暖かいなんて言わない















その日、卑怯番長こと秋山優は我が目を疑った。
マスクを着けた不審人物が呆然と立ち竦んでいれば普通に怪しい…というのに、周囲の視線は秋山が見つめる先へと向けられている上にその周囲というのも同じように呆然と立ち竦んでいた。


「……こ、金剛番長?」


恐々と。
そういった表現こそが似合うだろう慎重さで秋山が声をかける。
声をかけられた側である金剛番長こと金剛晄は、何だ、と簡潔な切り返しを述べて見せた。
いや何だっていうかこっちが何だって言いたいと言うか。
どう返したものか悩みに悩んだ末、秋山なりに無難な言葉を幾つか頭の中で取捨選択する。


「えーっと……風邪でも引いた?」

「?いや」

「あー…そっか…」


呆気なく返された否定に、秋山はがくりと肩を落とした。
他にどう問えば良いのだろう、と考えながらそういえば遠回しな手はこの男に通じないのだったと気づく。
この際ストレート、直球勝負しかあるまい。


「…じゃあ、何でマフラーなんてしてるんだい?」


首元にきゅっと巻かれたストライプ柄のマフラーは、はっきり言ってとても異様だ。
確かに近頃はいきなり冷え込んできたから常人の神経ならば防寒具を身につける事に違和感などある筈もない。
かなり譲って寒いのだとしよう、金剛に限ってそのような事はないとしてもそうだとしよう。
だったら学ランの釦が全て外されている通常の状態なままとは一体どういう事だ。
しかも中に着ているのはいつもの白いシャツのみ、これで寒いと言われて誰が納得するだろうか、いいやしない。して堪るか。
周囲の感想も似たり寄ったりだったのか、秋山の問いに何人が頷いた事だろう。
当の金剛はそれにも気づかず、暫しじっと秋山を見下ろした後、気分転換だ、とらしくもない言葉を述べる。


「ふーん…気分転換、ねぇ」

(絶対嘘だなこれ……)


嘘をつく事にこれ程向かない男もそうは居ないだろう。
企む、という事柄にも全く無縁に思えるが一体どのような考えがあるのやら。
仕方無く席に着いた秋山がそっと見れば金剛はマフラーを背凭れにそれはもう丁寧にかけていた。
何だろうあのどでかい幼児。本当に外見と中身がバラバラな男だ。
本人が気分転換だと言い張る以上は追及する訳にもいかず、周囲の人間もといクラスメート達は揃って狐に抓まれたような顔をして席へと着いたのだった。















放課後になると、クラスメートの視線はやはり食い入るように金剛のマフラーへと向けられた。
校内との気温差により教室の窓が曇っている事からして外は変わらず寒いのだろう。
まさか帰りまでも着けていくのだろうかと、恐々とした視線が纏わりつく中で金剛は当然のようにそれを身に着けていた。
秋山はそれを遠巻きに見ながら一人旧校舎へと向かい寒々しい外へ帰路に着く前にとロングコートを着こみ鞄にマスクと帽子を突っ込む。
旧校舎を出てすぐの所に、マフラーを首に巻いた金剛が佇んでいて苦笑した。








「で、一体何のつもり?」


人目を忍ぶように、通常生徒たちが駅へ向かう道とは一本逸れた路地を二人で歩きながら、改めて秋山は問う。


「いや…」

「君でも寒いとか感じる訳じゃないよね?」

「寒くはねぇが…」

「じゃあ、体調管理に気を使ってるとか?」


金剛が答を濁すように声を漏らすものだから、秋山は追撃を重ねる。
把握できていない事はできるだけゼロに近しくしておきたいのだ、特に金剛に関しては。
まぁ、かなり頑丈だからとはいえ身体に気をつけてくれるのは此方としても助かる。
金剛が抜けるとその穴を埋めるには何人居たって足りないのだから、どのような状態であろうと居て貰わなければならない。かと言って万全でないなら役立たずだから、やはり健康である事が好ましいのだ。
何にせよ良い事じゃないかと、秋山は前向きに考えた。
とはいえ解答を求める意思は変わらないのだが。


「…へ…っくし、」


木枯らしが吹く。
途端秋山が身を震わせてくしゃみをした。
風邪にかかった事はあまりないが、油断はできない。先日までは随分と暖かかったこの冬はここへきて突然気温を低下させたものだから自身の意志とは関係の無い所で身体は気温の変化に適応しようと努力してしまうのだ。
倒れたりはしないけれど、金剛に同じく自分の抜けた穴も埋めるには苦労するのだろうと思うのは仲間内の顔ぶれに起因する。
情報収集だなんて、剛力番長もとい白雪宮拳嬢がその組織力を発揮させない以上はできやしないだろう(尤も、その組織力も白雪宮の意思次第なのだからアテにはできないのだけれど)
なんというか、人の事は言えないものだなぁ、と秋山は苦く笑った。
すると、そこに至って秋山の中で違和感が湧き上がる。


「……?」


突然自身を覆うように現れた暗闇は金剛の影だった。
随分と近い所で見下ろしてくるものだ。
そう思ったのも束の間、金剛の腕が何気なく動いた。
かと、思えば。

シュル、


「……は?」

「…よし」


首元に巻かれたストライプ柄のマフラー。
微妙に温いのは、金剛の体温が移っているからだろうか。
いやよしって何がよし。
というか普通に巻くのならともかく丁寧にも中央で結んでくれているのは何故だろう。
無駄な思考は繰り返され、終着点を迎えた所で疑問を口に上らせる。


「ぇ、何?これ君のだろ」

「…最近、くしゃみが多いだろう」


だからな、と。
そう言いながら金剛は秋山の手を取った。
革手袋をしていればいいものをマスクや帽子と一緒に鞄にしまいこんでしまう為、剥き出しになっている秋山の手のひらは金剛にとってみればひどく冷たい。
秋山曰く、冬場の水仕事の所為で荒れた手のひらに手袋は痛いのだという事だが、触れれば確かに乾燥しているもののすぐに金剛の手から熱が移っていった。
それに気を良くしたように笑みを唇へ乗せて、金剛はそのまま秋山の手を引いて歩き出す。
当の秋山の思考は置いてきぼりを食らった。
何がだからで、どうしてくしゃみが出てくるのかと。


「言ったらお前は嫌がると思ったんでな」


(えーっと……)


そもそも、金剛は寒くなかったと言っていた訳で。
じゃあ何でマフラーなんか巻いているのかというと。
最近くしゃみが多いから。
誰が?


(……僕が?)


それっていうのは一体どういう意味なのかと、考えてみれば案外答は簡単に出た。
つまり、最近くしゃみの多い秋山を気遣ってでも本人に渡すにはどうにも受け取って貰えなさそうで自分で巻いていたと。
ついでに、金剛が教室では適当に濁した理由も、よく解った。
教室でそのような理由を正直に述べれば秋山が余計に嫌がるだろうと解っていたのだと。
すっかり見透かされている、思考も、反応も。
答が出て、辻褄が合わさった瞬間、冬だというのに肌の表面を傷めつける寒さにも負けじと顔に熱が集まる。
いいや顔だけではない、手のひらもそうだったのだろう、金剛が窺うように肩越しで秋山を振り返った。


「っっっ……」

「……なんて顔してんだ」

「ちょっ、ずる…」


真っ赤になった顔を見た金剛の第一声は、僅かだが確かに笑みを孕んでいる。
解っていて揶揄しているのか、それとも微笑ましいとでも思っているのか。


どっちにしたって遊ばれているような気が否めず、秋山は卑怯だな君は、と悔し紛れに一言零すしかなかった。





























暖かいなんて言わない

(って、ちょっと待て外で手を繋いで良いなんて言ってないぞ僕は!)
(…今更言う事か?本当なら抱き抱えてすぐにでも家に押し込めたい所だぞ)
(マフラーで充分だよ馬鹿!)
(……余計なお節介だったか?)
(…………べ、別に嫌だとは言ってないだろっ)






























09年最後の小説にしては手抜き感満載で申し訳ないのですが、思い付いた上にすぐ書けそうなものという事でついさっき出てきたネタを形にしてみました。
寒いって卑怯が言っても金剛は防寒具持ってないから貸してあげられないよなぁとか。
学ラン貸しても別に平気だけど卑怯が嫌がるだろうしまず引き摺る。
そうなると金剛は防寒具を持っていれば良いんだ、とか考えるのかなとか。

とりあえずまず腹巻を用意してあげて下さい(おま)




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