相合い傘







暇潰しにと居座り始めてからも、電車は走り続けて一駅、二駅と過ぎていく。
鋏番長はかなり花咲番長を好いているようだけれど、花咲番長はそうでもないという事に気付くのにそう時間はかからなかった。
いや、仲間という意味でなら好いているのだろうけれど、色恋の断片は見えない。
しかも天然なのか計算なのか、鋏番長の好意をさらっと受け止め、さらっと流しているのだから対する鋏番長は余計必死になるというものだ。


「雨凄いね、僕傘持って来なかったや」

「私が持ってますから、二人で使いましょう」

「それって相合い傘だね!」

「そうですね」


…いや、訂正。
会話だけ聞くと受け入れているとしか思えない。
しかも多分きっといや確実に天然なのだろう。
何の恥じらいもなく相合い傘を公言する鋏番長の図太さと合わせて、良いバランスなのかもしれない。


(相合い傘ねぇ…)


人の恋路は見ていて楽しいものと楽しくないものに二分される。
最初こそは面白かったが、ナチュラルにいい雰囲気の二人を見ていると馬鹿馬鹿しくなってきた。
わざわざ振り向かずとも、真向かいの窓から見える光景で雨が止んでいない事など解っている。
やっぱり傘を持って出てくれば良かった、などと今更な後悔をしていれば、車内に響くアナウンスが目的の駅名を述べた。


「あ、次だね!」


マジかよ、と。
許されるならば突っ込んでいたであろう言葉はどうにか飲み込む。
鋏番長は今から相合い傘に想いを馳せているのか、どこかうっとりと雨雲を見つめていた。畜生殴ってやりたい。
そうこうしながらも目的地に降り立てば、やはり激しい雨水。
できる事ならこの洗礼を受けずに帰りたいが、止むまで待っていたら夕食の支度に間に合わない。


「うわぁ、凄い雨だね!これじゃあピッタリくっつかないと濡れちゃうね!」


改札口へ向けて先に階段を降りていく鋏番長の声は物凄く嬉しそうだ。畜生蹴り落としてやりたい。
怨念のようなものが通じたのか、鋏番長が改札で引っ掛かった。
どうやら手持ちのカードに入っていたお金では出られないらしい。ざまあみろ。
ささやかな災いをひっそりと祝福しつつ、追い越して改札機を抜ける。
さて、今度こそ覚悟を決めようと、前を見れば、何があろうと間違えない、むしろ間違えるのが難しい相手が、其処に立っていた。


「こ…金剛?」


改札機を難なく抜けてすぐの支柱に寄り掛かるのは、己の恋人、金剛に間違いなかった。
どこかむっすりとした顔からは、怒りでなく安堵が滲み出ていて、ちぐはぐなその様子に苦笑してしまいそうになる。


「行き違いになったかと思ったんだが、間に合って良かった」

「…迎えに来てくれたの?」

「あぁ」


外見たら降ってきたからな、とか。
洗濯物は入れておいたぞ、とか。
自然にそう言う金剛の手には紺色の大きな傘が一本。
彼のものだ。
しかしながらそれ以外に傘は見当たらない。


「……僕の傘、は?」

「……」

「……」

「………………あ」

「忘れたんだね…」


聞くまでもない。
聞くまでもないが、つい訊いてしまった。
暫しの沈黙の後、金剛が声をあげる。
焦ったような顔で、此方を見下ろしてきた。
いつもなら、自分を棚にあげて文句を言う所である…が。


「いいよ、もう。一緒に入れてくれれば」


(今日位は、まァ、助かったし)


誰に対してか解らない言い訳をしながらも見上げると、金剛が目を丸くした。
恥ずかしいからそんなにジロジロ見ないで貰いたい…だから見るなってば!
まじまじと見下ろしてくる金剛に、帰るの帰らないのと声を荒げれば、漸く傘を開いた。
肩を並べると、どことなく嬉しそうだ。
現金というか単純というか、扱いやすいというか…どうにも堪えきれずに笑ってしまう。
別に、鋏番長に感謝も共感もしないけれども、身近に他人の体温があるのは、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ良いかもしれない。


(なんて、金剛には言わないけど)


「…何笑ってんだ?」

「んー?べっつにー」



秋山は知らない。
そんな自分達を見守る三つの目があった事を。


「先程同じ車両に乗っていらした方、お迎えが来たみたいで良かったですねぇ」


心からそう思っているのだろう、花咲番長の声は柔らかい。


「…………」

「鋏番長さん?」


傘に隠れて、迎えに来た人間の肩から上は見えない。
それでも、先程まで車内で二人きりを邪魔したクセにつまらなさそうにしていた男の、幸福に溢れた笑顔は確かに見えて。


「…なーんか負けた気分」

「はい?」

「……んーん、何でもない。さ、相合い傘しよ!」

「はい」


僕達だって、ラブラブなんだからね、と。
鋏番長が思ったかどうかはともかくとして。
大抵の者に敬遠された今日の大雨は、どうやら二組のカップルに幸せをもたらしたようだった。










相合い傘
(にしてもやけに胆がある一般人だったなぁ。今度見つけたら舎弟にしよっかな)
(胆は解りませんが、仲間が増えるのはいい事ですねぇ)
(はっ…くしゅ、)
(風邪引いたのか?秋山)
(いや…何か一瞬、物凄い寒気が…)











これにて終了
ありがとうございました!



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