に対して使用されるものであるらしいと知ったのは随分と前の事だったが、敢えてそう問う事にしていた。


「男子に人気がある子なんだよ」

「あぁ、そういう意味か」


それが、此方が言葉を変えて説明してやる事に頷く姿を見たいが為であるなどと金剛は知らないだろう。
何も知らない生まれたばかりの雛に物を教え込むのは存外楽しいものである。
納得したように頷いてから、金剛は特に差し障りがある訳でもないとばかりに、応えられねぇからな、と返してきた。


「今時最初から両想いなんて滅多にないし、付き合ってみたら好きになるかもしれないのに?」

「そういうのは相手に失礼だろう」

「別に結婚を前提にお付き合いをって歳でもないのにねぇ」


君はホント、馬鹿がつく程真面目でお人よしな男なんだなぁ、と。
秋山がそう零せば金剛は口をへの字に曲げてみせた。
今時とはかけ離れた金剛の考え方はある意味では理想的な答であるが、実質現代社会では最初から心底想い合って付き合う男女などそうは居ないものである。
恋愛関係では居合番長と気が合いそうだな、とはどういう意味だと問われた時にうまい事答えられる自信がないので言わないでおくけれども。


「せめて手紙位受け取ってあげれば良かったのに」

「応えられねぇなら受け取るべきじゃないだろう。どうしたって期待させちまうからな」


それこそ残酷だと言わんばかりに返されて、堅物かと思えば意外にもきちんと相手の事も考えているのかと眼を丸くする。


「……何だ?」

「いや?意外だと思って。君もそういう事に頭回るんだな」

「それは褒めてんのか貶してんのか」

「好きなように取ってくれれば良いよ」


じゃれ合いのように会話は進んでいく。
こういう風にしていると金剛も秋山も普通の男子高校生のようで擽ったいような落ち着くような、けれども奇妙な違和感を感じた。


「気に入らないなら返せば良いんじゃない」

「……返品ってのが利くもんでもないだろう」

「ま、僕なら期待なんかしないけど」


きっぱり断られた上でならね、と敢えて念を押して秋山がそう言えば、金剛がちらりと横に並ぶ秋山を見下ろした。


「何だ、好きな奴でも居るのか」

「うん?君が気にする事でもないだろ」


問いをあっさりと受け流しながらも、秋山は内心開いた口が塞がらない。
実を言うと、ああいった場面に出くわすのは初めての事ではなく、弟妹が会いたがっていると伝えれば馬鹿正直に自分を待つ金剛を目敏く見つけてはやってくる女子の姿を、秋山は何度も目にしている(一部では何故金剛番長があんな所に居るのかという疑問の声があがっているが本人は全く気が付いていないので秋山も何も言わないでいた)
だがそれを秋山は言わないでおく。
時には何も言わず傍観を決め込み、時にはこうして揶揄を伴った茶々を入れる位だ。
何故なら秋山自身も金剛に対して他の女子が抱くような気持ちを抱いているから。
余計な事は言わずにおく方がいい、けれども時には堪えかねて言ってしまう。
それを知る金剛ではないだろうから、これまで今日のように問い返された事などなかった。
日常は時と共に変化するものだとは思うがまさかそれが金剛にも適応されるとは。
意外性を伴った驚くべき発見に、秋山はひそりと笑った。


「いや、興味はあるな」

「何だい、随分と食い下がるじゃあないか」


クハハ、といつもの笑い声を零しながら歩いている内に裏門に辿り着く。
正門と違い通常使われる事の少ない裏門には常時鍵がついているのだが、常人ならばともかくとして金剛も秋山も身長的に乗り越えるのが苦ではなかった。
裏門の鍵など、本当なら理事長あたりから強請り取れば済む話なのだが落とした時に拾った人間が今後裏門を使うようになったりなどしたらそれこそ面倒だ。
先んじて金剛が門向こうの路地に身を翻す。バサリと長ランの裾が舞うのはサイズもあってか圧巻だ。
秋山が門に飛び移り脚をかけた所で前を見れば、金剛の顔と調度高さが合う。
この瞬間が、秋山は好きではないと思う。
高鳴りは一度だけでは済まない。
思う以上に近い互いの顔の距離を元に戻そうとして地面に降りようと脚を動かした時になって金剛が手を伸ばした。


「……えーっと」

「どうした」


どうしたもこうしたも何してくれてるんだこの男は、と。
秋山はまさか口に出して言える訳もなく、内心でのみ思い付く限りの罵倒を述べておく事にした。
脇に差し込まれた僅かな温もりと圧迫感、金剛の手のひらが両脇に差し込まれ、ひょいっと持ち上げられた時の困惑といったらない。
今日は本当におかしいなと、思っていたら金剛は至極真面目な顔でこう宣った。


「ケガしたら危ねぇからな」

「……あー…うん、ありがとう、降ろして」


女の子扱いかと思いながらも面倒なので突っ込む事はしないでおく。
何にしたって距離は先程よりも近いのだ、さっさと降ろして貰いたい。
金剛はそれからも何を思ってか秋山の身体を抱き抱えたまま顔を覗き込んだ。
見上げるのは鋭い眼光、見下ろすのは揺れる黒い眼。
いつもとは真逆の状態に、困惑した秋山は一度落ち着こうと溜息を吐いた。


「何か変な物でも食べたのかい」

「いや。何でそう思う」

「今日の君はとてつもなく半端なく変だからに決まってるだろ」


さっさと降ろしてくれともう一度訴えれば、金剛は漸く降ろす気になったのか腰を屈めた。
腕をぱっと離してくれても構わないと思ったがもう降ろして貰えるのなら何でもいいかと秋山は黙して脚が地に着くのを待つ。
けれども。
ガクン、と。
突然身体がずり落ちたものだから咄嗟の反射で金剛の腕に縋った秋山は、これも反射的に眼を瞑った。
途端に何か温かいものが顔に当たって、それは何かと確認する間もなく離れていく。


「受け取ったな」

「は?何を、」


状況的にも不似合いに等しい、訳の解らない言葉に眼を開けながら問うと、すぐそこに金剛の顔があった。
何を受け取ったのかと、問う言葉は金剛の口に塞がれて紡げない。
離れた金剛の顔は、至極真面目で、けれどもどことなく意地が悪そうに口端を僅かあげていて。






徐々に首から顔まで到達していく熱を認識する間に、金剛が「好きだ」と言った。





























距離にして、ゼロ
(は、え、何、プリン?)
(……何でそこでプリンが出る)
(いやだって君の好きなものってプリン位しか…ってそうじゃなくって!)
(何だ、テレてるのか?可愛いな)
(かわっ……!?)
(あぁ、言っておくが返品は利かねぇぞ)
(……か、返さないよ!)



















金卑LOVESに投稿させて頂いた話です。
お互いを気にし合うとか両想いフラグを書きたかった。
あとだっこ。ひょいって、だっこ!!(落ち着け)




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