なみだは一方通行










任務へ発つ前に一息入れようかと休憩室に入ってから数分が経った頃だろうか。
カツカツとよく響く靴音を耳にして反射的に目を向けてすぐにそれを後悔した。


「おや、今は空き時間かね」

「……これから任務だ。ん?」


出発まで時間はある為の休憩なので咎められる義理もないが、暇だと勘違いされた上に絡まれでもしたら無駄に時間を潰しかねない。
短い休憩時間だったなとは思いながらこのまま留まっていても休息など得られる訳がないなんて事はもはや考えるまでもなく解っていたので腰を落ち着けていた椅子から立ち上がる。
無駄とは知りつつもついつい零れた深い溜息は堪えようがなかった。
そんな此方の心意など知らず、いや知る気もないのか、突如として現れた乱入者…もとい憲兵番長は、ふむ、と一声漏らしながら唇に親指の腹を当てる。


「君では少々心許ないが…文学番長の所在を知らないかね?」

「心許ないというのはどういう意味だ?!んん!?」


おもわずあげた荒々しい声に、いいや怒った所で消耗するのは此方ばかりだと気づいてコホンと軽い咳払いでどうにか留める。が、そうした所で投げかけられた問いの内容に気をやれば今度は新たな疑問が湧きあがった。
文学番長という、暗黒生徒会内では数少ない女性番長は常に日本番長様の為に奔走していて一カ所に留まっている事はない。
けれども憲兵番長という男は大抵一人、もしくは文学番長の周囲をうろついている人間だが、別段好みだけの問題で彼女の周りをうろついている訳ではない筈だ。
彼は人格的な問題はあれど、実力だけならば申し分ないのでよくよく生徒会の任務割り当てが他に比べて多い。その為、全任務の詳細を知らされている文学番長から事務的な連絡をされるのが常なのだ。
それ故に憲兵番長は必要以上に文学番長にべったりひっついている…とでも思っていなければ、この国家の警察機関がきちんと機能していた場合、最初に「ス」のつくあれになってしまう。
あの男がどうなろうと、もっと言うのであれば警察に捕まって未来永劫帰ってこなくとも(まぁ刑期はそう長くもないだろうが)構わないのだが、しかしながらあの男が日本番長様の計画には必要な要素であるとも知っているので犯罪者にするのはどうにもこうにも……まぁ、既に殺人のひとつやふたつはやっていそうな男であるのだからもはや心配するだけ無駄というものなのだろうけれど。


「文学番長なら……経費が嵩んだとかで纏めた領収書を事務室に提示しに行っている筈だぞ。ん?」


先程己の任務について言い渡された際、何かを小脇に抱えていた彼女を思い出す。
彼女はいつも顰め面というか表情を崩さない女性だからか、疲労感を帯びた顔色の彼女が珍しかったのもあったのでこれから何か心配な事でもあるのかと声をかけてみたのだ。
事務室の人間は番長だからと言ってヘコヘコ頭を下げる訳でもなく、経費が嵩めばそれなりに文句も言ってくる。
金は無限ではない、金を作るのは国であり人なのだから、今のこの国では当然の流れであるのかもしれないが、文学番長とて自分が使ったものならともかく他の人間が使い込んでいる金について頭を下げるのは気分が悪いのだろう。
時間があるなら代わりにと言われなかった事にほっとしながらも、いつも通りぴっしりと伸びた背筋を見送ったのはつい十数分程前の事だろうか。
先程の光景を脳裏に描きながらそう答えれば、憲兵番長は一瞬の間の後、言葉にできない微妙な顔をした。
どうにか言葉にするならば、何か酸っぱいような苦いような、そんな何かを呑み下したとんでもなく複雑な顔は、何だと問う前に盛大な溜息を吐かれる事で消える。


「何だか君の方が彼女に詳しいのかと思うと、今すぐ人生やり直すべきなのかとも思えてしまうねぇ…」

「誤解を受ける言い回しをするんじゃない!ん?」


彼女に詳しいという言い方はまるで自分も文学番長の周りをうろつく不逞の輩のようではないか。
そもそも、別に憲兵番長と張り合う気はないし、何よりどんな理由があろうがなかろうがこの男は人生をやり直すべきだ。
いや、やり直すだなんてとんでもない。
今すぐ前世か来世か、ともかく自分の人生に関わらない所で生きていて欲しいと思ってしまうのは悪い意味での人徳というものだろうか(そんな人徳ドブにでも投げ棄ててしまえ)
未だに納得のいかない顔でいる憲兵番長に他にも文句を言ってやろうかと口を開きかけた瞬間、遠くの方でコツリコツリと靴音が響いてきた。
その音を聞いた途端まるで飼い主を待ち侘びた猫のようにピッ!と反応した憲兵番長の期待に副う気があったのか、待ち侘びた文学番長がやはり疲れた表情で現れる。


「文学番長、探していたのだよ」

「……何の用ですか、憲兵番長」

「、…っ〜……」


地を這う声というのはこれなのだろうか。
背景に何かドス黒いものが浮遊しているように見えるのは自分だけではないのだろう。
だというのに、その効果範囲内におもいきり存在している憲兵番長自身は全く意に介した節がないのだからおかしな話だが、あの男はそもそも常人とは一本線がずれているのだろうからこれも考えないでおく。


「急いでいるので手短にお願いします」

「いやね、ちょっと日本番長に呼ばれていた筈なのだけど少々遅れてしまってね。執務室には居なかったので、君に居場所を聞こうかと」

「お前それ笑って言う事じゃないぞ!?んん?!?」


しかも何故文学番長に聞くのか。
彼女がいくら会長に心酔しているとしても、日本番長様とてそれなりに暗黒生徒会としてのスケジュール以外にも私的な時間を持ち得ている筈なのだから彼女に聞くのは徒労に終わるに決まっているのだ。
それならば彼女を探し回るよりも日本番長様自身を探し回る方が確実であるし時間の無駄でもない。
何より日本番長様に呼ばれているクセに道草などして、どういうつもりなのだこいつは。
ギロリと憲兵番長をねめつけるが、質問された文学番長はどこ吹く風とばかりに懐中時計を確認した上で何の衒いもなく口を開いた。


「日本番長様ならば、今の時間はお昼寝の時間になります。ですから後にして下さい」

「…………は?」

「そうかい。それならば次はいつ時間ができるのであろうかね?」

「お昼寝を終えたらおやつですので、そうですね、五時にはお父上との会食がありますから、四時に執務室の方へ」

「お、おい」

「ふむ、了解した。それではそのようにしよう」

「ま、待てそこ!ん?!」

「「何(です・だい)?」」


会話の合間合間に声をあげて口を挟もうと試みるが相手が相手だけに聞く耳など持ち合わせてはいないのだろう。
生半可な声量では無理と判断して、話が収束を迎えたらしき直後にあげた大声で漸く二人の眼が此方に向けられた。
片や鋭く細めた眼を、片や無駄にまんまるとでかい眼を。
此方から声をかけたとはいえ、反射的に腰が引けてしまうのは仕方がない。
何せ、暗黒生徒会内部で無事に生きて過ごしたいのならばこの二人の琴線に触れてはならないという噂まで出ている始末だ。
例え噂とはいえど、自分や他の番長達はこの二人の恐ろしさをよくよく理解している為に真実であるという認識の方が強いのである。


「あ、いや……その…何故文学番長が、日本番長様の所在を知っているのかと。ん?」

「あぁ、それなら、これこうして、彼女は日本番長の予定を把握しているのだよ」

「日本番長様に生涯を捧げると誓った者として当然の責務ですから」


これこうして、と憲兵番長が指したのは文学番長の小脇にいつも抱えられている分厚い革張りの本だった。
一体何がこれこうしてなのかと疑問に思っていると、文学番長はそれまでの顰め面から一転して誇らしげな表情で本を開いてみせる。
見ても良いというアクションなのは解っているが、何故だかなんとなく見たくないような見てはいけないような気がして、けれども自分から投げかけた問いなのだからいや別に見せずともとは言えずに恐る恐るそれを覗き込んだ…瞬間、己の身体の動きはぎしりと妙な音を立てて停止したように思える。


6月16日晴れ
今朝の日本番長様の寝顔はまたいつになく可愛らしくあられました。
唇の端に零れ落ちる透明な雫はまるで幼い子供の如く無邪気であり、艶やかな色気でもありました。
そっと指先で拭い、ご起床を促した所、本日の目覚めは大変よろしかったようで、すぐに執務に取り掛かられました。

午前
AM 08:00 起床後朝食
AM 09:00 朝食後執務…が、46秒で飽きる
AM 09:00 家族アルバム鑑賞
AM 09:40 家族動画鑑賞
AM 10:20 執務…が、25秒で飽きる
AM 10:20 転寝
AM 11:46 起床後昼食

午後
PM 01:05 家族アルバム鑑賞
PM 01:30 家族動画鑑賞
PM 02:00 お昼寝
PM 03:00 おやつ
PM 05:00 お父上と会食
PM 06:30 家族アルバム鑑賞
PM 08:00 家族動画鑑賞
PM 10:00 お風呂/自慰行為
PM 11:25 5秒で就寝


(……う、)


うわぁ……!と、己の内情は素直に奇声を発した。
っていうか自慰行為って何だ。殆ど執務してないじゃないか。そもそも家族のアルバムや動画見過ぎ…じゃなくて!そういう問題ではなくて!!
声に出さなかったのは生存本能か何かだろうか、それとも、下手に反応して語られる事を防ぐ為だろうか。
とにかく声に出さなかったのは良かった、結果的には助かった、あとはこのまま何も言わずに踵を返そうそうしよう。


「お待ちなさい、偽装番長」

「ぅ、ぐっ」

「そうとも、偽装番長。君とて日本番長に忠義を誓った男ではないの。聴いて損な話ではないと思うのだがね」

「ぁ、がっ、わかっ、解った!んん!?」


じゃ、そういう事で。とばかりに踵を返した瞬間後ろから首根っこを引っ張られる。
ぐんと後ろに引かれた所為で襟に首を絞めつけられて、嫌な音が喉から零れ落ちたが相手は気にもしないのだろう。
これはもはや逃げる事は出来ないらしいと悟ったその瞬間、あぁ暗黒生徒会には「ス」のつくあれが二人は居たのだと気が遠くなる思いがした。





























なみだは一方通行

(そういえば君急いでいるのではなかったのかい?)
(っは、そうでした。日本番長様の昼寝バージョン写真集を作るには一日でも欠かす訳には…!)
(誰でもいいからこの二人をどうにかしてくれ!!んんん―――っっ!?!?(泣))






























■リクエスト内容
文学*猛
猛の一日の行動をプライベートな事まで秒単位で把握してる文学

と、言う訳で。企画第七弾です!
(心の)なみだを流しているのは偽装君だけですあしからず(貴様)
偽装君視点なのは、憲兵視点だとこの文学さんの行動が異常だとは思われないからです(笑)
暗黒生徒会のスリートップの感覚はきっとおかしいですよ、兄貴はきっと親父以外の家族の写真とか動画とか見てニマニマしているに違いないです自慰行為は浴室で。窓の隙間から文学さんは覗いてまs(強制終了)
お待たせしてしまいすみませんです、リクエストありがとうございました!

title/確かに恋だった




あきゅろす。
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